Sweet Doctor
「それじゃあ、ここに来る途中ですれ違った賑やかな方… いえ、賑やかな方々は隣町のお医者様方なんですね」
「ええ、そうなんです。私なんて足元にも及ばないくらいのすごい方々なんですよ」
「
「ありがとうございます」
「目井さんって、他にもお医者様のお知り合いたくさんいらっしゃるんですか?」
「そうですねえ。この方も隣町のお医者さんなんですが…」
同時刻、
「フン、相変わらず甘いものばかり食いおって」
堂喪は自分が頼んだブラックコーヒーを飲みながら、甲藻がフルーツパフェを食べようとスプーンを持ったのを見て鼻を鳴らした。
「ばかりってほどじゃねえよ。週1くらいだよ。
甲藻は即座に知人の医者の名前を挙げて言い返し、パフェにスプーンを挿し入れた。
スプーンからこぼれそうなくらい多めにすくって口に入れる。広がる果物とバニラアイスの甘さ。甲藻にとって至福の瞬間。
「甘ったるい…」
堂喪は軽く舌打ちをして続けた。
「バカが。あやつを比較対象にしちゃいかんじゃろ。あやつはレベルが違う。甘井の奴、『医者の不養生』って言葉がシャレにならん…」
堂喪が愚痴りだした、その時だった。
「呼〜んだ〜?」
聞き覚えのある間延びした声とともに、前のボックス席から大きく身体をのけぞらせた上下さかさまの顔がこちらを覗いた。
とろんとした眠そうな目、前髪をまとめる苺を模した髪飾り、口内できらりと輝く真っ白で並びの良い歯。
甘井羊羹医師その人だった。
「おぬし!? なんでここに?」
「ちょっとね〜。ここのスイーツ、すっごく美味しいよね〜」
見ると、甘井のテーブルには、パフェやアイスクリーム、ケーキ、ジュースなどが入っていたであろう食器が、全てカラの状態で、もうこれ以上置き場がないほどぎっしり並べられていた。
これだけの量の
想像したら、堂喪だけでなく、どちらかといえば甘党である甲藻も流石に吐き気を催した。
甘井は、堂喪、甲藻と同じ町の医者である。
本人は全く気にしている風がないが、その腕前と評判は、堂喪と甲藻とは天と地ほどの差がある。
出血している傷口に生クリームを塗り込もうとする、ジュースを点滴しようとする、粘着力の強い餅を食べさせまくることによって骨折した人の骨を内側からくっつけようとする等、甘いものを用いてメチャクチャな治療を試みるためである。
本人いわく、「甘いものは疲れを癒してくれるし、集中力も高めてくれるし〜… 何より美味しいし! いいことづくめなんだよ〜! だから怪我や病気をしても、甘いものを身体に入れればいいんじゃないかな〜?」という考えに基づいてのことらしいが。
甲藻は大げさにため息をついた。
「お前ね、お菓子ばっかり食ってると、そのうち自分が半端なくお菓子になっちまうぞ?」
「そんなわけないじゃ〜ん! 子どもみたいな脅し方しないでよ〜」
真珠のような歯を見せてカラカラと笑う。
ちなみに、甘井の歯は甘いものの摂りすぎにより虫歯で全滅したため、現在では総入れ歯を使用している。
「ん?」
そこで、堂喪はふと違和感を覚えた。
甘井の身につけている小豆色のセーター。
それが、下から突き動かされるように全体的に小さくモコモコと動いているのだ。
まるで、セーターの下、甘井の肌の上で何か小さな生き物たちが蠢きあっているかのように。
甲藻も気が付いたようだった。
「お前、セーター…」
「ああ、これ〜?」
腕をまくり、手首を露わにした。
真っ黒な昆虫が、無数にひしめいていた。
どれもが、一心不乱に腕の肉に噛みついていた。
「ちょいと… 失礼」
堂喪が一声かけてさっと数十匹ほどの虫を掌で払い落とす。
虫達に食い荒らされて、潰れたイチジクのようになったぐちゃぐちゃの傷口が広がっていた。
表皮だけではなく、かなり奥までやられているらしい。筋肉や血管、骨らしきものも見える。
「僕、最近蟻さん達に人気なんだよね〜。嬉しいけど、なんでかなあ〜…」
そう言えば、今日の甘井は頭から香水でもかぶったかのようにきつい甘やかな香りを漂わせている。
甲藻は堂喪だけに聞こえるように囁いた。
「あのさ」
「言わんでいい。同じこと考えとるじゃろうから」
「そうか」
2人は徐に席を離れると、風のような速さで甘井を頭上に担ぎ上げ、韋駄天のような速さで店を飛び出した。
「どしたの~? 僕まだ食べたいものがあるんだけど~」
「そんな場合じゃない! これは無理じゃ! わしらの手には負えん!」
「半端なくヤバい! 目井先生様に診てもらえ! それ以外にない!」
状況を理解できていない様子の甘井を抱え上げた2人は、先程通った道をただひたすら脇目もふらずに駆け戻っていった。
頼んだものの料金は、後日各自でちゃんと払った。
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