3cmと親指

「あなたと似た体質の方がいらっしゃるんですが、お会いしてみませんか?」


 行きつけのアイスクリーム屋で、いつものように自前の容器に濃厚ミルク味のアイスを入れてもらい、店内のテーブル前に自前の椅子を置いて座った。そうして、アイスを夢中で食べていた。

 そんな時に主治医の巨大な顔が何の前触れもなく視界に入ってきてそう言ったら、椅子から転がり落ちない者はまずいないだろう。




「そんなにたまげなくてもいいんですよ?」


「たまげるでしょ! せめて『こんにちは』くらいは言って……

 いや、それよりも私と似てるって…… 私とですか?」

 一村法史いちむらのりふみは針のように細い指で自身を示す。




 約3cm。

 人によってその長さから連想するものは様々だろう。

 ある人はコインの直径を思い浮かべるかもしれないし、またある人は書籍の厚さを思い浮かべるかもしれない。


 一村にとってのそれは、自身の全長だった。


 生まれた時から成人した現在まで、ほとんど変化しない、小さな小さな背丈。

 それ故に、他の人達や身の回りの物に潰されそうになる、日用品が自分よりも大きくて使用するのに大変な労力を伴う、初対面の人にはまず子ども扱いされる、人のくしゃみで飛ばされるなど、人生は苦労の連発だった。


 目井めいさんに作成してもらった、靴底が竹馬のように伸びて最高で同年代の平均身長くらいの高さになれる靴や、荷物などを掴んで引っ張るだけで、僅かな力でも持ち運べるマジックハンド、おもちゃのミニチュアの家具や服、雑貨などといった道具を駆使してきた。

 また、どうしても難しいことは周囲の人々に手伝ってもらい、この歳まで無事に生きてきた。


 それでも、「普通になりたい」と常に思い続けていた。

 「普通」でさえあれば、いちいち危ない目にあうこともないし、他のみんなが楽しんでいることができる。それに、みんなを煩わせることもなくなるのに、と。

 



「私くらいの身長ってことですか?」


「ええ、あなたよりは少し大きいですが。近頃この町に越してきた方でしてね。勝手ながらお会いしてみると色々とお話ができていいかもしれないと思ったのですが、いかがでしょうか?」


 自分のような人が他にもいるなんて知らなかった。もしかしたら、私の悩みを誰よりも理解してくれるかも。

 会ってみたいと、目井さんに頼んだ。




 そして紹介されたのがマイア・トーメリーサ(Maia Tommelise)だった。

 たしかに一村よりも少し大きく、大人の親指くらいの身長の人物だった。


 話してみた。


「やっぱり不便ですよねこんな身体からだ。トーメリーサさんも、コガネムシとかカエルに攫われたこととかありませんでした?」


「はは、ありましたねー。でもその後なぜかそいつらと仲良くなれたのは良かったかな。燕に誘拐されたこともあったんだけど、空飛んでる時下見たら町が小さく見えて、あれはあれで楽しかったりして」


「肝が据わってますねー」


「あと、子どもの頃かくれんぼでは負けなしでしたね。みんなの考え付かないような場所に隠れられるので」


「あー! それはそうでしたね! 『かくれんぼの神』の異名をほしいままにしたものです。見つけてもらえず待ち続けるのも心細いものがありましたが……」


 物事の捉え方に相違を感じることもあったが、楽しく話せた。

 徐々に仲を深め、気付けば大切な友人といえる間柄になっていた。




「マイア、あのブランド好きだって言ってたけど、新作のワンピース見た?」


「見たぜ法史! デザイン最高だよな!」


「ね! 斬新で、でもあのブランドらしさは失われてなくて!

 ……まあ、どうせ私達は着られないけどさ」


「俺ら用の極小サイズのやつなんてないもんな。好きだと言いつつ店舗やネットで眺めてるだけだもんな…… まあそれだけでも十分楽しいけど。

 それよりあのワンピ、お前似合いそうだよな」


「えー、そう? 私にはかわい過ぎる気が…… マイアこそ似合うんじゃない?」


「そりゃ俺は何でも似合うだろうよー!」

 2人は声を上げて笑った。




「身長を伸ばす手術を思いついたんですが、いかがですか?」


 通勤のため、船のように川に浮かべたお椀に乗って、1本の箸で操縦していた。遅刻しそうで焦っていた。

 そんな時に上下さかさまの主治医の巨大な顔が出し抜けに覗き込んできてそう言ったら、お椀ごとひっくり返らない者はまずいないだろう。




「そんなに肝を潰さなくていいんですよ?」


「潰すでしょ! 挨拶ひとつできないんですかあなたは!

