おいしいパンケーキ

洞貝 渉

おいしいパンケーキ

 ある晴れた日のことです。

 一人の女の子がてくてく道を歩いていると、一匹の妖精と出会いました。

「こんにちは、妖精さん」

「あらあら人間さん、こんにちは。どちらへお出かけ?」

「ちょっと町までお買い物」

 女の子はパンケーキを作るため、小麦粉とタマゴを買いに行く途中でした。

 お買い物、と聞いて妖精は羽をパタパタさせて言います。

「あらあら、それなら町まで行かないで、私のお店でお買い物してよ」

「妖精さんのお店?」

 はて、妖精のお店があるなんて聞いたこともありません。

「そうそう、すぐそこにあるから」

 妖精はひらんひらんと可愛らしく飛んで、女の子を案内します。

 道からはみ出して森に入ると、妖精の言う通り、すぐそこに、ちんまりとしたお店がありました。

「まあ、こんな所にお店があるなんて、私、全然知らなかったわ」

「うんうん、ついこの間、開いたばかりなの。だからお客さんはあなたが初めて!」

 女の子はお店に並ぶ商品を一つ一つ手にとってまじまじと眺めます。

「これはなあに?」

 商品の一つを取って妖精に見せると、妖精は羽をパタパタさせながら答えました。

「くしゃみが止まらなくなるお薬!」

「そんなお薬、聞いたこともないわ。どんなときに使うの?」

「あらあら、そんなの決まってるじゃない! イタズラがしたくなったときに使うんだよ」

 女の子は、それじゃあ私には必要なさそうだわ、と思いました。だってイタズラがしたくなったことなんて、今まで一度だってないんですから。

「ねえ妖精さん。私、小麦粉とタマゴがほしいの」

「小麦粉とタマゴ?」

「そう。パンケーキを焼くのよ」

「あらあら、すてき!」

 妖精は今日一番に激しく羽をパタパタさせます。妖精はパンケーキが大好きだったのです。

 でも、すぐにしょんぼりと羽を垂れてうつむいてしまいました。

「私のお店には、屋根裏にも地下室にも、どこにも小麦粉とタマゴはないの」

 あんまり妖精がしょぼくれているものですから、女の子は気の毒になって言いました。

「妖精さん、もしよかったら、一緒に町まで買い物に行きませんか? それで、小麦粉とタマゴを買ってきて、お店に並べてみてはどうでしょう?」

 女の子に提案に、妖精は、はっと顔をあげます。

「あらあら、それはいい考え!」

 こうして女の子と妖精は町まで買い物へ行くことになりました。


 町はとても賑わっています。

 売り子は道端にテントを張り、そこへ商品を並べて、大きな声で売り文句を述べていました。

「そこのお嬢さん、いいものがありますよ。買っていきませんか」

 一人の老婆が女の子の裾を引きます。見たところ、老婆のテントはありません。

「ごめんなさい。今日は小麦粉とタマゴを買いに来たの」

「そんなことお言いでないよ。さあ、ごらん」

 そう言うと、老婆は羽織っていた上着を広げて見せました。上着にはたくさんの内ポケットが付いていて、その中に色も形もさまざまな商品が納まっています。

「これなんかどうだい? お嬢さんにぴったりの薬だよ」

「あらあら、不思議な色! それは何?」

 妖精が興味津々で老婆に尋ねます。

 老婆は胸を反らして答えました。

「これはね、一口飲んだら、たちどころに美人になって幸せになれる薬さ」

 女の子は、それじゃあ私には必要なさそうだわ、と思いました。だって女の子は、美人になんてならなくても、今のままで十分満足していましたし、毎日が楽しくて幸せだったのですから。

