living sculpture

「私が年齢を大幅にサバ読んでコンビニでバイトしているのは知っているな?」


「ええ、先々月から働いてらっしゃるという……」


「ああ。そこの先輩に美術館の特別展示のチケットを3枚もらったんだ。1枚やる」


「え、しかし」


千古ちふるさんと私はもう行ってきたのでいいんですよ。素晴らしかったです! 特にこれが!」

 天井に届きそうな高さと、自身が三人横に並んでも及ばなさそうな太さを誇る、二本足でそびえ立つ黒い牛のような生物の像を自慢気に示すつなし

「実物大レプリカです! これもこれでとてもいいんですけど、本物はもっとすごかったんです! こう、凄まじい生命力を放っていたと言いますか……」


「買うと言って聞かなくてな…… おかげで一部屋潰されてな……」

 始まった力説の隣でぼやく千古。

「とにかく、悪くはない展示だったぞ。チケット余らせるのも忍びないからな。ほら、受け取れ」

 目井めいさんに長方形の薄い紙片を押し付ける。相変わらず感情の読み取れない仏頂面だが、出会った頃と比較すると幾ばくか生気が宿ったように見えた。


 病院を出て、夜道の中レプリカを抱えてよたよた歩く十。それを後ろから支えながら抑揚のない声で、けれど「前見えないだろ。せめて背負え。というか持とうか?」と気遣わしげな内容の言葉をかける千古。

 十も千古も、先日町で起こった出来事を知らないはずはなかった。「チケットがもったいないから」以外にも理由があるのは明白だった。

 2人の背中を眺めながら、目井さんは美術館に行ってみることに決めた。




 大型連休というだけあって、たくさんの客がいた。新進気鋭の芸術家数名の作品を展示するというコンセプトに基づき、会場には多種多様な作品がディスプレイされていた。

 絵画に切り絵、陶芸作品、合成樹脂の像、布人形など、どれも思わず目を見張る魅力に満ちていた。

 芸術作品は、作られた背景や作者の思いなどをあらかじめ理解しておくとより楽しめるものなのだろう。けれど何の予備知識もなくとも、自分が感じたことを素直に受け入れて楽しむことも可能なのだ。絶対的に正しい楽しみ方というものは存在しない。

 

 目井さんは後者だったが、作品鑑賞を十分に満喫していた。そうこうしているうちに最後のエリアに到着した。

 会場は作者ごとのエリアに分けられており、最後に位置するのが十が複製品を購入するほど気に入った彫刻家の作品が展示されている場だった。

(さて、どんななんでしょうね……)

 ワクワクしながら足を踏み入れる目井さん。


 十の一押しである牛のような何かに始まり、雲の上に佇む人間やとぐろを巻いた蛇、おしくらまんじゅうをする猫。大小様々な、バリエーションに富む生物を表した、石でできた彫刻が効果的に並べられていた。どれもがまるで生きているかのような、今にも動き出しそうな、生命力にも似た強烈なオーラをたたえているのが、一見しただけで分かった。


 目井さんは息を呑み、しばしその場に貼り付けられたように動けなかった。

 やがて我に返り、焦ったように手近にあった像に駆け寄り、何かを確かめるかのように一部を凝視する。一分ほど見つめ、独り言の代わりのように小さく頷く。

 他の客達の不審そうな視線をはばからず、その場に展示された像を全て観察して回った。どれに対しても、目井さんの感想は同じだった。

(なんて作品なんでしょう…… どれも……)

 頭の中心がじいんと痺れた。


「拙作、お気に召していただけましたか?」

 かけられた声に振り向く。

 愛想よく笑うその顔は、このエリアの入り口に飾られていた彫刻家の写真と同じだった。




「あなたの作品なんですがね……」

 会場を訪れていた彫刻家本人を他の客の目の届かない場所に連れ込み、話を始める目井さん。

「どれも琴線に触れる、ファンタスティックな作品です。あんな溢れんばかりのパワーを表現なさるとは恐れ入りました」


「ありがとうございます」


「ただ、ですね……」


「?」


「……牛さんの左の角、雲の下部、蛇さんの尻尾、三毛猫さんの前の右足、それと……」

 先程見た彫刻のパーツの一部の名称を述べていく目井さん。

「今挙げた部分なんですが…… 人間の骨で作られてますよね? 加工した骨を石を削って作った像にくっつけてますよね?」


「……」


「私、この町で医者をやらせていただいてるんです……ええ、一応。

 なので、どんなに形を変えられていても、着色されていても分かります。あれは間違いなく人骨です。

 失礼ですがその、お墓などから遺骨を持ち出したりなんてことは」


「ふざけないでください!」

 彫刻家は思わず声を張り上げた。

「亡くなった人の骨なんて使うはずないでしょう! そんなものでいい作品は作れません。こちらは一つ一つの作品に命を吹き込むつもりでやっているんです! 材料には絶対のこだわりがあるんです!」

 真剣に訴える双眸に、嘘をついている様子は全く無かった。

「……そうですよね。大変失礼致しました。作品、本当に素晴らしかったです。これからも頑張ってくださいね」

 目井さんは頭を下げ、去って行った。




(失礼な奴だったな……)

 その日の夜。苛立ちを宿しながら、彫刻家は帰路についていた。

 こちらは自分の内にあるものを彫刻という形で表現することに日々心血を注いでいる。それでも、一度作品が出来上がってしまえば、それがどう思われるかは鑑賞してくれた人の感性に任せるしかない。思いがけない感想を聞くのも、そういう見方もできるのかと価値観を広げることができて好きだ。

 さりとて、死人の骨を使用しているのではないかという勘ぐりは流石に頭にきた。見当違いも甚だしい。自分はどの作品も本物の生物と見紛うような生命力溢れるものにしたいと考えている。それに対して命を失った者の一部など使用するわけがない。

 自分が使うのは……


 家に到着した彫刻家は、庭にある大きな倉庫を解錠した。スライド式の扉を開き、電気をつける。中身を忘我の表情で見つめる。

 これだ。これこそが自分の作品を完全にしてくれる材料達。この世にある至高の素材……


「なるほど。そういうことでしたか」


 数時間前に聞いた憎たらしい声が背後から再び聞こえ、飛び上がって振り向いた。


「嫌な予感がして、でももしかしたらまだ手遅れではないかもしれないと考えて、失礼ながらあなたをここまで尾行させていただきました。あなた、たしかに一言も嘘はついてらっしゃらなかったんですね。ですが申し訳ありませんが、ここでおとなしくしていてください」

 目にも留まらぬ早業で包帯で拘束され、悲鳴を上げる彫刻家。

「やめろ! 材料に指一本触れるな!」


「材料ではありません。とにかく急いで治療に取り掛かります」

 目井さんは早足で倉庫に入り込んだ。


 広々としたねずみ色の金属製の冷たい床。その上で、生きたまま体内の骨をいくつも取り出された十数名の人々が、生々しい傷跡もそのままに呻き声を上げながら蠢いていた。




「という事件があったわけだが」


「牛さんは手放しませんよ! 作品と作者さんは別です! ねっ、牛さん♪」


「だよな。もういいや部屋一つくらい……」

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