言い伝え
健康にはとにかく気を付けている。
食べる物も食べる量もしっかり管理しているし、エレベーターは使わず階段を歩いていく。毎日決まった時刻に寝起きするし、飲酒、喫煙はもってのほか。
この生活のおかげか、今まで病気らしい病気には一度も罹ったことがない。
このまま一生健康で過ごしたい。健康のためならなんだってしたい。
そんな風にモヤモヤしていた時、ある言い伝えを知った。
「森の奥のとある祠にお参りをした者は、その後決して病に罹ることはない」というものだ。
何百年も前からこの地域に伝わっている話らしい。
そんな昔の、事実関係も分からない与太話をと笑う人もいるかもしれない。
それでも私にとっては、何もしないよりもずっと心強い。行ってみることにした。
もうとっくに祠がなくなっている可能性も考慮していた。最悪それでも森の奥まで歩くのは運動になるからいいやと思っていた。
でも、あった。祠は、そこにぽつんとあった。
私の腰辺りまでしかない、木でできた小さな祠。やっぱり屋根も柱も壁も、全体的にボロボロだった。それでも嫌な感じはせず、むしろ長年ここに存在してきた威厳のようなものがあった。
早速お菓子をお供えして、手を合わせた。
絶対に病気をしませんように。お願いします…
がたごとがたごとがたごと
地の底から響いてくるような騒音に、何事かと目を開けた。
祠が、地震も風もないはずなのに揺れていた。
まるで内側で誰かが暴れているかのように。
がたごとがたごとがたごと
森の中でやたらと映える、緑と対照的な紅色の祠の扉。
それが、触れてもいないのにゆっくりと外側に開いていく。
ゆっくりと。まるで意志でも持っているかのように。
―そういえば、こんなにボロボロなのにどうして色だけはこんなに鮮やかなんだろう?
限界まで開ききった扉の中は、真っ黒だった。
闇で真っ暗だったという意味じゃない。
実体を持った、何か真っ黒なすべすべしたものが、中の空間いっぱいに、ぎゅうぎゅうに詰め込まれていたという意味だ。
何だろう。これは。
立ち尽くして見つめている目の前で、それは真ん中から縦に2つに裂けた。
そうして現れ出たのは、ぬめりとした金色の球体。真ん中に、黒い細長い縦線が亀裂のように一本入っている。
猫の目みたい。そうか、これは、「何か」の目なんだ。
細長い縦線が、球体の表面を滑らかに動く。
きょろきょろきょろきょろ
何かを探すみたいに。
あ、今、目が合った。
この町の森の奥にある小さな祠にお参りをした者は、その後決して病に罹ることはない。
なぜなら、祠に住む「何か」に食われ、その場で命を落とすからである。
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