kind discrimination

 始業式を終え、水住みなずみ魚田うおたは共に帰路についていた。

 今年はクラス替えによって同じクラスになれたこともあり、2人のテンションは高めだった。


「これからもよろしくね、みなっち!」


「こちらこそだよ、うおちゃん! いやーしかし早いねー、もう小3だなんて」


「ね! すごいことだよ! だってもし商店街ここでみなっちが裸踊りしたら、明日の新聞の一面に『小2 商店街で裸踊りする』じゃなくて『小3 商店街で裸踊りする』って書かれるんだよ!」


「……もっと違うたとえ話ができないかな?」


「ははは、冗談だよ」


「もー…… 話変わるけどさ、転校生の子…… ちょっとびっくりしちゃったよね」


「うん、TVでは見たことあったけど、会うのは初めてだったね。両腕に鱗が生えてる子って」


「肩の辺りまでびっしり生えてたね。オレンジ色でキラキラしてて綺麗で」


「でも、前の学校でそれについていじめられたって言ってたね……」


「ひどい話だよ。でも、水住達は絶対にそんなことしないもんね!」


「うん、仲良くしたいよね! ……でもちょっと心配なことがあってね……

 『鱗生えてる水泳の選手がいるけど、やっぱり鱗ある人ってみんな泳ぐの得意なんでしょ? すごいなあ!』って褒めたんだけど、元気ない感じでうなずいてただけで…… 照れてただけかな?」


「うおちゃんも? こっちもちょっとね……

 『鱗付いてる人達って、みんな水中で5分ぐらい息止められるんでしょ? やっぱりすごい人達なんだね!』って褒めたんだけど、微妙な顔しててさ…… どうしたのかな……

 ふぃいいいいいいい!」

 突然奇声を放って前につんのめったかと思ったら、隣を歩いていた水住が視界から消え去った。


「みなっち!?」

 驚愕する魚田。けれど冷静に足元を見れば、大の字になって地面に横たわる水住の姿はそこにあった。

 その左足付近には、黒い斑点がぽつぽつと浮き上がったバナナの皮が転がっていた。


「そんな古典的な!?」


「いたたたた……」


「はっ、大丈夫みなっち!? うわ……」


 身を起こし、体育座りのような体勢になった親友。その両膝から流れ出す赤い液体が目に入ってしまい、魚田は慌てて顔を背けた。

 徐々に心の傷が癒えてきているといえど、水の入った洗面器は未だに直視できないし、泳ぐこともできない。そして、何よりも血がダメだ。

 あの日の血塗れになった浴室を、自分が公衆電話で殺人鬼に「お父さんを殺してください」とお願いした「悪い子」であるという事実を、顕著に思い出してしまうから。


 水住がいるのと反対の方を向いたまま、心配の言葉を掛けた。

目井めいさんのところ、行ったほうがいいんじゃない? いっぱい血出てたよ?」


「い、いや、でも、これくらい大したことないし、水道で洗って絆創膏でも貼っておけば……」


「でも、もしものことがあるかもだし、バイキンが入っちゃうかもしれないし……」


 あえて目井さんと顔を合わせたくはないという主義であり、「足・痛い・目井さん」というワードで小1の秋頃にされた荒治療を思い出し胃が痛くなった水住だったが、怪我をした自分以上に不安そうな声色に異論を唱えることはできず、これくらいの傷の手当てならすぐ終わるだろうし…… と、従うことにした。




「目井さーん! お邪魔しまーす! ……診察室かな」

 水住を支えるようにしながら病院を訪れた魚田は、診察室へと歩を進めた。

 2人に反応し、ウィーンと開く自動ドア。

 

