第9話 ちょっと重たいわたしの恋人♡


「いいか、縦ロール! これがとある世界の文明が生み出した最高にイカレた凶器――――『ライフル銃』だ。海兵隊員マリーンは、コイツの扱いができなれば決して一人前とは呼ばれない! それまではただの虫ケラだ! クソほどの値打ちもない!」


 そう言って、アベルは持っていた“あるもの”を掲げた。


 一見して、ハイポートでも使っていた木の杖と似ているようにも感じるが、ところどころに鉄でできた部品らしきものが取り付けられている。

 それらの細工は、武骨に感じられるものの、ひどく精密にできているのがわかった。


 構造などは理解できないが、アリシアにはそれがある種の完成された美しさを備えているように見えた。


「今からこの銃――――M-14エムフォーティーンについての講義を行う! 耳と頭の中に詰まったクソはすべて捨てて話を聞くように! わかったか!」


「サー! イエッサー!」


 この世界では、アベル以外が見てもなんのためのものかわからない存在だが、今彼がその手に持っているものはアメリカ製スプリングフィールドM-14自動小銃バトルライフルだった。


 この後の訓練課程において、アベルはアリシアにこのM-14を持たせるつもりでいる。

 さらに身体能力を向上させるべく、これでハイポートをさせるのもそうだが、それどころか実銃として使う訓練までも施そうとしていた。


「コイツは学園にいる“お嬢様ども”が使う魔法なんぞ比べ物にならんほどに凶悪な武器だ! 詳しい原理は追々説明するが、指先にわずかな力を込めただけで、鉛でできた弾丸が高速で飛び出していく!」


 しかし、この乙女ゲーム――――もとい中世ファンタジー風の世界に、なぜこのように物騒なものが存在しているのだろうか。

 それはアベルの持つ“固有魔法”に由来していた。


 この世界は、地球基準で言うところの“ファンタジー世界”に分類できる。

 その例に漏れず魔法という特殊技能も存在しており、才能ある者がそれを行使できるようになっていた。


 魔法の才能はほぼ血統により決まっているともいえ、それゆえに貴族という特権階級が存在しているのだ。

 中でも、アベルは“使役するための生物を異世界より召喚”できる非常にレアな魔法が使える魔術師でもあった。

 固有魔法と優秀な各種能力を買われ、アリシアの護衛兼従者になった経緯もある。


 だが、前世の“カイル”の意識が覚醒し、それと融合して以来、なぜかしか呼び出すことができなくなってしまった。


 それが、アベルが現在懐に入れている携帯情報端末PDAである。


 中を調べてみたところ、アベルは即座に凍りついた。

 どういうわけか、PDAには『海兵隊支援機能』というアメリカ合衆国海兵隊にまつわるものであれば呼び出せる謎の機能が備わっているらしい。

 ただ、この機能にもなんらかの制約があるらしく、現在呼び出せるのは、日用品を含む各種備品と小火器に細かい機械類のみで、他の武器・兵器群にはロックがかかっていた。

 これがあるため、転生したはずのアベルは訓練用の銃としてM-14を使うことができているのだ。


 なぜこのような能力を自分が持っているのか、アベルにはわからない。考えたとしてもおそらく答えは出ないだろう。

 なにしろ、それよりも先に自分がプレイしたことのあるゲームとほとんど同じような世界にいるのだ。とっくに常識で理解できる限界を超えている。


 だから、アベルは深く考えることはやめた。


 ちなみに、アベルがPDAから見つけた中で恐ろしかったものは、海兵航空団による空爆エアストライク機能だった。

 これが本当に自分の想定する規模のものなら、第二王子シナリオでアリシアが使った古の禁忌魔法よりも単純な破壊力は高いと思われる。

 他にも厳重なロックがかかって内部を閲覧すらできない部分に、“特殊作戦軍”とか“戦略軍”とかが見えた気もするが、とりあえずあまりの危険度に脳の処理が追い付かなくなったアベルは、ひとまずそれらを見なかったことにした。


