pandemic picture
「聞いてくださいませんかね目井さん?」
「はい、どうなさったのですか?」
「うちの会社が某イベントに参加することになって、それの宣伝に絵を描かなきゃいけないってんで立候補して描いたんですがね。みんなに見せた瞬間、『眼球が痛くなった』だの『眼球から血が噴き出しそう』だの『眼球が爆発しそう』だの散々に言われちまいまして」
「それはひどいですね。何なんでしょうねその眼球縛りは」
「でしょ? 特にひどかったのが
「それで細蟹さ… 某上司の方、昨日うちに担ぎ込まれてきたんですね」
「そういう経緯だったってわけです。で、この話続きがあるんですがね。今日出社したらみんな疲れた顔しながらも怒ってるわけですよ。『昨日みんな揃って最悪な夢を見た。あの絵を見せられたからじゃないか』って」
「最悪な夢とは?」
「ひとりひとり内容は違ったらしいですが、それぞれが最悪って感じることが起こる夢だったそうです。
髪を切り刻まれて激痛の中血まみれでもがき続ける夢を見たって人もいれば、自分の意思に反して首を吊っちゃう夢を見た人、二度とやらないと決めていた盗みをしてしまう夢を見た人なんかもいました」
「ほうほう」
「ひどくないですか? そんなことまであの絵のせいにするってのは。
ちなみに、これがその絵なんですがね。確かにすんごくうまいってわけでもないけど悪い絵でもないでしょ? それなりに自信作です。
はしっこに描いてあるヤマシログモがポイントで」
「あのですね」
「はい?」
「悪夢を見る要因というのはいくつかあるんですよ。よく言われるのは体調が優れないですとか、ストレスがたまっているですとかね」
「はあ」
「それから、今言ったのと比べると若干の個人差はありますが『ある特定の図形や色を複数組み合わせて描かれた絵を見ること』によっても悪夢は引き起こされるんです。普段生活している中ではまず見ることのない組み合わせで、多くの人は見た瞬間本能的に恐怖感を覚えてしまうような絵なんですがね。
一目見ただけで強烈な視覚情報として人間の脳に侵入してきて、その人にとっての最悪の悪夢という形で作用してしまうわけです。
描いたご本人や、私のようにこの類のものの影響を受けない人は何ともないんですがね」
「へえ、そうなんですか。それがどうし…
いやまさか、そんな偶然はないですよね…」
「残念ながらそんな偶然もあります。あなたのお描きになったこの絵、思いっきり悪夢を引き起こす要素を取り入れてます」
「うっ」
「しかもこの絵の構図や色の濃淡から推定するに、個人差があるとはいえ、見た方は少なくとも5日間は眠るたびに最悪な夢を見続けてしまうでしょう」
「うっ」
「ちなみに、絵を見てしまった方は一度眠ると翌日の朝日を感じるまで目覚めず悪夢に苦しみ続けます。どうりで細蟹さ… 某上司の方昨夜寝ながら叫びまくられてて、起こそうとしても起きなかったはずです。
でもそんな真っ青になる必要はありませんよ。お薬を飲めばすぐ治まる症状なので。今から急いで会社の方達に配りに行ってきます」
「いえ、そうじゃねえんです…」
「? と、言いますと?」
「昨日、SNSにこの絵のせちまったんです。『みんなにバカにされた〜』ってネタ的に。いいね数がすごくて… 閲覧数だけでも7000くらいはいってて…」
しばらくの間、世界の様々な箇所で最悪な夢に苦しむ人々が続出した。
目井さんはできる限り絵を見てしまった人達を調べ、薬を送るなどしたが、全員に対応はできなかった。
SNSに上げられた画像は本人により即座に削除され、代わりに危険な絵であることと、悪夢を抑えられる薬についての情報が拡散された。
しかし、一度ネットの海に放出してしまった画像を完全に消し去るのは困難であり、見てはいけない絵であることが判明してもなお、いやだからこそなのか、他サイトなどに投稿された画像を好奇心から見てしまう者は後を絶たなかった。
こうして、この絵は作者自身もあずかり知らぬところで長年に渡り連綿と被害者を出し続けていくのであった。
とある人物も、この絵の被害者だった。
その人物の夢はこのようなものだった。
近所の道を歩いていると、不意に声が聞こえる。
「ちょっと、うちの恋人知らない? あのバカ、しつけてやらないとすぐ調子乗るから」
声のする方に顔を向ければ、バットを手にした車椅子の人物。無視して通り過ぎる。
しばらく行くと突然道の真ん中に誰かが現れた。
「あのクソガキはどこ行った⁉︎ 父親に逆らうなんてタダじゃおかねえぞ!」
水を張った洗面器を持った人物が声を荒げている。突き飛ばして前に進む。
後ろから肩を叩かれた。今にも泣きそうな声が言う。
「今すぐ母さんのところに行かなきゃいけないんだ。『俺』、母さんにたくさん謝らなきゃいけないんだよ。連れていってくれ、お願いだから、お願いです…」
手を振り払って歩き続ける。
「子ども達はちゃんと勉強してるんだろうな? それだけが心配だ」
道端でPCを眺めながら独り言のように呟く人物。一暼しただけで気にかけないことにする。
別に、こんなもの怖くなどない。
彼らに首から上が存在しないことも、そうしたのは自分だという事実も。
怖くない。
だが。
「…あなただったんですね」
前方からの声にびくりと顔を上げた。背筋が針金を通されたように伸びる。
誰かの後ろ姿。
ボロボロの白衣、1つに束ねた白い髪。
嫌だ。それだけは嫌だ。
思いは叶わず、声の主はスローモーションのようにゆっくり振り返る。
どんな表情をしているのかは、影がかかっていて見えなかった。
目井さん。
ああ。
そこで、目が覚めた。
全身が冷や汗でびしょ濡れ。小刻みに震えている。
息が苦しい。口を大きく開けてはあはあと必死で酸素を取り込む。
目井さんにバレる。それだけが、怖くてたまらない。
いや… 薬をもらうときに説明を聞いたじゃないか。今のは単なる夢だ。目覚めれば跡形もなく消え去る夢だ。昨日見たのと同じだ。
何も気にかける必要はない。あと3日ほど耐えればいいだけだ。
ベッドサイドの机上に目をやる。昨日もらった、絵を見てしまったことによる悪夢を抑える薬が小袋に入れられたまま置いてある。淡い紫色の、丸っこくて可愛らしい錠剤。
まだ捨てていなかったのか。
こんなもの… 必要ない。
立ち上がったその人物 ——首斬りスパロウの正体は、錠剤の袋を掴むとゴミ箱に放り投げた。
コンッというあっけない音とともに、最悪な夢から救い出してくれる薬は吸い込まれるようにゴミ箱の中へと姿を消した。
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