「?」

 中の光景があらわになった途端、2人の頭に疑問符が飛び交った。




「カア」


「へえー、そうなんですか。意外ですねえ」


「カア」


「はははは、そりゃ傑作ですねえ!」


「カア」


「あー…… それはお疲れ様です」




「えーと…… 目井さん?」

 窓枠に佇む存在と会話していた目井さんはしかし、水住に呼びかけられて初めて気が付いたように振り返った。

「おや、どうされました? あっ、お膝から血が! すぐに処置させていただきますね!」




「はい、終わりました。そんなに大きな傷ではないので、すぐに塞がりますよ」


「ありがとうございます…… それであの、野暮な質問ですが…… さっきもしかしてあの子と会話してました?」

 おずおずと窓際の生物を手のひらで指し示す水住。


「ええ、そうですよ」

 「太陽は東から昇るんですか?」という質問に対する返答のように応じる目井さん。

「『この町で言葉が通じるのは目井さんだけだから、怪我や病気で困ったときは目井さんを頼ればいい』と皆さん認識してくださっているようで、ありがたいことです」


「カア。カア」

 話題に上がった、巣立ちして間もない子どもと思しきが、心なしか嬉しそうに鳴いた。


「おや、どうしました? 『人間の子にちょっと興味があるんだよね。ちょっとお話させてもらえるかな?』だそうです」


「カ、カラスとお話って……」


「いいじゃんみなっち! こんな機会滅多にないし!」

 変なことに巻き込まれそうな予感がして断ろうとするも、またも異論を唱えられなかった水住であった。




「では、私が通訳させていただくので……」


「カア! カア!」

 興奮したように声を上げるカラス。


「『人間の子ってみんな頭いいんでしょ? すごい建物とか建てられるんでしょ?』だそうです」


「えー、みんながそこまでってほどじゃないかなあ…… 建物作るには資格もないとダメなんじゃないっけ? ねえ、みなっち?」


「うん、頭いい子は作り方知ってるかもしれないけどね…… 人間の子も結構バカばっかりやってるよ?」


「カア? カア、カアー!」


「『えー、そうなの? 知らなかった! でもさでもさ、人間の子ってみんな獣みたいに足が速いっていうのは本当でしょ? あたし達は走るの得意じゃないから、羨ましいなあ』だそうです」


「いやー、それも人によるねえ…… ねえ、うおちゃん」


「そうだね、速い子は速いけど、全員がそうってことはないかな」


「カア? カア、カアー!」


「『えー、そうなの! 思い込んじゃってたんだなあ、あたし』だそうです」


「走る、で思い出したんだけどね。前体育の授業でマラソンを、あ、何て言うか、つまりみんなで走ったことがあったんだけど……」

 魚田が学校の話を始めたのを皮切りに、話は2人の学校生活での体験談へと移っていった。

 カラスも、自身の普段の生活について話し始めた。そうして、これまで聞いたこともなかったお互いの日常について少し知ることができ、最初は半ば渋々といった様子で話に参加していた水住も含めて、最終的には全員がそれなりに楽しめていた。




「カッカ、カー。カアア、カア、カー!」


「『ごめんね。あたし他の同年代のカラスと比べたら人間の子のことよく知ってるつもりだったけど、違ったのかも。人間の子は「人間の子」って、一括りでしか見れてなかった上に、尊敬しすぎてたのかも。

 でも、今日お話できて人間の子にも色々いるとか、結構あたし達と似たようなところもあるのかもとか気付けて良かったよ』だそうです」


「こちらこそ、最初はどうなることかと思ったけど、楽しかったよ」


「みなっちの言う通り、楽しかったよ!

 ……あ」


「……あ」


「カ?」


「『2人とも、どうしたの?』だそうです」


「……ううん。何でもない。ねえ、また機会があったらお話しよう?」


「カー!」


「『もちろんだよ! またね!』だそうです」

 目井さんが訳し終わったと同時に、カラスは夕焼けに染まった空へと飛び立っていった。

 小3の2人は、窓から身を乗り出してそれを見送った。




 家への帰り道、2人は伸びる影を見つめながら、カラスとの会話を、そして、転校生のことを反芻していた。


「……水住達、ひどいことはしてないつもりだったけど、『つもり』でしかなかったね」


「……あの子の鱗しか見てなくて、あの子自身のことを見てなかったね。怒ってるかな。どうしよう……」


「……まずは明日、一緒に謝ってみよう? それで、今度はちゃんと、あの子の話を聞いてみよう?」


「……そうだねみなっち。仲良くしたいよね」


 2人は、そっと顔を見合わせた。




 ぐるん、と音がしそうな勢いで、魚田はその視線を顔ごと水住から逸らした。

 驚愕の視線が、車道をはさんだ向こう側の歩道に向けられている。

「うおちゃん?」

 水住の呼びかけに応えず、今来た道を走り出す魚田。体育の授業でも見たことがないくらいの速度で。

「うおちゃん!」

 訳が分からないまま追う水住。転倒して傷つけたはずの脚の痛みは、もうなかった。


 わき目も降らず、歩道橋をパタパタと一息に駆け上がって、駆け下り、目的の歩道にたどり着いた魚田。

 けれど、どうしたのだろう。人混みの中、戸惑ったように辺りをきょろきょろと見回しながら足を止めてしまった。

「う、うおちゃん…… どうしたの……」

 息を切らした水住に肩を叩かれ、魚田は慌てて弁明した。

「ごめん。知り合いがいたかと思ったんだけど、人違いだったみたい。さ、もう帰ろ帰ろ!」

 ぺろりと舌を出しておどけ、困惑する水住の背を押すようにし、駆け降りたばかりの歩道橋の階段に再び脚をかけた。




 やはり、人違いだったかもしれない。

 仮に、本当にあの人だったとしても、自分はあの人に会って一体何を言うつもりだったのだろう……


 けれど、やはりあの人だったかもしれない。

 先ほどちらりと見かけ、けれど見失ってしまったあの人は。

 前方を確認できているのかと不安になるほどに俯き、とぼとぼと歩いていた、自分と同じくらいの小柄な身長で、ベリーショートの茶髪のあの人は。

 あの日、首斬りスパロウの連絡先を書いたメモをくれた、あの人ではなかったか。

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