too vivid money

「先日、紙島かみしまが紙で大怪我した時はお世話になったようで」


「いえいえ、わざわざご丁寧に」

 目井めいさんと原井はらいは頭を下げあっていた。


「会社を紙島に任せ、私自身は名ばかりの会長に就任して早数年。大きなトラブルもなくやってきたところへあの大怪我でしたから、もう心配で心配で。無事に退院できて何よりです」


「しばらくは紙がトラウマで、院内の掲示物をご覧になっただけで悲鳴を上げてらっしゃいましたが、それも少しはおさまってきたようで」


「あれについてはまだいささか心配ですがね……

 でもあいつは立派ですよ。新しい技術を取り入れようと頑張ってるんですから。私なんて、子ども達や孫達に散々言われて先月やっとスマホにしたんですが、結局使いこなせてないんです。

 メッセージアプリもですが、キャッシュレス決済っていうんですか? ああいうの使えたら便利だろうとは思うんですが」


「キャッシュレス決済のアプリはたくさんありますから、まずどれがいいのかで困ってしまうかもしれませんね。

 そこでちょうどいい物があるんですよ。実際に使われ始めている国もあるそうで、私も自作してみたんです」

 

 目井さんは机の上の小さなプラスチックのケースから、ピンセットで何かをつまみ上げた。

 それは目を凝らさないと見逃してしまいそうに小さく薄い、黒い正方形の紙片のように見えた。

「マイクロチップです。これにお口座の情報を登録していただいてから、手のひらに埋め込みます。これで、お店の機械に手のひらをかざしてチップの中の特殊なバーコードを読み込んでもらうだけで、自動的にお口座からお支払いができるようになりますよ」


「なるほど、これなら簡単ですね! 是非入れてください!」


 すぐにマイクロチップを右手に埋め込んでもらった原井は、それから手のひらをかざすだけの買い物を楽しむようになった。

 富裕層と呼ばれる程度には金は持っているので、高額な買い物の際もいちいち札を数えたりせず、一瞬で決済できるようになって快適だった。

 高齢の自分であるが、最新の技術の便利さを経験できたことで、スマホももう少し勉強してみようかな…… という意欲も湧き始めていた。




 数週間後、原井は夜道で意識を失って倒れているところを発見された。

 後頭部には鈍器のようなもので殴られた跡があり、右手の手首から先は切断されて持ち去られていた。



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