A tale of a "Sparrow"

「お久しぶりです」


 透明なアクリル板を挟んで向かい合わせに腰掛けたその人の、世界で最も聞きたくない声。

 顔は、上げない。顔は、見られない。傷口は完全に塞がったけれど、まだ首に巻いたままの包帯にそっと触れる。


 ……なんで、来たの。




 物心ついた時には、もうそうなっていた。

 祖母は私に「嫌なこと」ばかりしていた。

 殴る蹴る? タバコの火を押し付ける? 熱湯をかける? 大声で怒鳴る? 当時の私には意味も分からなかった差別用語を呼称にする? 食事抜きにする? 真夜中でも家から追い出す?

 あのくうかんでは、そんなの常識だった。人には到底言えないことをされたことも、一度や二度ではなかった。

 他の人に助けを求めるという発想はなかった。追いつめられすぎて、何かが麻痺していたのかもしれない。

 スーパーや公園、祖父母がよく行く病院で頻繁に顔を合わせる目井めいさんに対してもだった。私の家族は幸せです、と言わんばかりの作り笑いばかり見せていた。


 祖母が何故そんなことをしていたのかは今でも分からない。祖父が私ばかりを可愛いがるのが面白くなかったのだろうか。

 私を虐げる祖母は、いつもどこか愉悦にひたっているようだった。仕返ししているつもりだったのだろうか。


 ――「おじいさん」が「雀」ばかりかまうのが面白くなくて、「おばあさん」は「雀」をいじめるようになりました――


 けれど、大人になった今ならこう思える。毒家族どくかぞくを理解してやる必要なんて微塵もない。特に、奴らに傷つけられた者が奴らの心情を慮ってやる義理など皆無だ。もらってもいない愛を返す義理は、ない。




