into the paddy field

「思いがけなく足を滑らせて田んぼに転落するとね、意思とは関係なく漫画みたいに『ぶべっ』って声が出ちゃうんですよ。

 なんで知ってるかって? 今朝体験したからです!」


目井めいさん、こっちは世間話しに来ただけなので、先にその泥だらけの全身を洗って着替えてきてくださいな」


「あ、ありがとうございます」




「いやでも、あまりの暑さに田んぼを見かけると飛び込みたくなる季節がやって来ましたよね」

 白い髪をタオルで拭き拭きしながら言う目井さん。

「わざと飛び込んだんですか?」


「いえいえ、流石に事故でしたよ!? ただ時期的にそんな気分になるってだけで!」

 思いっきり懐疑的に一瞥し、けれど「でも最近暑いのは事実ですよね」と頷く患者様。

「午前中は涼しかったんですが、午後はまた戻っちゃってね…… しかもまだ6月なのにね。これからさらに暑くなるのかと思うと気が滅入りますよ…… 暑くなってほしくないですねー。なったとしても、いちいちクーラーや扇風機を使わなくても一瞬で涼しくなれる方法があればいいのに」


「ほうほう、ではちょうどいいところにいらっしゃいましたね」


「はい?」


「実は私つい先程、温度を感じた時の肌の反応を再現する方法を見つけましてね。つまり、これを使えば暑い時でも肌は『涼しい』と感じた時の状態になるので、涼しさを感じていられるんです」


「おお、画期的!」


「では、早速これを使ってあなたの肌を今朝の涼しい状態にしてみましょうか!」


「はい、お願いします!」




 数分後。


「ダメですダメー! これ以上農家さんにご迷惑かけるのは絶対にダメです!」

 目井さんは、田んぼに飛び込もうとする患者様を全力で羽交い締めにしていた。

「ダメなのは分かってますよ自分でも! でも田んぼに飛び込みたくて仕方がないんです! どうなってんですかこれ!?」


「しまりました! 『涼しい』と感じた時の肌の状態ではなく、『田んぼに飛び込みたい』と思っていた時の肌の状態を再現してしまったんですね!」


「『しまった』を『しまりました』って言うな! 敬語にしなくていい! って言うか、涼しくてもやっぱ飛び込みたかったんじゃないですか、もー!」


 効果が切れるまで、田んぼの前ですったもんだしていた二人であった。

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