lies for my life

「ダメなんです! 冗談抜きにダメなんです!」


「突然診察室に入ってこられたなと思って見てたら開口一番自己否定なさらないでください。まずはお掛けくださいな輝血かがちさん」


「す、すみません…… こんなんだからダメなんですよね……」

 自身に呆れつつ、輝血は目井めいさんに差し出された椅子に腰掛けた。


「それで、何故そんなにダメだとお思いになったのですか?」


「仕事が全然うまくいかないんです。ほら、嘘をついてお金をいただく仕事じゃないですか。なのに最近全くいい嘘が思い浮かばないんです」


「なるほど。ゲスな言い方ですが、嘘をつけばつくほど儲かるお仕事ですものねえ。拝見させていただくたびに思うんですが、あなたの嘘って鮮やかですよね手法が。以前のおばあさんのアレですとか、震えがくるほど素晴らしかったです。あと、うどん屋さんの事件のやつなんて、私も完全に騙されましたよ。まさかあんなトリックでくるとは」


「そ、そうですか? ありがとうございます…… たしかにあの2つではそれなりに稼がせていただきましたが……

 でも、最近特に調子が良くなくて…… 先輩達を見習ったり、ありとあらゆるアイデア発想法試したりもしてるんですがどうにもダメで……

 相手の顔が見えない分、破綻のない、説得力のある嘘をつかないといけないのに。ほんの一時だけでも喜んでもらえるような嘘をつかないといけないのに。そうやって焦れば焦るほど泥沼にはまり……」


「真面目に考えてらっしゃるんですね。大変なお仕事ですものね。安定した収入を得るのも容易ではないといいますし……

 ですが、輝血さんは特に実力もあるんですし、もっと自信をお持ちになっていいと思うんですがねえ」


「ありがとうございます。仕事関係者もよく言ってくれるんですが…… そう言われてすぐに持てるものでもなく……

 ネガティブすぎな自覚はあるんですが、一度強く思い込んでしまうと修正がききにくい性格なもので…… 気持ちが落ち込んで、余計に嘘が思いつかなくなって、それによってまた落ち込み、という悪循環でして……

 そういうことなんですが、すぐにいい嘘を思いつけるようになる治療とかありませんか?」

 切羽詰った不安がありありと感じ取れる声と表情。


「そうですねえ…… あっ、ちょっとお待ちください」

 目井さんは立ち上がり、壁の備え付けの戸棚から小瓶を取り出した。

 ラベルのない、銅色のふたの小瓶。何やら白い錠剤のようなものが中身を半分ほどまで埋め尽くしている。


「このお薬が効きますよ。一錠飲んだだけで次々といいアイデアが湧いてくるんです。しかも持続期間が長くて、一年ほどは持つんです」


「ほ、本当ですか? 本当にそんな都合のいい薬があるんですか?」


「本当の本当ですよ! お勧めします! これでもう安心していただけます! あなたの場合、最初の一年アイデアが出まくれば、その後も勢いに乗って、お薬がなくてもいい嘘を考えられるようになりますよ!」

 まだ疑いの晴れない目をする輝血に、目井さんはしばし薬の効能が信用に足るものであることを説明した。


 やがて、輝血はうなずいた。

「そこまで言うってことは本当なんですね? では一粒、いただきます……」




 帰宅した輝血は、早速「嘘」の考案に取り掛かった。

 仕事道具であるPCをデスクに乗せ、椅子に腰掛け、目を閉じる。そうして、できる限り心を無にする。やがて闇に満ちた空間となった心に浮かんできたものを活用し、「嘘」を生み出す。


 これが輝血にとって最も適したアイデア発想法だ。今朝まではどうしてもいいものが浮かんでこず、いたずらに精神と時間をすり減らすだけに終わっていた。

 けれど今の自分は、あの目井さんが勧める、効果のある薬を摂取している。

 いける、そう確信できた。




 白い花、頬を膨らませる子ども、カメムシ、8つの頭と8つの尾を持った大蛇……


 おお。

 

 空白となった脳裏に次々と訪れる、一見無関係な様々な要素は、しかし輝血の中でたしかな一本の線によって結び付けられた。


 これだ! これだよ! やっと、やっと思いつけた! 信じられない、でも事実だ、こんなに面白い「嘘」が自分の頭の中にあるなんて!

 歓喜の悲鳴を溢れさせながら、PCに文章を打ち込んでいく。キーボードを叩くカタカタという音が、悲鳴に負けまいとするかのように部屋中に響く。

 誤字脱字は気にしない。後で直そう。今はとにかく、この「嘘」を――「嘘」という名の物語を、文字としてこの世に出さなければ。


 


 非実在うその人物。非実在うその場所。非実在うその出来事。

 自分の書く物語は、いずれも事実ではない。事実から着想を得ることもたくさんあるけれど、それに自分なりの意見を付け足したり、直接関係のない事実を混合することによって形になった物語は、やはり事実ではない。

 だから、自分は作品を書くことを「嘘をつく」と言うことにしている。


 されど、人を傷つけるためではなく、人に楽しんでもらうための嘘。

 嘘だから、物語を読み終わった人は再び辛いこともある現実に戻らなければならないかもしれない。

 それでも、一時でもいいから嘘によって幸せを感じてほしい。幸せを感じたことを忘れず、時々でいいから思い出してほしい。

 

 スランプによって長くお待たせしてしまったが、読者の皆さんを喜ばせる嘘を再びつけているのだという高揚感。

 そうだ、ただ生活費をもらうためだけじゃない。一般的には悪とされている嘘をつくという行為。それによって人を幸せにできるこの仕事が、自分はたまらなく好きだ。まるで周囲と比べてダメなところばかりな自分が、誰かのためになれているようで。

 久方ぶりに思い出せた。


 湧き水のようにこんこんと湧いてくる嘘を、輝血は一心不乱につづり続けた。




 目井さんは、輝血が以前「シャイニングブラッド・ウィンターチェリー」という微妙に長ったらしいペンネームで発表した数冊の小説本を机上に置き、パラパラとめくっていた。


「やっぱり名作ですねえこのお話。おばあさんの日々の生活が淡々とつづられているだけなんですが、ひとつひとつの描写が鮮やかで、五感を刺激されるような臨場感とあたたかみがあるといいますかね……

 こっちのミステリーもすごかったですね。まさかうどんの生地に部屋の鍵が練り込まれていたとは予想すらしませんでした。

 焦らせるわけではありませんが、早く拝見したいものですねえ。シャイニングブラッド・ウィンターチェリーさんの新作と……」


 目井さんは先ほどの小瓶を目線の高さにまで持ち上げ、中のを眺めた。

の効果を」


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