 祖父は祖母とは違った。私が祖母に「嫌なこと」をされた後は、必ず抱きしめて、頭を撫でてくれた。

 どんなになった私も、いつも笑顔で受け入れてくれた。嬉しかった。




 ある日、祖母は私にだけ食事をくれなかった。

 口に食べ物を運びながら弾んだ声で世間の噂話に興じる老夫婦。あたかも私は存在しないかのような嬉々たる会話。背を向け、一人工作をして空腹を紛らわせていた。

 お腹が空くのには慣れていた。けれどその日はどういうわけか耐えられなかった。


 食べたい。


 無意味な形に切り取った折り紙を無意味に貼り合わせながら、頭はそんな生物として当然の欲求でいっぱいだった。


 一方の手元に目を落とす。握っていたのはスティックのり。

 これなら固くない。紙は口の中でうまく溶けなくて、よだれを吸収してぐちゃぐちゃになって気持ち悪くなる時がある。大体、なかなかお腹の足しにならない。

 けど、これなら……

 容器の底部を右に回転させる。人工的なブルーの、柔らかくネバネバした、独特の匂いを放つ文房具。

 そっと舌を当ててみる。粘着力と、かすかな苦味。でも、これくらいなら、いける……


 ――「雀」は、「のり」を全部食べてしまいました――


「何やってんのこのバカ!」

 出し抜けに、罵声とともに頭頂部の髪を掴み上げられた。

 意志とは無関係に立ち上がる、というよりも、ぶら下がるような格好にさせられる。

 見上げた祖母は、笑っていた。がなりながらも、面白そうに笑っていた。

「そっちの『のり』は食べ物じゃないでしょ!? 食べられるのは海草でできた、黒い『のり』でしょうが! かーっ、バカだねえ!」

 歯を剥き出し、目を見開き、ゲラゲラ。本当に私と同じ「人間」なのかと疑わずにいられない醜悪な笑顔で眼界のほとんどが埋め尽くされる。

 埋め尽くされていない、ほんの僅かな残りの隙間、祖父がにこやかにこちらを見つめていた。




 ああ、なんで今まで気付かなかったんだろう。


 ――「雀」は、「大切なもの」を切り落とされてしまいました――




 祖母の手を自分でも驚くくらいの力で振り払った。

 のりを持っていたのと反対側の手に握りしめたままだったハサミをいっぱいに開き、腹の底から咆哮を上げ突進した。

 逃げようとこちらに向けられたうなじに飛びつき、薄刃を付き当てた。2枚の銀色は、まるでそうするのが当然であるかのように、するりと首の肉に食い込んだ。


 こういった状況の後のことは、小説ではしばしば「頭が真っ白になってよく覚えていない」と表されることが多い。けれど私は鮮明に覚えている。

 自分の背丈より高くに位置する首に半ばぶら下がるような体勢で、見た目よりも柔らかな首肉にひたすらハサミを入れ続けた。目が痛くなるほどの鮮やかな血液が、一番強い勢いのまま制御できなくなったシャワーのように容赦なく目に飛び込んできたので、目を閉じて両の手を左右に近づけたり離したりを繰り返した。ぎゃーぎゃーだのじゃきじゃきだの耳障りだったけれど、その動作しかできない機械のように切り刻み続けた。手が千切れそうに痛かったが、やめなかった。一心不乱に、殺し続けた。




 相手は完全に動きを止め、喚き声どころか吐息を吐きすらしなくなった。

 服と全身が水分を吸って何倍にもなったのではないかと思うほど重い。怠い。

 緩慢な動作で腰を上げ、目をそっと開いた。

 胴体からもげ、べちゃべちゃの真っ赤っ赤になったフローリングに転がるの頭部。

 背後を見返る。明るい色が垂れてきて見えにくかったが、部屋の隅には、怯え、震える祖母の姿があった。


 なんだ。こいつ、こんなに弱そうだったんだ。

 ゆらゆらと近寄り、正面から祖母の細い首筋を刃で挟み込んだ。祖母は悲鳴すら上げず、祖父より早い段階で絶命した。それでも、首はしっかりと切り離した。




 祖父だけは、私を愛してくれていると思っていた。とんだ誤解だった。

 祖父はただ面倒だっただけだ。祖母のことも私のことも敵に回したくなかっただけだ。だから双方にいい顔をしていたというだけのことだったんだ。

 私のことが真に大切だったのなら、私を可愛がるだけではなく、「嫌なこと」をする祖母を止めてくれたはずだ。

 あの人はいつも見ていただけだった。祖母が何をしようと、ただにこにこと。慰めさえすればいいとでも考えていたのかもしれない。見当違いも甚だしい。一度傷ついた心が、容易に回復するわけがないだろう。


 結局私は、家族の誰にも愛されていなかったんだ。


 ――「雀」には、「雀のお宿」まで探しに来てくれる「おじいさん」はいませんでした――




 開けっ放しだった窓から、凶器となったハサミを力任せに放り投げた。血みどろのそれは、家のすぐ裏の小川へと吸い込まれるように落ちていき、あっという間に流されて見えなくなった。


 目井さんと警察に連絡をし、「いきなり変な人が入ってきておじいちゃんとおばあちゃんを殺した。とても怖かった」と伝えた。

 やって来た大人達の前で、動揺し、悲しむ演技をした。誰も私を疑っていなかった。

 顔では泣いていたけれど、頭の芯は氷のように冷え切っていて、何も感じていなかった。

 しいて言えば、安心感はあったか。悪者と偽善者がどこにもいなくなった。そんな安心感が。




「いかがですか体調は?」

 特に外傷はなかったが、精神的なショックを考慮してしばらく入院することになった。児童養護施設に行くことになり退院する前日、目井さんが病室にやって来た。


「大丈夫です。元気になりました」

 作り笑顔で答えた。2人を殺した日以来、感情のほとんどが消滅していた。

「そうですか、何よりです」

 目井さんはいつもの笑った目でそう言うと、一旦立ち上がってパイプ椅子を引きずり、少し私に近付いた。そうして、声を潜めた。

「このお部屋には、他の患者様はいらっしゃいません。警察の方もいらっしゃいません。私達2人だけです」


「? はあ」


「そして、私は絶対に怒りません。約束します」


 ……心臓が、ドクンと跳ねた。


「……あなただったのですか?」

 問いかけは、それだけだった。けれど、たったそれだけで意図は把握できた。もうたまらなかった。

 

