#30.5 Dawn

「ねえ、私、今までずっと騙されていたみたい」

「どういうこと?」

「私、好きだと思ってた人、沢山いるの。恋人もいたし、それに、いるの」

「いるの?」

「そう、いるのよ。だけど、そうじゃなかったみたい」

「そうじゃなかった」

「そう、好きじゃなかったんだ、私、あの人たちのこと」

「どうして、そう思うの?」

「あなたへの感情が、あまりにも強すぎて」

「だけど、それはきっと勘違いでしかないのよ、あなたはその人たちのことも、ちゃんと好きだったの、きっと」

「ありがとう、でも、私は背負っていくべきなのよ」

「彼らを、騙していたこと?」

「そう、私は、彼らに好きと言って、でも本当はそうじゃなかった。騙していたのよ」

「でも、恋なんて、きっとそんなものよ、気にしなくていい」

「ありがとう、ねえ、私。なんか急に恥ずかしくなってきちゃった」

「どうしたの?」

「こんな風に、見つめて。それに、私今化粧もしてない」

「いいじゃない、そんなこと。それに、あなたはずっと綺麗よ。本当に、綺麗」

「そんな風に言われると、本当に恥ずかしくなる」

「あなたは、綺麗よ。どこも、全てが。顔も、腕も、胸も。脚も。ほんとうに、十分すぎるくらいに。それにね、いいじゃない。着飾って、化粧して。そんなに、隠さなくても」

「ねえ、私、まさかこんなことになるなんて、思わなかった」

「こんなこと?」

「そう。私、あなたが好きだなんて」

「そんなことも、あるわ」

「ねえ、私、想像もしてなかった。こんな、アンナチュラルな」

「ううん、大丈夫。ねえ、これはきっと、すごく自然なこと、だから」

「自然なこと?」

「そう、たぶんあなたが思っているよりずっと、これは自然なことなのよ」

「そうなの?」

「そう」

「そうなんだ」

「ほんとうに、ごめんなさいね」


 私は結局朝までずっとアカネの部屋にいて、時間を過ごしていました。

 ずっと手を繋いで、あるいは少しばかり抱き着いて、それだけ。何というか、少しだけ気持ちが悪かったのです。彼女に、それ以上のことをされると。好きだ、とか、そういう気持ちとは、別に。

 不思議なことでした。


 それから私たちは朝食を摂り、彼女の父親を見送って、昼までのんびりと過ごしました。冬に帰省して、さらにこんな時期にも帰るなど、彼女にしたら随分多いようで。あるいは私は、だから歓迎されたのかもしれません。

 私は彼女の母親の話す、冬に帰省した時の話を、アカネに時々遮られながら聞いていて。そして私は彼女の成人式の時に着ていた服を、思い出したように尋ねました。何色だったのか、と。そうすると彼女の親は何色って、と、少し戸惑うような表情を浮かべて、そう言いました。特に難しいことではないと思うんだけれど、と私もそれに少し戸惑って。少しの時間、空白があって、それからアカネが、紺、と口を動かしました。紺色、と。

 紺色、と私は想像しました。


 そして私たちは昼を食べて、家から出ました。

 とても暖かく、見送ってくれて。私は本当にありがたいという気持ち以外に、何の気持ちも持てないくらいでした。

 それから私たちは行きと同じように路面電車に乗って、バスに乗り換え、飛行機に乗りました。お土産分、私の荷物は大きくなってしまって。空港では、彼女のバックにもいくつかを入れてもらって、機内持ち込み分だけに何とか荷物を抑えるなんていう、少し滑稽なこともしました。

 その前日と同じく、よく晴れた日でした。

 飛行機は殆ど揺れることもなく、滑らかに空を進んでいっていました。私たちは機体の後ろの、エンジンから大分離れた位置に席を取っていて。つまりはその飛行機の中で一番静かな空間に座っていました。

 私は彼女にずっと寄りかかっていました。

「どう? 楽しかった?」、と彼女は聞きました。

「うん、楽しかった。宮島も、ほんとに綺麗で」

 彼女は私の頭を撫でてくれました。「ねえ、ありがとう」

「どういたしまして」

「何だか、眠くなってきちゃった」

「大丈夫、成田に着いたら、また起こしてあげるから」

 それから私は目を閉じて、そうすると意識がどこかに吸い取られていきました。

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