VS mosquito

「地球上で最も多く人間を殺している生物は何か知ってるか?」

 夜、スーパーからの帰り道で千古ちふるがクイズを出してきた。

「えー、何でしょう…… サメとか?」

 首を傾げつつ答えるつなし


「サメに殺されるのは年間で10人ほどだそうだ。

 あと、私調べだが、人間を襲う種類はサメ類全体の1割程度だとされているそうだ」


「映画のイメージが強いですが、実際にはそこまでたくさん人を殺しているわけではないんですね……

 あ! やっぱり人間とか?」


「確かに人間のくせに人間を殺してる奴はたくさんいるわけだが……

 答えはそいつらだ、そいつら」

 千古は十の右手の甲に留まっている小さな羽虫を指さした。

「え!? 蚊さんなんですか?」


「色々な病気を媒介するからな」


「なるほど」


「感心している場合じゃない。貴様、先程からその蚊が留まっているのに気付いておきながら見て見ぬふりをしているだろう。早く潰せ」


「うう…… 分かってるんです。蚊さんに血を吸わせるのは良くないって昔から分かってるんですが、今のお話聞いてより一層良くないと思い始めたんですが、どうしても無理なんです。シンパシーが湧いちゃうんです!」


「そもそも蚊にさん付けする奴なんぞ、200年近く生きてきて初めて見たわ」


「だからシンパシーです!

 そういう千古さんだって、私の知る限り虫さんとか殺したことないじゃないですか!」


「それはその、やはり殺すのは流石に罪悪感が」


「ほらー! 人のこと言えないじゃないですかー!」


 そうこうしているうちに、十の血を吸っていた蚊は飛び去って行った。

「ああ、行っちゃいましたね……」


「行ってしまったな……」

 なんかそのまま見送る2人であった。




 一方、少し時は遡って。

「いやー、もう夏ですか。時の流れは早いですねえ。冬にデンス(Dens)さん達にアイスでご迷惑かけたのを昨日のことのように感じますよ」

 院内で「極寒」と書かれたうちわで自分を扇いでいる目井めいさん。


 「それはそうと、夏と言えば蚊さんの対策が重要ですよね。どうするのがいいんでしたっけ。改めて調べてみましょう。


 ふむ。『蚊は黒などの暗い色に集まる習性があるため、白い服を着るといい』ですか。これに関しては私はいつも白衣なので大丈夫かもしれませんね。長袖ですし。


 へえ、よく言われている『O型の人は刺されやすい』というのは、実は科学的根拠はないんですね。


 あとは? 『体温が高め、呼吸回数が多い、汗をかきやすい』という人は刺されやすいんですね。運動した後なんかが狙われやすいかもしれませんね。特にこの時期は運動は適度にした方がいいですよね。移動は文明の利器に頼る。無理しない無理しない。


 他の情報としては……」




 時は戻り、十と千古。

 蚊を見送って帰路についていたら、どこからかいい香りがしてきた。


「何でしょう、これ?」


「みかんか何かの香りではないか?

 だんだん強くなってきているな。この辺りで誰かが育てているのかもな」


「ああ! そうですね! みかん食べられませんが、こういう匂いは好きで…… す……」


 角を曲がって現れたみかんの香りの発生源に、2人は言葉を失った。




 真っ白な全身タイツに身を包み、顔の部分も、目も鼻も口もないお面で肌が全く見えないように隠されている。

 しかも後頭部にも側頭部にも腕にも脚にも胴体にも、小さな扇風機がたくさん付いており、それらが小さいながらも高速で回りながら、強風と吐きそうな程にきついみかんの香りを放っている。

 そんな格好の長身の人物が、セグウェイに乗ったままゆっくりと通り過ぎて行った。




「……何だ」


「目井さんですね」


「身長的にもそうだし、妙なことする奴が大勢いても困るから目井ではあるだろうが、どうしたんだ?」


「蚊さん対策じゃないですか? そういえば蚊さんは柑橘系の匂いが苦手だって聞いたことがありますし」


「ああ、それに風が強過ぎると飛べないというからな。

 それにしたって、その、もっとこう……」


 2人がそんな話をしている間にも、セグウェイの人物はどんどん進んでいき、街路樹にぶつかって倒れた。


「見えとらんのかい!」


「黒いからって、目まで隠しちゃったんですね!」

 とりあえず助けに駆け寄る2人だった。







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