 全てを打ち明けるしかなかった。2人を殺したことも、祖母にされていたことも、祖父が味方じゃなかったことも。

 悪いことをしたとは思っていないことも。


 目井さんの顔は見られなかった。いつもの優しい目がどこにもなく、怒りに満ちた目がこちらを睨んでいたらどうしようと怖かった。俯いた視界には、掛け布団を握りしめる自分の両手だけがあった。力を入れすぎて、手が布団と同じくらい白くなっていたのが妙に印象的だった。


 話が終わっても、しばらくはお互い無言だった。


 どれくらいそうしていただろうか。

 椅子が後ろに押しやられる音、衣擦れの音、何か弾力のあるものが硬いものと触れ合う、ぺたりという音。

 複数の音の発生源を見やった。


 土下座していた。

 私を責めるはずの目井さんが、無様に床に這いつくばり、顔を伏せていた。


「申し訳ありませんでした。津々羅つづらさん」

 訳が、分からなかった。


「私は全く気が付きませんでした。

 あなたが誰も頼れずに苦しんでいたことも、あのお2人がそんなことをしていたということにも。最悪の手段を取らなければならないほど追い込まれていたことにも……

 申し訳ありませんでした。私が気付きさえすれば、あなたに殺人をさせてしまうことも、あなたに生涯に渡ってつきまとう重荷を負わせることもなかったのに……

 あなたにおばあさんとおじいさんを殺させたのは私です。申し訳ありませんでした。もうどうにもなりませんが、申し訳ありませんでした」


 違う。

 違うよ、目井さんのせいじゃない。

 叫びたかった。否定したかった。さっきまですらすら出ていた言葉が出なかった。


「あなたは悪くないんです。あなたが悪いことをしてしまったのは、私のせいです。だからこのことは絶対に誰にも言いません。約束させてください。あなたの重荷を、全部は無理でもできる限りたくさん私に押し付けてください。

 あなたは今度こそ誰も殺すことなく、幸せに生きてください」

 迷いのない、強く、優しい声だった。


 無機質に白く光る床に押し付けられたまま動かなくなった顔が、ゆっくりと持ち上げられていく。

 私は慌ててそっぽを向いた。目が、まだ怒っているかもしれないと思った。


 それが、小学4年生の時だった。




 その後引き取ってくれた施設の人達も、家庭の人達も、学校の子達や先生達も近所の人達も、みんな優しかった。それまでの人生はただの悪い夢だったのではないかと思うくらい、幸せだった。徐々に感情も戻ってきていた。


 でも、誰のことも「家族」と呼べなかった。毒ではない「家族」が何なのか分からなくなっていた。

 こんな自分は、毒家族になってしまうに違いない。

 将来は決して「家族」を作らないと決め、高校を卒業してすぐに家を出た。


 ある日、何の気なしに見てみたTVのニュース。そこでとある事件に目を奪われた。

 とある子どもが家族からの虐待の挙句に殺害されたという、決して珍しいとは言えないような、そんなニュース。

 SNSを見てみたら多くの人が「かわいそうに」「ひどい事件だ」とコメントしていた。

 私も猛烈な怒りが湧いた。改めてあの日の自分の行為の正しさを実感もした。


 けれど、一ヶ月後。たったの一ヶ月後。

 同じニュース番組を眺めていて、ふと気が付いた。

 先日まであれほどセンセーショナルに取り上げられていたあの虐待のニュースが、扱われていなかった。続報もなく、全く違う話題ばかりを取り上げている。

 先日まであの事件に対して立腹していたアカウント達も、今や全く別のことばかり語っていた。

 あんなに悲しんでたのに。あんなに怒ってたのに。


 そうか、こいつらはただ一時消費できるネタが欲しいだけなんだ。

 事件の直後は被害者に同情したり、加害者を責め立てたりするくせに、すぐに飽きてポイ。悲しみも怒りも本心からじゃない。ただ自分には関係ないフィクションとして楽しんでるだけだ。