 いや、それよりも身長を伸ばす……?」

 びしょ濡れのまま、目井さんの手のひらの上でその言葉の意味を理解した一村はパッと顔を輝かせた。


「大きくなれるってことですか!?」


「ええ、同年代の方の平均くらいまで伸ばすことができます」


「やりますやります! 是非お願いします! このお話マイアには?」


「まだお伝えしてないんですよ」


「じゃあ私から話しておきますよ! 絶対喜びます!」

 大きくなった身体でトーメリーサと町中を闊歩する自分。

 想像の中にしか存在しなかった光景を、現実のものにできる。

 そう考えただけで、興奮を抑えられなかった。




「ちなみに、どんな手術なんですか?」


小槌こづちを用意します。で、患者様の全身をそれでバキバキに殴らせていただいて引き伸ばすんです」


「どう考えてもあらゆる意味で危ないと思うんですが、きっと目井さんがやるなら安全なんでしょうね」




 数日後。


 一村が一人で病院にやってきた。

「この前の手術、お願いしたいんですが」


「はい、いいですよ。ですが…… 何かあったのですか?」

 浮かない顔の一村を見かね、尋ねる目井さん。

「ええ、一寸ちょっと……」


「そういえば、トーメリーサさんは?」

 一村は俯き、黙り込む。

 しばらく沈黙をはさんで、やがて口を開いた。


「マイアに手術のことを話したんです。喜んでくれると思って。

 でも、こう言われました。『俺は自分の身体が嫌いじゃない。変わりたいなんて思ってない。法史も同じだと思ってた。なのに、そうじゃなかったのか?』って……

 マイアはたしかに自分の体質について愚痴ることもあるし、不便だと思うこともあるそうです。でも、この自分だからこその良かったこともあるし、良かったことも大変だったことも全部含めてそれが自分なんだと受け入れてずっと生きてきたから、このままがいいんだと。

 私は違いました。たしかにメリットもあったかもしれない、けれど、それを保持するより、デメリットを無くしたいから、こんな身体は嫌だと、変わりたいと考えていました。そしてそれは、似た体質のマイアも同じだろうと、いや、マイアと私以外にこんな体質の人がいるなら、その人達も同じだろうと信じて疑いませんでした。

 けれど、それは差別にも近い思い込みだったんだなあと……

 マイアの顔は怒っても落胆してもいませんでした。ただただ、困惑していました。あれからマイアとは、なんとなく気まずくて連絡を取っていません」


「そう、でしたか……」


「あ、いえ、これ目井さんを責めてるわけじゃないんです。ただこれは、私達がお互いに相手に対して思い込みを抱いていたからこうなったというだけで…… 」


「そうですか……

 けれど私は、お2人とも間違っていないと思いますよ。きっと」




(さて、今手術待ちで手術台に寝ているわけだけどやっぱりモヤモヤする。


 あ、目井さん来た。痛っ、小槌で殴ってきた。結構痛い。


 マイアを傷付けたのは事実。でも私は3cmのままでいたくないし、マイアと同じ考え方にはなれない。


 あだだだ、かなりボコボコきてる。


 意見の違いは多分どうにもできない。もう今までとは同じ目であいつを見れないかも。いや、違うな。こっちが勝手なイメージを押し付けてただけだったんだ。


 ガンガンいってるよ。あっ、今頭蓋骨が一寸ちょっと逝った。間違いなく折れたかヒビ入ったぞ今のは。いい音がしたもの。


 マイアはもう会ってくれないかな。

 ……私は? 私自身は、どうしたい?


 ねえ、段々殴り方が派手になってきてるんだけど。大きくするどころか出血しすぎて小さくなりそうな気がするんだけど。

 えっ、今視界の端を何か小さいかけらが飛んでったんだけど、まさかあれどっかの骨?

 

 私は…… マイアの考え方と私の考え方は違う。

 だけど、だけど。


 今更すぎるけどこれ手術じゃなくて拷問なんじゃないかな痛みで意識が混濁し始めとる。

 

 私は私は私はああああああああああああ

 無理無理無理無理これ以上は全身が

 鎖骨肋骨尾骶骨前腕骨耳小骨中足骨背骨ああああああああああああ




 私は、ただそれだけでマイアを失いたくない)




「全身骨折&全身打撲で約一カ月入院とか…… 今日ようやっと退院できるとはいえ……」


 一村はブツブツ独りごちつつ、姿見に映る自分を眺めていた。

 伸びる靴を履かなくても高いままの視界。

 マジックハンドを使わなくても持てる荷物。

 立ち上がった自分の背丈より低い位置にあるベッドやタンス。

 そして、身にまとうのはあの憧れのブランドの新作ワンピース。




「どうされました?」

 鏡面の分身とにらめっこ状態のまま動こうとしない一村に声を掛ける目井さん。


 一村はしばし迷ってから言った。

「何か着るものを貸してくれませんか?

 入院中ずっと、いや手術中からずっと考えてたんですけど、一番にある人に会いに行きたいんです。

 ただ、この格好だと失礼な気がして…… いや、会いに行くこと自体が失礼かな……」


「迷ってらっしゃいますか」


「はい……」


「残念ながら迷う余地はないんですよね。その方既にここにいらっしゃるので」


 横にずらされた目井さんの長身の背後から、竹馬のような靴を履いた人物が現れ出た。


「あ……」

 言葉に詰まる一村。


 無言のまま歩み寄り、同じくらいの目線で一村に向かい合ったトーメリーサ。

 一村の服装に目を落とし、その顔にたしかに少し、悔しさを滲ませた。


 けれど次の瞬間。今まで一緒に笑いあってきたのと同じ、あの表情で言った。


「ほら、やっぱり似合ってるじゃん」

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