変わった人達

 声を出し続けてきた。

 意味のない音でいいから、できる限り大きな声で、たくさん発してきた。


 声を出すのは好きじゃなかった。

 一音発するごとに、僕の口の中には硬いものが現れる。飴を舐める行為を逆再生するように、口の中の空気や水分があっという間に一箇所に集まって、硬いそれになる。

 大きな声であればあるほど、それも大きくなる。


 重くて、気持ち悪いから、声と一緒に吐き出す。

 それらはきらきらと光を放ちながら落ち、こん、と床に硬い音をさせて転がる。

 家にいる人達にとって、僕の吐き出したそれは大事なものらしい。

 出す度に、嬉しそうにそれらに群がっていたから。


「あなたが大好きだよ」

 あの人達はいつも僕にそう言っていた。

 満面の笑みで、両手いっぱいのそれらを見つめながら。




 もっと出せ。

 もっともっとだ。

 黙るな、休むな。


 言われる通りに、声を出し続けてきた。

 そうすれば怒られなかったし、食べる物ももらえた。

 だから、嫌だったけど頑張ってきた。




 そんなある日、声が出なくなった。

 突然のことだった。いつも通り口をパクパクするのに、一言も声にならなかった。


 家の人達は僕がわざとやっていると思ったらしい。

 見たことがないくらいすごい勢いで怒り、今まで僕が出してきたどの声よりも大きな声を出して、僕を何度も叩いた。

 

 そうして一時間くらい経った頃だろうか。あまりの大騒ぎを変に思った近所の人がおまわりさんに知らせたらしく、知らない人が何人も家に飛び込んできた。


 家の人達は、知らない人達に連れて行かれる最後の瞬間まで、僕の方を見て怒鳴り続けていた。




 それから色々あって、僕は二人の女の人と暮らすことになった。

 二人は「結婚」というものをしているらしい。「結婚」というものは、お互い大好きな人達がするものらしい。

 お互いが大好きだって分かってるならわざわざ特別なことする必要ないと思うんだけどな。

 そもそも「人を大好きになる」ってどういう意味なんだろう。

 変わった人達だ。




 二人の家に来たばかりの頃、目井めいさんという人のところに連れて行かれた。

 目井さんは「お医者さん」らしい。人の怪我や病気を治してくれるらしい。

 痛いところがあるわけでも、苦しいところがあるわけでもない僕を、こんなところに連れてきてどうするんだろう。

 変わった人達だ。


 少し時間はかかるかもしれないけど、たくさん楽しいことをすればまた話せるようになると言われた。

 口から出ていた硬いものは「宝石」という、とても高価なものなんだとも教えてくれた。喋るたびに口の中で宝石が作られる症状を抑える方法は発見されていないので、声が出るようになったらまた宝石も出てくることになるだろうとも。


 ほっとした。

 また宝石が出せるようになるなら、二人に怒られなくて済むと思ったから。




 僕は二人の家から「小学校」というところに通うことになった。勉強をしたり、他の子達と遊んだりするための場所らしい。

 勉強なら家でもできるし、他の子なんかどうでもいいのに。

 そんなところに行くように勧めるなんて、変わった人達だ。


 今までずっと家の狭い部屋の中で、ほんの数人の人達としか関わりがなかったから、大勢の人は苦手だ。

 時々、ベッドから起き上がれない朝があった。

 そんな時、二人は尋ねてきた。

「どうしたの? 今日学校行けなさそう?」

 布団に丸まったまま、うなずく。

「そっか。じゃあ無理しなくていいよ。今日はお休みしよう」

 二人は、絶対に小学校に行くようにと強制することはなかった。

 自分達が勧めたくせに、変わった人達だ。




 僕の調子がいい時は、二人と一緒にできるだけ人が多すぎないところにおでかけに行くことがあった。

 近所のお店に買い物に行ったり、レストランでお昼ご飯を食べたり、図書館で本を借りたり。

 知らないことだらけで戸惑ったけれど、それでも僕が何かに興味を持つと、二人はとても嬉しそうだった。

 僕がやってみたいとお願いしたことは、ほとんど何でもやらせてくれた。

 関心を持ったのは僕なのに、どうしてあの人達が嬉しそうにするんだろう。

 そもそも、こういうおでかけって、しなくても死にはしないものだと思うんだけど、どうしてわざわざするんだろう。

 変わった人達だ。


 何よりも、相変わらず宝石を出せないのに、僕を怒ろうともしない。

 本当に変わっている。




 数年が経った。

 二人と過ごすことも、時々会いに行く目井さんにも、大勢の人達にも、学校という場所にも、旅行にも、少しずつ慣れてきた。


 少しずつ声も出るようになってきた。

 小さな声で、ほんの短い間だけ。だから、出てくる宝石も小さいのが少しだけ。

 それでも、出せるようになってきた。


 二人の前ではできるだけ話す。

 学校のこと、読んだ本のこと、二人との思い出。

 宝石が発生する感覚は今でも好きじゃないけど、話すのは昔よりは嫌いじゃなくなった。


 あの二人は僕の口からこぼれ落ちる宝石にはあまり目を向けない。

 それよりも僕の話に耳を傾けて「良かったね」「すごいね」「大変だったね」とか言ったり、笑ったりする。




「あなたが大好きだよ」

 二人はいつもそう言う。

 満面の笑みで、僕を見つめながら。

 宝石という貴重なものが目の前にあるのに興味を示さないなんて、変わった人達だ。




 自分の部屋に戻り、クローゼットを開けた。

 金属でできたお菓子の空き箱を取り出す。

 ふたを開けると、眩しいくらいの小さな輝きが無数に目に飛び込んでくる。


 声が出るようになってから、いつ二人に「よこせ」って言われてもすぐに渡せるように、出てきた宝石は全部ここに密かに集めている。


 大きさは自分で調節できるけど、どんな種類の宝石が出るかは僕自身にも決められない。

 勉強して、どれがなんていう宝石なのかも少しずつ覚えた。

 さっきあの二人と会話して出てきたこれは…… 瑪瑙めのうかな。最近よく出てくるな、これ。

 そっと箱に入れ、蓋を閉じる。


 話せるようになってから結構経つのに、こんなにたくさんたまったのに、一度も要求してこないなんて、変わった人達だ。




 変わってる。本当に、変わった人達。




 でも、一番変わってるのは僕かもしれない。


 あんな変わった二人が、嫌ではないのだから。

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