 だから何も変わらない。だから、類似の事件が頻発する。今日も誰かが毒家族に心身を殺される。


 自分の中で何かが弾けた。

 許さない。全部、許さない。

 猛烈な怒りを感じるだけで、変わらないでいた自分自身も、許さない。


 変わらないなら私が変える。この世の毒家族を殲滅する。無自覚に毒しか振りまけない下等生物がいなくなれば、人間はみんな幸せに生きていける。苦しめられている人達を助けられるんだ。

 やろう。私が、正義になるんだ。


『あなたは今度こそ誰も殺すことなく、幸せに生きてください』


 目井さん、ごめんなさい。


 ――「雀」は、自分自身が「大きな葛籠つづら」になり、「怖いもの」を撒き散らすと決めました――


 自分の初めての犯行を忘れないように、凶器はハサミ。一撃で殺せるように、サイズはできる限り大きく。何故一撃で殺す必要があるのか? 一刻も早く毒家族をこの世から消し去るため。

 必ず奴らの正面から切断する。奴らの最期の、恐怖におののく顔を見たいから。


 正体は明かさず、毒家族被害者本人からの依頼で動く。追い込まれすぎていて助けを求められない人もたくさんいる。公園などでもしかしたらと思った人物に声をかけ、話を聞き、依頼してもらうケースもあった。


 また、決して誰かに命を救ってもらわないとも決めた。

 人一倍健康に気を使った。職場の医務室にも、誰かの付き添い以外には行ったことがない。

 命を救ってくれる存在を裏切った自分に、命を救ってもらう権利はないから。


 目井さんに会うなんてのはもってのほかだった。あの日診察室で謝られてから、まともに顔を見上げたことはなかった。まだ目が怒っている気がして。

 町中で話しかけられたり、カウンセリングを勧められたりもしたが、全て生返事を返して逃げた。

 それでもこの町から引っ越さなかったのは、自分に罰を与えるためだったのかもしれないと、今では思う。




「終身刑が下った世紀の殺人鬼に何の御用ですかぁお医者様ぁ?」

 敢えて挑発するような口調で話しかけた。顔は俯かせたままで。


「忘れてたけど、この国この前死刑廃止されたもんねぇ。『国が国民に「人を殺しちゃいけない」って言ってるくせに国が国民を殺すのは単純に考えておかしいから』とかいう理由で。まーどうあれ、一生この狭い豚箱で暮らす訳だ。でもよ、酷じゃねえ?」

 嫌われようと思った。目井さんが私を悪人とみなせば、目井さんは二度と私を気にかけて心を痛めることはない。そう思った。目井さんに謝る暇も与えないくらい喋ってやる。


「こっちはな、人間のために誰もやらなかったことを頑張ってやってきたんだぞ? 毒家族は全人類にとっての敵だ。これな、全く難しい話じゃないんだよ。たとえばあんた、自分の幸せで自由な人生を奪いやがった犯罪者がいたら、許せるか? 許せねえだろ? それの犯罪者を『家族』に置き換えるだけだ。簡単だろ。

 なのに、世間にはこんな簡単な話も分かんないバカが多すぎんだ。よっぽど幸せな家庭で育ったか、よっぽど頭が悪いんだろうな。そこで私の出番だったわけだ。

 敵が同じくうかんに住んでる。敵と血がつながってる。敵と同じ戸籍に入っている。敵なのに、外部の者からは『家族』という仲間とみなされる。そんな地獄みてえな環境にいる人達をお助けしたんです。

