第6話 どうする? 諦める? 謀反にする? そ・れ・と・も……?
「まずひとつ目のプランですが、これは事態の鎮静化を図るプランです」
「ふむ?」
「具体的にはお嬢様とウィリアム殿下との関係の修復を試みます。いくら成人はしていても、まだ殿下が年若いことに変わりはなく、王家と示し合わせれば一時の気の迷いと断じることもできましょう」
発言の内容に反して、アベルの口ぶりは本人がまるでそうは思っていないとわかるものであった。
同じようにクラウスの眉も、あからさまに不満げな形に歪んでいく。
次第に空気が剣呑さを増していくのを承知の上で、アベルは控えめに苦い笑みを浮かべて続けていく。
「感情のままに対立を深めてしまえば、いずれは国を割る内乱へと発展するでしょう。それはこの国にさらなる災いを招くことになります。具体的には帝国など周辺国からの干渉・侵攻ですね。これらを回避できるメリットがあります」
「反対にデメリットは?」
不機嫌そうなまま、続きを促すようにクラウスが問う。
「まず間違いなく、貴族派の強硬論者が黙っていません。婚約でさえ彼らからの反発がありました」
「あれは宥めるのが大変だった」
昔を懐かしむようにクラウスが唇の端を笑みの形に歪めた。
「ですが、閣下の面子を考えて彼らが折れたにもかかわらず、王族からの婚約破棄という宣戦布告にも等しい仕打ちです。今度こそ不満の噴出は避けられますまい。貴族派内部での争いとなるばかりか、閣下にも危険が及ぶ可能性があります。それになにより――――」
アベルは一度言葉を切って、軽く息を吸い込む。
「好みではありません」
「ほう?」
クラウスの眉が片方だけ動いた。
「我が主であるアリシア様をここまでコケにしてくれた“ボンクラ王子”どもに、公爵家が頭を下げなければいけないような事態など、
できる限りの不敵な笑みを浮かべたアベルは強い語気のまま言い切った。
コバルトに輝く双眸に永久凍土の怒りの感情が渦巻いているのを、クラウスは見逃さなかった。
「……よろしい。私の感情的に考えても大変よろしい。いや、むしろ素晴らしい答えだ!」
公爵という立場にあっては、なかなか自身の感情を口には出すこともできない。
自身の欲していたセリフがアベルの口から出たことで、クラウスは不機嫌な表情から一転してひどく満足気になる。
「……というわけで、第一のプランは却下だな。では、アベル。残るふたつについてもお聞かせ願えるかな?」
嬉々として意見を却下したクラウスを見て、アベルは
そういえば、ゲームのシナリオだと娘のために貴族派を糾合して反乱を起こしたんだよな、この人……。
ふと
仕方がないと腹をくくり、アベルは続きを口にしていく。
「……はい、閣下。ふたつ目のプランは、籠城案に近いものです。まず、アリシア様を“療養”を名目にしてあの学園から遠ざけます。そもそも、あのようなことがあった後では学園への復帰はなかなかに厳しいでしょう……」
「……妥当な線だな」
クラウスは、
しかし、続けてアベルが話す内容がクラウスの思考に大きな一石を投じる。
「次に王都とのやり取りでのらりくらりと時間を稼ぎつつ、今回の事件を切っ掛けとして王族派に不満を持つ貴族を取り込みにかかります。狙うのは、主にアリシア様があのような仕打ちを受けたことを憤る、もしくはウィリアム殿下の行為に危機感を抱いた貴族です」
アベルの言葉には成功を確信する響きがあった。
アリシアが断罪された場にいた貴族子弟たちから親――――各貴族家の当主に伝わる情報があるからだ。
アリシアがレティシアに対して行ったことは、付け込まれるだけの隙こそ与えたものの、はっきり言っていやがらせとすら呼べるものではない。
むしろ、目鼻の利く貴族なら、王子がしでかした婚約破棄発言の方がよっぽどマズいと気が付くであろう。
それによって、王族派に見切りをつけた貴族を貴族派に引っ張り込もうというのだ。
「ふむ、悪くはない。しかし、それでは王家に対する叛意を疑われるのではないか? かなりリスクが高いように思われるが」
いささか強硬とも言えるプランを耳にしてもクラウスは動じない。
今頃彼の脳内では公爵軍が王都に攻め入っている頃だろうから、それに比べれば大したことはないのだろうとアベルは内心で苦笑する。
「なんとも言えないところです。ですが、国内を二分する派閥の筆頭がそのような行動に出たとなれば、王族派も虎の尾を踏んだとしてこちらを宥めにかかってくるでしょう。そこで何らかの譲歩を引き出せばいいわけです。こちらの感情的には納得しにくい部分もありますが、我々が利益を得るための合理的な判断と割り切るしかありません」
アベル自身も自分で言っていて気に入らないのか、少しだけ不満げな表情となっていた。
「では、この場合のデメリットはどうなるのかね?」
「根本解決ではないので内乱の危機に繋がります。こちらに物騒な人間がいるように、
第二王子を推す連中は、これ好機とばかりに騒ぎ立てかるだろうな。
「匙加減を間違ってしまえば、謀反扱いは免れませんでしょう。火種は即四方に延焼し内乱に突入すると思われます」
世の中には、物事の機微に疎い者が一定数存在している。
貴族派の示す不快感などに対して「謀反の疑いあり」とパフォーマンスで言う者がいれば、まさしく額面通りの意味にしか受け取れない人間が。
「しかし、アベル。君にそれを厭う様子はあまり見受けられないが」
「ええ、現時点なら王族派の勝率が低いからです。こちらの勢力および戦力が十分に確保されていれば、例年の騎馬民族の襲来で鍛えられた閣下率いる西部方面軍が負けることはまずありえません。ですが、確実にこの国は大きく荒廃します。そして、それを周辺国が見過ごしてくれるか。問題はそこに行きつきます」
冷静に彼我の戦力分析とその後の予想を並べるアベル。
必要とあればそこまで考えてのける果断さに、ますますクラウスはこの若者を自分の手元に置いておきたくなっていた。
「フン。ロクでもない後継ぎしかいない国であれば、いっそ滅んでしまえばいい」
そこまで言ったクラウスは逡巡するように息を吐き出した。
「こう言えればどんなに楽なことか。だが、我々貴族は国家に忠誠を誓っているのと同時に民に対しても責任を負っている。国の中で相争うような真似、しかも王位の簒奪という悪しき前例を自分から始めるわけにはいかんな」
為政者としてはともかく、やはり感情面では納得しきれていないのだろう。
クラウスは深々と溜め息を吐いた。
もちろん、これらを並べたところで芳しい反応が返ってこないことはアベルにも最初からわかっていた。
だからこそ、これらに続く最後のプランがあるのだ。
ただひとつ、初めから
「そこで最後――――第三のプランがあります。先ほどまでとは大きく異なる路線ですが、アリシア様には夏期休暇の終わりとともに、通常通り学園に戻っていただきます」
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