細くて長い
大晦日のことだった。
「
「あらー、長池さん! 何でしょう、随分と久しぶりな気がしますねえ!」
「そうッスねえ!
で、それは何してんスか?」
目井さんは右手に箸を持っていた。
口からは、何か細長いグレーのものが数本伸びていた。どれくらい長いかというと、口から紐のようにピーンと張っていて、道の先までずーっと伸びていて、どんなに頑張っても終わりが見えないくらいだった。
「自宅で年越しそばを食べていたんですが、やたらと長い麺がありまして。
どんだけ長いのか確かめようと思って咥えて歩いてたら、ここまで来てしまいました。
あ、そうです! ちょうどいいので、私の髪、切っていただいていいですか?」
「お安い御用ッス!」
「なんかね。今年は本当に何もしてない気がするんです。完全に虚無な今年一年を振り返ると、冗談抜きに胃が痛くなるんです」
「なーに言ってんスか!
そうそう、クリスマスは過ぎちゃいましたが、良ければこれ!」
目井さんの髪を切りながら、長池は赤や緑のリボンで彩られた小さな容器を
「うちで作ったシャンプーのサンプルッス。クリスマス仕様にしてみたんス」
「ありがとうございます。使わせていただきます。
そういえば最近、知らぬ間に髪の毛に玉結びみたいなものができてしまってることがありましてね。気になってるので、ちょっと見ていただけますか?」
「ああ、これッスね」
長池は目井さんの髪を一本持ち上げた。確かに、中央辺りに誰かがわざとやったかのような結び目ができていた。
「俗に『妖精のいたずら』って呼ばれてるやつッス。シャンプーしてる時や寝てる時の摩擦、あとはブラッシングの時に髪が絡まってこうなっちゃうッス。髪が傷んでるってことッスよ」
「そうなんですね。今年は髪のお手入れもロクにしていなかったもので……」
「目井さん、いつも髪のケアもできないくらい忙しい中頑張ってくれてるッスもんね。
まあ、ここの玉結びの部分は切っておくッス。
できる範囲で、しっかりトリートメントやブラッシングをして、ケアしてあげればいいッスよ。
……ん」
ここで、長池は妙なことに気が付いた。
目井さんの後頭部の頭皮、その一部が小さくもぞもぞと動いていたのだ。
「……?」
頭皮から、ほんの数cmほどの腕が伸びてきた。
まるで赤子のような丸っこくて太短い2本のそれらは、手近にあった目井さんの髪を掴んだ。
そうしてから、その髪をいじり、器用な玉結びを作り上げたのだった。
「……」
長池は少し考えて。
小さな腕にシャンプーのサンプルをそっと
2本の腕は、素直にシャンプーを受け取ると、抱きかかえるようにして目井さんの頭皮の中に引っ込んでいった。
「いやー、しかし一年って早いですねえ」
と目井さん。
「本当に早いッスねえ」
何事もなかったかのように返す長池だった。
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