 毒家族被害者には、毒家族を殺していい権利を与えるべきだ。立派な正当防衛だからな。けど残酷なことに、まだそういう法はできちゃいねえ。殺ったら情状酌量の余地があったとしても犯罪になっちまう可能性もある。けど、こっちはとっくに2人も殺っちまってる。すでに手は汚れてるんです。だから、被害者の皆さんの代わりに殺ったんだ」

 目井さん、あなたがあの日守ってくれた子どもは、あなたを平気で裏切れる化物だったんだよ。こんな醜くてつまらない存在なんだよ。

 あなたが手を差し伸べてくれた時には、もうすでに壊れてしまっていて、どんなに時間が経っても、どんなに優しくしてもらっても、どうすることもできなくなってたんだよ。だから、あなたのせいじゃない。あなたは悪くないんだよ。


「ま、私に殺人を依頼した人で罪に問われてしまった人もいるらしいのでそれは本当に申し訳なく思っています。毒家族の死を願うのは正常な神経なのに…… 正当防衛になった人も多いらしいですが…… あと、いらんトラウマ与えちゃった子にも申し訳ないですね。目の前で殺してあげた方が喜んでくれるかと思ったんですが……

 でも、毒家族殺しは紛うことなき正義だと、今でも本気で思ってます。胸を張ってそう言えます。殺した連中に対しては、私は絶対に後悔も反省も謝罪もしません。罰を受けるどころか表彰してほしいくらいです」

 けれど、目井さんとの約束を破ったことは、罪だ。きっと終身刑これは、目井さんを裏切った罰だ。


「そもそもあなた、いつもどんな患者さんも無茶してでも助けようとしてますけど、神様じゃあるまいし、本気でこの世の生命全て救えるとでも思ってたんですか?

 無理に決まってるでしょ、あなた人間なんだから!」

 私自身にも言えることじゃないか。でも、止まらなかった。


「いつもいつもいつも、自分も辛い思いしてるのに患者様患者様って! 背負えるわけないものまで背負おうとするから苦しくなるんでしょ! 良かったんだよ私のことなんか! あの日見捨ててくれれば良かったんだよ!」

 目井さん、ごめんなさい。


 沈黙。

 やはり顔は上げられなかったので、目井さんの様子は全くうかがい知れなかった。


 沈黙が耳に痛くなってきた頃、やっと向こうから声がした。

「……今日面会に来たのはですね、お渡しするものがあったからなんです。

 会社の方達や養親の方達、施設の関係者の方達や他にも色々な方々からお手紙を預かってきたんです。

 プレゼントも色々ありましたよ。シャンプーとリンスに、あなたのお好きなコミックの最新刊、妙に長い手袋、蜘蛛除けスプレー、何かの賞を取ったホラー映画のDVD、ウサギの写真集、手品グッズ、何を描いたんだかよく分からない絵、などなど本当に色々と。

 差し入れ窓口でしたか? 先程あちらの方にお願いしたので、後で渡してくれると思いますよ」


 ………………………………………………………………………………………………


「ありがとうございます。やっと、『あなた』に、『津々羅さん』に会えた気がしました」


 みえない糸に引っ張られるように、自然に頭が持ち上がっていく。

 正面にあったのは、怒った目なんかじゃなかった。

 幼い頃の記憶にあるのと同じ、優しく笑った目だった。


 ――「お宿」の門を固く閉ざしてしまった「雀」は気が付きませんでした。

 たしかに、「おじいさん」は探しに来てはくれませんでした。

 けれど、探しに来てくれた人はいたのです。間違いなく、いたのです――


 やっと気付いた。

 私、目井さんが大好きだ。家族になりたいって意味じゃない。ただ人として、大好きだ。子どもの頃からずーっと、大好きだ。


 涙を流してはいけない。そんな権利は、もうない。

 だから、代わりに。


「目井さん」


「はい?」

 私は、今泣かないでいられているだろうか。目が潤んでいたり、声が震えていたりはしないだろうか。


 ずっと伝えたかった言葉。今更口にしても、もう遅い言葉。

 それを、やっと伝えた。


 目井さんの目は何も変わらず、ただ微笑んでいるだけだった。

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