cruel evolution
これといって大きな特徴もない、どこにでもありそうな人工の少ない町。
けれど、一つ大きな異常があった。もっとも、あくまで外部の者から見た場合の異常だが。
「おはよー!」
朝、町内の小学校の校門前。
登校する生徒達が口々に朝の挨拶を交わしている。どれも元気な声だ。
「おはようございます!」
見守る教師達や保護者達も笑顔で挨拶をする。
校門を通った黄色いシャツの子に「おはよう」の声がかかる。
続いて校門を通った緑のシャツの子にも「おはよう」の声がかかる。
その後に通った黒いシャツの子にも「おはよう」の声が。
そして白いシャツの子が通った。誰も「おはよう」と言わなかった。
白いシャツの子は表情が見えないほど俯きながら、一人とぼとぼと校舎へと向かっていった。
そんな様子を見た人々の口から聞こえてくるのは挨拶ではなく、ヒソヒソ声や嘲り笑いだった。
町の人々は、みんなしてとある一家をいじめていた。それも今に始まったことではない。だいぶ前の代から何かと仲間外れにし続けていた。
先祖が悪いことをしたからだとか、元々はよそ者だったからだとか色々な説はあったがどれも根拠に欠けていたし、そもそも理由については皆あまり気にしていなかった。何でも良かったのだろう。
自分の親の代がみんなあの一家をいじめている。だから、自分もあの一家をいじめていい。この町の子どもは赤ん坊の頃にそれを覚える。
そうして、一家はいじめられ続けた。
引っ越せば良かったのにと思うかもしれないが、給料のいい仕事にも就かせてもらえなかったり、有り金を巻き上げられたりすることもあって難しかったのだろう。
あの一家がいじめられる。それがこの町では正常だった。
「なあ、金貸してくれよ」
その日の昼休みも、一人のいじめっこがあの一家の白いシャツの子を校舎裏でカツアゲしようとしていた。これがいじめっこにとってのいつものことだった。
けれど、その日は少し違った。いつもならすぐに金を渡してくれる白いシャツの子が、俯いて黙ったまま動こうとしなかったのだ。
「おい、聞いてんのか?」
いじめっこはイラついて、相手が寄りかかっている壁をガンと殴った。拳がジンジン痛んだが続ける。
「さっさと出しゃいいだろ、じゃないとお前も殴るぞ」
白いシャツの子は、まだ黙っていた。
「何だ今日のお前。キモいぞ。まあいつもだけどさ。
キモいのは親父譲りか? 聞いたことあるぜ、子どもの頃のお前の親父が歩いた後、道の石とか花が溶けてたことがあったんだって?
うわー、やっぱお前ら、一族揃ってキモいよ。外出んのやめれば?」
いじめっこは相手の顔を覗きこもうとした。できなかった。
顔面に何か生ぬるいものがかかった。濁った半透明の、固体と液体の中間のようなそいつは、顔だけでなく後頭部や肩の辺りまで広がっていく。
「がっ、ぐえ」
妙な声を発しつつ必死でそれを取ろうとするが手や腕にまで絡まるだけ。
そうこうするうちにどんどん大きくなっていく。全身が覆われる。
息ができない。痛い。痛い。手足の、背中の、お腹の、頭の感覚が、なくなっていく……
白いシャツの子は、自分が発した物体にいじめっこが捕らわれ、全身を覆われたところを、そして物体ごと少しずつ溶けてなくなっていくのを無言で見届けた。
大丈夫だ。自分もきっと自分の子孫もこの町で生きていける。何かあったらこうすればいいんだから。
ずっと昔から我が家の遺伝子に受け継がれ続けてきた恨みが、形になったんだ。
白いシャツの子はチャイムの音に従って教室へと戻っていった。
「この前は文字通り炎上させちゃって本当に申し訳なかったッス」
「いえいえ、すぐ消火してくださって助かりましたよ」
目井さんは
「それにしても長池さん、髪でテレパシーしたり火を起こしたりできるようになってたんですね。すごいです」
「へっへー、今なお進化し続けてるんスよ、私の髪!」
「どこまでいくのか、将来が楽しみですね!
進化といえば、『神様は天地や他の生物を創ってから、最後に人間を創った』ってお話がありますが、あれだって多分そうとは言えませんよね」
「新種の生物もたくさん発見されてまスもんね」
「ええ。それに、人間だって進化して、新たな生物となるかもしれないんですから」
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