 滅びの運命を回避するために、もっと色々なものを滅ぼしそうな機能を付けてどうするんだという思いとともに。


 ちなみにアリシアには、同じくこの世界には存在しない小屋の備品だとかを説明する際に、召喚魔法により異世界から別の人間の魂が召喚されて融合してしまった結果だと、ざっくりながら説明をしてある。

 本当のことではないかもしれないが、完全に間違っているわけでもないだろう。


 いずれにせよ、この訓練によって「はい」以外の言葉を許可なく使ったが最後、凄まじい罵声を容赦なく浴びせられると身体に刷り込まれたアリシアは、アベルの説明を「そういうものなのか」とすんなり受け入れてしまった。

 アベルとは深く考えたくなかったともいえる。


「だからこそ丁重に扱え! ご機嫌を損ねるなよ? コイツは貴様がいつもマラソンでチンタラ走る距離の五分の一くらい先にある人間の頭を、メイスの全力打撃を受けたスライムのように吹き飛ばすだけの威力を持っている! ……このようにな!」


 そう言ってライフルを構えたアベルが引き金を絞ると鋭い破裂音が木霊し、近くにいたアリシアの鼓膜を殴りつけてくる。

 ほぼ同時に、思わず目を瞑りそうになったアリシアの視線の先で、人間の頭大のスイカが破裂しながら盛大に吹き飛んだ。


「もうわかっていると思うが、貴様にはこれの使い方をマスターしてもらう! いや、完璧に使いこなせるようになれ! コイツはファックの次にいいモノだ!」


 細剣レイピアのような剣を扱った経験はアリシアにも多少はあるが、それはあくまでも貴族の女性向けのちょっとした嗜み程度であり、それは到底学園の生徒を相手に立ち回りができるようなものではない。


 そもそも、アベルとしては今更アリシアに剣術を学ばせたところで大きな意味があるとは思えなかった。

 アベル自身はこの世界で生きてきた経験を持ち、剣術もかなり達者な部類に入る。


 だが、むしろ限られた時間しかない訓練の中では、自分が持つ個人の才能に左右されるようなものよりも、海兵隊として過去から積み上げられてきた戦いのための叡智を叩き込むべきだと判断。

 それゆえに、このライフルをここからの訓練過程で使うべく用意したのだった。







 銃声。

 至近距離で発生した鋭い音がアリシアの耳朶を打つ。


「そうだ! 貴様が無意味に呼吸するだけでも銃口は動く! 射撃を安定させたい時は息を吐き切ってから静かに引き金を絞れ! そいつを使いこなせば妖精ピクシーの乳首だって撃ち抜けるぞ!」


「サー! イエッサー!」


 銃弾を除く重量だけでも4.5kgを超え、並の女性が取り回すには相当に重いと言えるが、それはあくまでも魔力の補助を受けられない平民の話。

 生来高い魔力を持ち、その扱いにも優れていたアリシアは、訓練の中で高密度の筋肉を発達させていくとともに、あっという間にこのライフルM-14を容易く扱えるようになっていった。


「いいぞ、縦ロール! レディの扱いが上手くなってきたな! だが、引き金はもっと恋人を愛撫するように優しく絞れ! そうすれば相棒ライフルもそれにきちんと応えてくれる!」


 そうして訓練も終盤を迎えた今では、もはや身体の一部にも等しくなっている。


 だが、当たり前のことだった。

 、アベルはアリシアに訓練を施したのだから。


「大規模な魔法なんてのは、お遊戯会で披露する手慰みも同じだ! 相手がチンタラとマスをカいてマヌケ面を晒している間に、この.308キャリバーでクソッタレどものケツに新しい穴を増やしてやれ! 貴様が戦場を支配しろ!」


「サー! イエッサー!」


 銃声。

 三百メートルほど先では、どこかで見たことのあるような姿形の人型標的の尻にいくつもの穴が開いている。

 その周辺には「Fuck Me,Please!!」「弾丸様専用ホール」「私はケツの軽い男です」などと、眉をひそめたくなるような罵詈雑言が多数書き殴られていた。

 そして、そこへと目がけて弾丸を送り込むアリシアの口元にも、いつしか小さな笑みが浮かんでいた。



 そうして、瞬く間に訓練期間は過ぎ去っていく。






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