rain bringer & ○○ bringer
(今度こそ……)
青いペンキをぶちまけたような空と、そこに浮かぶ巨大な綿のような入道雲を睨み、
途端、
ざあああああああああ
ばたばたばたばたばたっ
天から降り注ぐ無数の雫。さっきまで汗のせいで湿っていたのに、一瞬にして違う要因でずぶ濡れになる全身。
(やっぱダメだ!)
足を即座に引っ込める。と同時に一瞬前の曇天と土砂降りが幻だったかのように、カラッと晴れ渡る空。抜けるような晴天。
(……)
もう一度足先を東屋の屋根の外に出してみる。
大雨になる。
引っ込めてみる。
晴れる。
出してみる。
大雨になる。
引っ込めてみる。
晴れる。
出す。
大雨。
引っ込める。
晴れ。
出。
雨。
引。
晴。
「意思があるよね!?」
水住は遥か頭上に向かって叫んだ。
1時間ほど前のことだった。友人達と遊びに行った帰り道、あまりの暑さにクラクラしてきてしまったので少し休もうと、この東屋のベンチに腰掛けた。
日陰で飲み物を飲んだり塩飴を舐めたりしていたら落ち着いてきたのでそろそろ帰ろうと立ち上がり、東屋から片足を出した。
すると突然のザンザン降り。慌てて足を戻した。すると、雨が止んだ。
通り雨にしたって短すぎないか……? と思いつつ再び足を出してみたら、またしても白かった雲が真っ黒に変わり、大粒の雨を食らわせてきた。驚いて屋根の下に足を戻せば、それと同時に雨は止んで、そんなはずはないだろうともう一度出ようとすればまた雨が…… ということを延々と繰り返している。
一連のことで疲れてしまい、ため息を吐きつつとぼとぼとベンチに戻る水住。
「あーあ、どうしよ……」
独り言が、ポツリとこぼれた。
「本当にどうしましょうねえ」
妙に間延びした、聞き覚えのありすぎる、少し苦手な声が足元からした。
「……何ですか
「下です。下」
また面倒くさいことに巻き込まれるの嫌だな…… と思いつつ、言われるままに下を向いた。
そしてやっと、自分が腰掛けているのがベンチではなく、四つん這いになった目井さんだと気付いた。
「医師がいる!」
叫びながら転げ落ちた。
「いやーびっくりしましたよ。最近考案されたベンチノフリ健康法を試してみてたらいきなり座られちゃったんですから。いつ声をかけようか、いやそれとも気付いててわざとやってるのかと悩んでしまいまして」
「気付いてて座るわけないでしょうが! なんでそんな変なところで遠慮するんですか!? あと、もうオチは分かりきってますが念のため訊きますよ、その健康法、どこの誰が考案したんですか?」
「ここの私です」
「でしょうね!」
2人で本物のベンチに座り直すや否や繰り広げられたそんな会話内容に頭を抱える水住。
「それは置いといて、何かお困りのようですね」
「見てました? 水住が出ようとすると雨が降っちゃうんです。空に嫌われでもしたんですかね? どうしたもんですかね…… あっ、そうだ!」
ぽんと手を打つ。
「もしかしたら目井さんと一緒に出れば雨降らないかも! 試してみてくれませんか?」
自らの名案に目を輝かせる水住。しかし、目井さんは首を横に振った。
「残念ながら難しいかもしれませんね」
「え、どうして……」
「実は私も、水住さんと似た理由で数時間前からここを出られないんです」
「え、目井さんも雨降っちゃうんですか?」
「いえ、私の場合は…… ご覧いただいたほうが早いですね」
言うが早いが、目井さんは東屋の外へ飛び出した。
途端、
あぎゃあああああああ
ぐわああああああああ
騒がしかった蝉の鳴き声が跡形もなく消え失せ、代わりに鳴き声とも悲鳴ともつかない、到底蝉とも人とも思えない何者かの声らしき音がこだました。
公園に生えていた木々や花々、雑草は姿を消し、代わりに目が痛くなるほど毒々しい色と形の植物達が、鉄のような強烈な芳香を放ちながら大地をびっしりと覆い尽くしていた。
空は赤と紫の絵の具を混ぜ合わせて美しい色を出そうとして失敗したような色彩に変わっており、雲は一つも見当たらなかった。
頭の中に、直接声が流れ込んでくる。性別も年齢も判別できない、けれど一音一音に猛毒でも含まれていそうな、脳をしびれさせる響きを持った声。
「ふはははははは。待っていたぞ、この時を! 我を目覚めさせた、貴様はこ」
目井さんが屋根の下に戻った瞬間、辺りはいつも通りの暑いけれどのどかな公園の風景に戻った。
「…………何なんですか、今の?」
すっかり怯えきり、目井さんに縋ってがたがた音がしそうなほど震える水住。
「何なんでしょうね、今の? なんか召喚しちゃったんですかね……」
流石に首を傾げる目井さんであった。
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