 妖精はひらんひらんと老婆の頭の上を飛び回り、大声で言いました。

「うっそだー! こんなへんてこな色の水を飲んだりしたら、人間なんて、ころりと死んじゃうに決まってる!」

 老婆は、とっておきの商品にケチをつけられ、顔を真っ赤にして怒ってしまいます。

 女の子はとりなすように言いました。

「ごめんなさい。今日は小麦粉とタマゴを買いに来たの。だから、そのお薬は買えないわ」

「ふん! 小麦粉とタマゴだって? そんなもの、一体何の役に立つっていうんだい?」

 すっかり機嫌を損ねてしまった老婆に、女の子は遠慮がちに答えます。

「パンケーキを焼こうと思っているんです。もしよければ、ごちそうしますよ。その、パンケーキが嫌いでなければ、ですが」

「よけいなお節介だよ!」

 老婆はぷりぷりと足を踏みならして行ってしまいました。

「あらあら、怒りんぼさんねえ。人間さん、私はパンケーキ、好きだよ。ごちそうしてもらってもいい?」

「ええ、もちろんですよ、妖精さん」

 女の子と妖精は、それぞれ小麦粉とタマゴを買って、大急ぎで家に帰りました。

 女の子はパンケーキの準備のため、妖精は仕入れた小麦粉とタマゴを、さっそくお店に並べるため。


 しばらくして、女の子の家からおいしそうな匂いが漂いはじめました。

「あらあら、そろそろパンケーキが焼けたのかな?」

 妖精はいそいそとお店を閉めて、女の子の家へ向かいます。

 道にそって、ひらんひらんと飛んでいると、見覚えのある人影を見つけました。町で薬を売っていた老婆です。

「あらあら、こんな所で何をしているの?」

 妖精が声をかけると、老婆はふん! と鼻を鳴らしました。

「パンケーキが嫌いだなんて、言った覚えはないんだがね!」

「あらあら、じゃあ一緒にごちそうになりに行こう!」

 一人と一匹は女の子の家を訪ねます。道は一つしかなかったので、迷うことなく辿り着くことができました。

「こんにちは、人間さん。ごちそうになりに来たよ」

「わざわざこんな所まで来てやったんだ。パンケーキはできているんだろうね?」

「いらっしゃい。丁度焼けたところなのよ。さあさ、冷めないうちに、どうぞ」

 女の子は上機嫌でお客さんを招き入れ、テーブルにパンケーキと紅茶を二人と一匹分用意します。

「砂糖とミルクは欲しいですか?」

 てきぱきと動きながら、女の子は妖精と老婆に声をかけました。老婆はイスに座ったままふんぞり返って答えます。

「そりゃ、あった方が親切だわな」

「はい、では、いま出しますね」

 そう言って女の子がテーブルに背を向けると、老婆はごそごそとしはじめて、上着から怪しい色の薬を取りだし、女の子のカップに数滴、さっと入れてしまいました。

 妖精は、おや、と思います。

 パンケーキのお礼のつもりで、お薬のサービスをしたのかな、とも一瞬だけ考えましたが、町で見せてもらった薬とは色が違っていましたし、なんだかカップから禍々しい湯気が立ちのぼっています。なにより、老婆がニヤニヤと女の子を見つめているのが気になりました。

 ――もしかして、もしかすると、このお婆さんはイタズラがしたくなっちゃったのかな?

 妖精はなんだか面白くありません。というのも、イタズラと言ったら妖精、妖精と言ったらイタズラ、というくらいに妖精はイタズラが好きで、またとんでもなく上手でもあったからです。

 ――よし、ここは一つお手本を見せてやろう!

