#6 Heat
梨紗は夏休みの間彼とよく寝ていたようでした。
「男って単純なのよ」と彼女は言いました。「近くに居れば相手から好きになってくれるわ」
そう、と私は言いました。
それから梨紗は彼の話を続けていました。でもそれは私に対しての会話というよりは、私の先の何かへの対話のように、私には思えました。私を何かの象徴として、彼女は行き場のない気持ちを昇華しようとしていたのでしょう。友達的な何かの象徴。高校の同級生としての象徴。
梨紗は高校の時とは随分変わっていました。
彼女は際立って特徴のある生徒ではありませんでした。高校の時は、強いて言えばそれなりに頭がいいくらいの、本当に普通の生徒でしたから。もちろん、私にそんなことを言う権利などないのかもしれませんが。
でも何となく今の彼女は何となく垢抜け、軽くなっていました。決して悪くない変化、と私は思います。でも、確かに何かが変わったことは事実なのです。
そして、夏休みが終わると、アカネは私に自分の居場所を教えてくれなくなりました。水曜日の昼の連絡がなくなってしまったのです。
私は彼女にメールをして、でも彼女からの返信は永遠に来ませんでした。
十月になっても、季節はまだ夏のままでした。秋は肩身の狭い思いをしていたのです。
私はそれから、二回目に椎名と二人きりになりました。
今回は彼の誘いがきっかけでした。彼は、私が少し高いパンケーキのお店に行きたいと言っていたのを覚えていたみたいで。行かないかと誘ってくれたのです。私たちは渋谷を二人で巡り、目的のパンケーキを食べて、時間を過ごしました。
彼は私を完璧にリードしてくれました。私たちはツタヤで音楽を聴き、ロフトで綺麗な文房具を見て、私の趣味でパンケーキを食べ、それから彼の奢りでコーヒーを飲んだのです。それはまるでデートみたいな時間でした。
それから、私たちは随分と暗く、涼しくなった渋谷で手を繋ぎました。
彼がふっと私の右手を取ったのです。それは、指の絡んでいない、普通で、そして温かい繋ぎ方でした。私はその一挙一動に、ああ、と思いました。彼は私のことが好きなのだ、と。それは私にそう確信させるのに十分すぎる所作でした。
私は彼にちょっとした微笑みを浮かべて、それから繋ぐ手に力を入れました。
渋谷駅に着くと、彼は井の頭線の駅まで送るよ、と言ってくれました。
改札口で、私は彼に、「ありがとう」と言いました。「パンケーキが食べたいって言ったの、覚えてくれていて。嬉しかったよ」と。
彼はそれから私に微笑んで、手を振ってくれました。
「どうしたの?、自分の手なんて見つめてさ」
隣の椅子に腰かけるなり、梨紗はそう言いました。
「いや、すごいなと思ってさ」と私は返しました。「こんなもので私たちは何でも作ってきたのね、と思って」
梨紗はそれからため息をついて、「藍って時々変なこと言うよね」と言い放ちました。
「ひどい」
「いや、客観的に見て変よ、絶対」
そうかもしれない、と私は思いました。
それに実際には私はそんなこと考えていませんでした。思い出していたのです。熱を。手を繋いだ時に感じる熱を。人と触れ合った時に感じる熱を。
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