きれいな顔

「子どもの頃からずっと、『ブス』だってバカにされてきました」


 膝の上で拳を握りしめ、俯き加減に美田みたは訴えた。


「メイクしたりおしゃれしたり、少しでもきれいになろうと努力はしたつもりでした。

 でも、何をやっても誰もきれいだとは言ってくれなくて、かえって嘲笑されるばかりでした。

 もう、もう嫌なんです。だから…」


「知り合いの誰もいないこの町にいらっしゃって、これを機に、整形をして新しい自分としての人生を歩んでいきたいと… そういうことでよろしいのでしょうか?」


 涙声になりかけた美田に代わり、目井めいさんが話をまとめると、美田は無言で、しかし大きくうなずいた。


「もう誰にも『ブス』なんて言われたくないんです。だから、誰が見てもきれいだと思ってくれるような顔に…

 あ、いえ、これはたとえばの話です。人によって価値観は違うので、『誰が見ても』なんて無理なのは分かってます。でもそれくらいのきれいな顔にということで…」


「いえいえ、無理なお話ではありませんよ」


「え?」


「顔を変えるのではなく、見せ方を変えればいいんです。

 見る人が、あなたの顔を自分にとって『最も美しい顔』と認識するようにする手術をするんですよ」


「できるんですかそんな催眠術みたいな真似…?」


「ええ。あ、ですがこれは1つすごいデメリットがありまして…」


 目井さんはそのデメリットを告げた。


(なんだ、それくらいなら… 『ブス』だって言われ続けるより、ずっといい)

 美田は、手術を受けることにした。




 数時間後、手術を終えた美田は帰路についていた。


 前から聞こえてくる話し声に、少し顔を上げる。


 リードをつけたウサギのぬいぐるみを引きずっている人と、かなり長い両腕を胴体にぐるぐるに巻きつけている人、その2人を見上げながら歩く小柄な茶髪の人。

 仕事帰りらしいその3人組がなにやら談笑しながらこちらにやってくる。


 ドキドキしながらすれ違った。


 瞬間、楽しそうな3人の会話はシン、と止まった。




「…今の人、すごい美人じゃなかったか? いや、この世で一番尊いのはうさちゃんだけど、それにしても」


「ええ、本当に… 津々羅つづらさんもご覧になりました?」


「うん… きれいだったねえ…」


 追い越した背後から、小声ではあったが確かにそんな会話が聞こえた。




 その日から、美田の新たな日常が始まった。


 無事に再就職先も決まったし、今までバカにされ続けてきた人生が嘘であったかのように周囲に憧れられ、大切にされる。

 見る人全てに合わせた「きれいな顔」の持ち主である美田に、辛く当たる人はもういない。


 これまで感じたことのない、完璧な幸せな生活だ。ある一点を除けば。




 美田には、自分の顔が見えない。

 鏡や写真の中の自分の顔が、目や鼻などといったパーツだけでなく、輪郭すら分からないほど全体的に常に白いもやに覆われているように見えるのだ。

 他者の見え方と違い、どうしても自分自身では「最も美しい」顔を見ることができない仕組みになってしまっているらしい。




 望みは、間違いなく叶った。もう誰も美田を「ブス」と呼ぶ者はいない。


 だが、自分だけは、みんなが「きれい」だと評する自分の顔が見えない。


 以前はそれでいいと思っていた。


 でも、今は違う。

 みんなが自分の何を褒めてくれているのか、自分だけが分からない。自分だけが。


 似ている。自分だけが「ブス」といじめられたあの頃と。


「きれいな顔」ばかり見ている周囲の人々。

 その中に、美田が「ブス」だった時とは違う孤独感を隠していることに、気付く者はいない。



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