#31 Metro(polis)
成田空港は、全く変わりのなく、東京的な喧噪に包まれていました。
私たちはその列に紛れて地下の鉄道線のホームに向かいました。京成の、上野行きの特急電車を待って、それからそれに乗って青砥まで座って行きました。
青砥で浅草線に乗り換えて、それからはいつもと変わらない満員電車にずっと乗って行きました。新橋で乗り換えて、少し夜景が見えたと思ったら、また地下の電車に詰め込まれて。武蔵小杉まで、人波はずっとそのままでした。私たちは向かい合ってずっと乗っていて、あるいは少し迷惑な乗客だったかもしれません。
南武線は、改札内の乗り換えもできましたが、でも東横線に乗り換える彼女にすれば、改札を一度出ても何も損はありませんでしたし、私も何となくこのまま解散という気持ちにはなれなかったのです。私たちは少し本来の駅から離れた、横須賀線の改札から出て、全体が黒い、都会の冬の空の下を歩いて行きました。
空気はひどく冷えていました。きっと放射冷却のせいなのでしょう。
不思議な感覚でした。見慣れた街ながら、何故だが私よりずっと遠くの存在のように感じられたのです。今まで、こんなところでずっと生きていたことが、信じられなくなるような気がして。
私はアカネとずっと手を繋いでいました。武蔵小杉の高層マンション群は、その表面にぽつぽつと小さな光を宿らせ、私たちを見下ろしていました。都会に棲む蛍たち。
それから私たちは大規模商業施設をすっと抜けて行って、駅前のロータリーまで進みました。互いに、手にはもう殆ど体温など残っていなくて。それでも強情に、ずっと繋いでいて。私は穏やかな幸せを感じていました。
「じゃあ」と、アカネは言いました。「ここで、お別れね」と。
「少しだけ、待って」と、私は言いました。
それから、私は彼女に勢いを付けて抱き着きました。正面から。彼女は私を受け止めるのに少し倒れそうになって、それでも確りと私を抱きとめてくれました。
街には、沢山の人がいて、私たちは少しばかり、注目を集めていました。
けれど、その時の私にとって、そんなものどうでもよかったのです。
暫くの間、私たちはそうやって抱き合って、それから私は彼女から離れました。
「ありがとう」と、私は言いました。「大好き」と。
彼女は、頬を掻くように撫でて、それから思い出したと言って、私の買ったお土産たちを、バッグから出してくれました。私はまたありがとうと彼女に伝えました。
「ねえ、また、会えるよね」
「そうね、きっと」
彼女はそう言って、私に少し寂し気に微笑みました。私も同じような微笑みを浮かべて、それから私たちは、東横線の改札で、手を振って別れました。
私は乗り込んだ南武線の中で、ただ黒く冷たい空を見つめていました。この二日間に味わった、ひどくごちゃごちゃとした幸せを、噛みしめながら。
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