Summer

#5 Letom

「夏は嫌いなのよ」とアカネは言いました。「全てがべとべとする」

 木曜日の午後でした。その前日は、アカネはレポートに追われて昼食どころではなかったようで。食堂に来なかったアカネに、私は埋め合わせを要求したのです。

 私は彼女と平日の日中の街中を散策しました。散策と言っても、郊外のキャンパスの周りには、住宅と低層ビルしかありませんでしたが。でも私はアカネに案内されて、一緒に雑貨店をウィンドゥ・ショッピングし、それからカフェに行きました。それは贅沢な時間でした。平日の日中に、友達と何の罪悪感もなく時間を使うのです。


 それから私たちはびっしりと氷の詰まった甘いアイス・カフェラテの前で、迫り来ようとしている夏についての悪口を語っていました。こんなこと、長い人類史の中で、私たちと中国の皇帝くらいにしか許されなかったことでしょうね、と私は言いました。彼女は笑いました。私たちはそれから暫く無言でラテを飲みました。何も言わないことに対しての罪悪感も、プレッシャーも、そこには何もありませんでした。アカネは不思議な人でした。彼女はどちらかと言えば沈黙の方を好んでいた気もします。彼女の前では私は、場を維持するための意味のない流言も、軽口も、望まなければ、何も発さなくて済みました。

 それから彼女は五限を受けにまたキャンパスに消えていきました。彼女の目には薄くくまが出来ていました。レポートが終わらなかったの、と彼女は言いました。理系って大変なのね、と私が言うと、私は過去レポートが手に入らないから、ハードモードなのよ、と彼女はそれに返して、それから少しだけ微笑みを浮かべました。それは私には何となく自嘲げな仕草に見えました。私はその時に彼女が何のサークルにも入っていなかったことを知りました。彼女は参考書と化した過去問や過去レポートの溢れる情報戦のキャンパスを、その身一つで非効率に乗り切っていたのです。


 夏休みの前に、梨紗は誰かを捕まえたようでした。

「いい人なのよ」と彼女は言いました。

「お金持ちだし、経済学部だし、それにルックスもそれなり」

 そう、と私はそれに返しました。梨紗も交際相手を自慢する人種になったのだなと私はただそれだけを感じていました。何その反応、もっと食いつきなさいよ、と梨紗はそれに少し頬を膨らませながら言いました。

「というか、別れたのね、前の彼と」

「そう、六月にね。振ってやったわ、あんな奴」

 そう、と私はそれに返しました。それはやけに感情的な言葉に私には聞こえました。そもそも、私に高圧的な言葉を浴びせかける理由なんて、彼女にはないわけですから。


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