 まず妖精は、女の子のカップと妖精のカップをするりと交換しました。それから老婆のカップに、妖精特製のくしゃみが止まらなくなるお薬をぽんっと放り込みます。

 作業を終えると、妖精はなにくわぬ顔で二人の顔を、ちらちらとうかがいました。

 しかし、女の子も老婆も、妖精がイタズラをしたことに、気付いた様子は全くありません。妖精はすっかり得意になってニマニマとしています。

 女の子はニヤニヤ笑う老婆とニマニマ笑う妖精を見て、パンケーキがそんなに楽しみなのかと、うれしくなりました。

「お待たせしました。さあ、いただきましょう!」

 実際、パンケーキは素晴らしくおいしかったのです。

 妖精も老婆も、もちろん女の子も、夢中になって食べました。

 パンケーキはふかふかほかほかで、食べれば食べるほど、優しい甘さが口いっぱいに広がります。

 最初に紅茶に口を付けたのは女の子でした。砂糖は使わず、ミルクを少しだけ入れます。

 次に妖精が、タイムとティートリーを使った、どんな毒でもたちどころに無害にしてしまう特製のお薬をカップに入れてから、ごくごくと飲みました。

 最後に紅茶を飲んだのは老婆です。砂糖もミルクもたっぷり入れて、胸につかえたパンケーキごと、一息に飲み干したのです。

 その途端。

「……くしゅんっ」

 盛大にくしゃみをしました。

 びっくりしている女の子と、ケラケラ笑う妖精の目の前で、老婆は何度も何度もくしゃみをします。

「な、なんっくしょん、なんだい、はっくしょん、こりゃあ、っくしゅん、く、くしゃみが、はっはっくしょん、止まらないよ、はっくしゅん!」

「まあ、大変。どうしましょう!」

 女の子はおろおろとするばかりで、くしゃみを止めるのには役に立ちません。

「全く、くしゅん! ひどいったら、へくち! ありゃしないよ、ぶえっくしょん!」

 老婆は、怒ったせいなのか、くしゃみをし過ぎたせいなのかはわかりませんが、顔を真っ赤にして、女の子の家を出て行ってしまいました。

 老婆の、はっくしょん、はっくしょん、というくしゃみの音がだんだん遠のいていくのを聞きながら、女の子は妖精に尋ねます。

「ねえ、妖精さん? 妖精さんのお店には、くしゃみを止めるお薬っていうのは置いてないのかしら?」

 妖精は笑うのを止めて、羽をぱたぱたさせました。

「あらあら、そんなものが入り用なの? 私のお店には、屋根裏にも地下室にも、どこにもくしゃみを止めるお薬なんてないよ。もちろん、作ろうと思えば作れるけどね!」

「なら、ぜひ作ってもらいたいわ。その、他にも、例えば、お腹が痛くなったときに使うお薬とか、怪我をしてしまったときに使うお薬とか、そんなお薬があったらとても助かるのだけど。イタズラ用のお薬、ではなくて」

 女の子の言葉に、妖精は目をまん丸くしてしまいます。なにせ、妖精にとってお薬というのは、イタズラのために使うものだったのですから。

「あらあら、そうなの? でも、イタズラがしたくなったときに使うお薬だって、必要でしょう?」

「そうねえ。そうかもしれない。でも、イタズラに使わないお薬だって、必要なんじゃないのかしら?」

 妖精はじっと女の子を見て、パンケーキの食べカスしか残っていないお皿を見て、カラッポになったティーカップを見ました。

 確かに、女の子の言う通りなのかもしれません。

 こんなにおいしいパンケーキなのですから、一体誰が、お腹が痛くなるまで食べてしまわないでいられる、なんて言えるのでしょう?

 また、さっき妖精は、自分の紅茶にイタズラ用ではないお薬を使ったばかりなのでした。

 女の子の言う通り、イタズラに使わないお薬だって、確かに必要なのかもしれません。

「うんうん、わかった。イタズラ用じゃないお薬も作って、お店に並べることにするよ。あと、小麦粉とタマゴも」

 女の子は、特に最後の小麦粉とタマゴに反応して、手を叩きます。

「まあ! そうしてもらえると、うんと助かるわ。なにせ、ここから町までは、ちょっと遠いんですもの」

 これでいつでも、食べたいときに、おいしいパンケーキを作ることができます!

「よしよし、そうと決まればさっそくお薬を作らなきゃ」

「妖精さん、お願いね」

「うんうん、まかせてよ! そのかわりに、ね、人間さん? またパンケーキを焼いたら、ごちそうして欲しいな。なんたって、人間さんのパンケーキは、とびっきりおいしかったんだから!」

「ええ、もちろんよ!」


 さて、それから少しして、妖精のお店は大繁盛することになります。

 妖精の作るお薬は、とても良く効くと評判になり(もちろん、イタズラがしたくなったときに使うお薬も好評ですよ)、わざわざ遠くから足を運ぶお客さんまでいるくらい。毎日毎日大忙しです。

 女の子にイタズラをしようとした老婆も、妖精のお店でくしゃみを止めるお薬を買って、すっかりくしゃみも治まりました。でも、懲りずに怪しい薬を売って歩いているようですので、みなさん、町に行くときは、くれぐれも気を付けてくださいね。

 妖精は、毎日毎日あんまり忙しいものですから、たまに、お腹が痛くなったときに使うお薬とか、怪我をしてしまったときに使うお薬とかを切らしてしまうことがありました。

 でも、どんなに忙しくても、小麦粉とタマゴだけは絶対に品切れにならないように気を付けています。

 なぜって、女の子の作るパンケーキが大好きだから!

 ほら、今日も女の子の家から、おいしそうな匂いが漂いはじめました。

 いつでも、食べたいときに、女の子のおいしいパンケーキが食べられるなんて、どれほどすてきなことでしょう!


 さあ、ぐずぐずしてはいられませんよ。

道は一つしかないので、迷うこともないでしょう。

 訪ねて行けば、女の子はきっと、喜んでパンケーキをごちそうしてくれますよ。

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