Trick or Treat or Something
「
今日はハロウィン。町ではイベントが行われ、様々な仮装をした人達でにぎわっている。
焼き鳥の出店の店番を務める
「悪徳企業 of the dead」は、本日のイベントで披露するために上自らが監督、脚本を務めた自主製作映画である。
休日出勤の強要やらパワハラやらの悪徳なことばかりやらかしている会社に、ある日突然ゾンビがやってきて大騒ぎになるというホラーな内容で、観客からは「ゾンビも怖いが、あんなひどいことをやらかす企業の人達も怖い」と評判である。上の前職での経験がフルに生かされた作品なのである。
「とっても良かったです! あの大量のタイムカードを手裏剣代わりにゾンビに投げたけどことごとく狙いが外れて、後ろにいた社長に全部ぶっ刺さっていくシーンなんてすごい迫力でしたよ! ラストみんなで労基に駆けこむところは感動して涙が止まりませんでした」
「本当ですか! ありがとうございます。皆様にお楽しみいただけたようで嬉しく思っています」
つくねの焼き鳥片手に照れたように答える上。
「冗談じゃなくて、あの作品どこかに応募してみたらいかがです? 絶対何か賞取れますよ!」
「実はそうさせて頂こうかと考えてるんですよね。どこまで行けるかわかりませんが…」
「絶対そうした方がいいですよ! …あ、お客さん。いらっしゃいませ」
「あー」
「何になさいます?」
「うー」
「あ、これはダメですよ。生のお肉なので。こっちの焼いてあるものの中からお選びください」
「おー」
「お客さん、あまり顔色がよろしくないようですが大丈夫ですか? あと、ちょっとその手にしたお肉置いて頂いて…」
「走りましょう滝さん!」
「はい?」
「これ私の映画の冒頭と同じパターンです! 会社にこんな感じの人が入ってきたと思ったらいきなり、」
いきなり、顔面蒼白の客は上の肩に噛みついた。
骨と歯が激突する音。ぴゅーっと噴き出す鮮血。
「あああああああああああ!!!」
絶叫とともに崩れ落ちる会社の後輩。
「どうしたんですか上さん!? と思ったらすぐに起き上がりましたね。良かったです。
あら、ものすごくお顔が青白い。あの一瞬でメイクでもなさったんですか? さすがあの映画の監督さんですね、不安になるほどリアルです。
え、え、いや、あの、ちょっと、2人して私の腕に噛みつくのはおやめください、ちょ、ちょっと、抱っこ、できなく…」
滝の瞳が、加速度的に輝きをなくしていく。
間もなく完全に輝きは消え失せた。
机上の生の鶏肉をわしづかみにし、無言で貪り食い始める滝。他の2人も、止めることなくそれに続く。
異様な光景と、めちゃめちゃ、めちゃめちゃという食べ音はしかし、周囲の賑やかな衣装や飾り付け、楽しそうな声にかき消され、誰にも不審に思われることはなかった。
やがて鶏肉を完食した3人。けれど腹の底からは、生肉を求める何かの咆哮が止むことなく響いている。
でも、心配する必要はない。
目の前にたくさんあるんだから。
3人は、屋台の近辺にある、動く生肉達に向けて歩を進めた。
「『Trick or Surgery、手術させてくれなきゃいたずらしますよ』って言って回ってたら
何か仮装をしたいけどネタが思い浮かばないからと、服装はいつものボロボロ白衣のまま、視界確保のため目の部分に穴だけ開けた紙袋を頭に被って日がな一日町中をうろつき、ある意味誰よりも人々を怯えさせていた
「そういえば、その水住さんもいつの間にかどこかに行かれてしまいましたねえ。先程向こうで『久しぶりだねー、それ何のコスプレ? えっ、ちょ、ぐおうわああああああ』という声を上げられていたのを最後に見かけていないんですが… でもまあ、変な事件に巻き込まれてるってこともないでしょう。私の勘がそう言ってます。
ハロウィンの日は交通事故が増えるって話もあるんですよねえ。着なれない衣装を着ていて動きにくかったり、テンションが上がっていたりするので。でも今のところは何ともなさそうですね。いいことです。
毎年子どもさん達に混ざってTrick or Treatしに行かれてる
周囲を見回した。
どう考えても人間一人に収まりきるはずのない量の血液を後頭部の口から勢いよく吐き出し続けている
上半身がもうもうと夜空へと立ち上っていく黒煙と化した
虚ろな目で、同じく虚ろな目をしたペットの鶏、ゴールデンエッグを何もないはずの空間から手品のごとく現したり消したりを繰り返している
眼窩からこぼれ落ちてルビーのように充血し、それでもなおぎょろぎょろと動き続ける巨大な単眼を周囲を見るため、いやあるいは周囲に見せびらかすために頭上にかかげている
噛まれた直後からなぜか急激に全身から甘い香りが放たれ、それにつられてやってきた蟻達にたかられ、もはや3階建ての建物に相当する巨大な蟻の大軍と化した甘井。
そんな一団が、うめき声と共に道路を行進している。
焦点の合わない目と、紙よりも真っ白な顔で、ふらふらと。
時折思い出したかのように近くの人に噛みつき、自分達の仲間に加えていきながら。
「今年は皆さん、例年以上に衣装や演技に気合が入ってますねえ。まるで本物のゾンビさんです。襲われる人達の悲鳴や泣き声もまたリアルでいいですね。まるで本心から助けを求めているようです。おかげで町中大盛りあがりですね」
「あー」
「おや、
「うー」
「楽しんでらっしゃいますか?」
「おー」
「そうですか。良かったですねえ。ん、どうしたんですか髪を伸ばしてこられて…
はっ、これは… いやまさか、そんなことはありえません。ですが、私が今見ているこれは、これは間違いなく… 嘘です、信じたくありません。まさか、まさかこんな日が来るなんて。ああなんてことでしょう、これは…
枝毛! 枝毛です! どの角度からどう見ても枝毛です! 毎日朝3時に起きて3時間かけて髪のケアをしてらっしゃる長池さんに枝毛! そんなはずないです! 大体この方の場合枝毛なんてめちゃくちゃ痛いはずです!
そういえば、なんだか今日全体的に髪に元気がない! ボッサボサですし!
ああっ、思い出しました! これってモロにゾンビ化の症状じゃないですか! ありとあらゆる生物をゾンビにしてしまうというあのゾンビ化! ってことは、あの人達も本当に? あああああ、私としたことが完全にうっかりしておりました!
でもまだ間に合うはずです! 病院にワクチンがあるので、それをドローンか何かで空から町中に撒きましょう! そうしましょう! 急いで病院に戻り
あ」
2つに枝分かれした1本の髪の毛が、目井さんの胸に深々と突き刺さっていた。
目井さんの意識は、そこでブラックアウトした。
これが後に全世界を巻き込み、一部の勇気ある人々によって世界中にワクチンが散布されるまで阿鼻叫喚を撒き散らし続けたゾンビパニックの序章であった。
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