パイナップル
小学校の低学年の頃、親戚の子が家に遊びに来た。
まだ2歳くらいだったのかな。ちっちゃくてぷにぷにしててかわいくてさ。
一緒にお昼を食べ終わって、すぐに遊ぼうとしたんだけど、その子はおうちの人に「待って、これ飲まないと」と粉薬のようなものを飲ませてもらっていた。
何のお薬だろうとは思ったけど、早く遊びたかったから訊かなかった。
しばらくは庭でボール遊びをしたり、部屋でおもちゃで遊んだり絵本を読んだりしていたけど、ふとお菓子をあげたいと思った。
キッチンを探したけどお菓子はなかった。
代わりに冷蔵庫に小さく切ったパイナップルがいくつかあったから、それをあげることにした。
「果物食べる?」
「たべるー! ちょうだいちょうだい!」
あーもう、ほんとにかわいい!
はしゃぎ声を上げる小さな口に、つまんだパイナップルをひとつ放り込んだ。
「美味しい?」
「うん! おいしい!」
親戚の子は、いつの間にか汗まみれになっていた顔に満面の笑みをたたえて答えてくれた。
汗は、その子がパイナップルを噛めば噛むほど、顔中からどんどん吹き出してきていた。
だらだらだらだらだらだらだらだらだらだらと。
そんなに暑くないはずなのに。大丈夫かな? と思った。そしたら、
汗じゃなかった。
親戚の子の、顎が取れて落ちた。
と言うよりも、「溶けて」落ちた。
さっきまで身体の一部であったそこが、一気にぶわっと大量の「汗」を放出したと思ったら、逆三角の形を失って液体と化し、床に落ちた。
ばしゃっ
派手な音を立てて、顎だった部分が床に飛び散った。
「………え?」
状況をどこまで把握できたのか、それとも何も把握できていなかったのか。
親戚の子は汗だらけのまま、すっぱりと切断されたかのように下顎を失い、今や上顎が最下部となった顔のまま、足元を見下ろしていた。
それだけでは終わらなかった。
じゃぱぁ
波のような音とともに、全身が溶解した。
その子の肌と同色の液体と、赤い液体とがキッチン中に四散した。
親戚の子の立っていた場所には、持ち主が消え去り、びしょ濡れになった服がぼたりと落ちた。
親戚の子だった液体は私の身体のいたるところにもかかった。
鼻と口の中が生臭い匂いでいっぱいになった。
私自身も含めて全部、見える範囲全部が、親戚の子の肌の色と、血であろう鮮やかな赤と、溶け残ったらしき十数片の骨の白。
それだけだった。
私の親からの連絡を受けてうちに飛んで来た
次に私の着ていた服も同じように絞り、もうこれ以上は一滴も出ないまでにしてから、持参した何かの粉を部屋中にばらまいた。
そうしてから、必ず何とかするから、一旦服を着て違う部屋で待っているようにと言った。
黙って頷いて近くの部屋に1人で入り、ドアを閉めた。
どうにか衣類を身に付け、体育座りをし、ベージュの床を眺めながら、震えが止まらなかった。
どれくらい時間が経ったのだろう。
ノックをして部屋に入ってきた目井さんは、私の目線まで屈んでから教えてくれた。
「あの子は何もしてないとああして溶けて液体になってしまう体質なんです。
だからいつも一日に一回ゼラチンを飲んで身体を固めているんです」
「ゼラチン?」
「ゼリーを固めるのに使う材料です。あの子はいつも粉みたいなタイプをお飲みになっているはずです」
お昼に、あの子が飲ませてもらっていた粉薬のようなものを思い出した。
「生のパイナップルにはですね、中にゼラチンを溶かしてしまうものが入っているんです。
それと同じで、ゼリーのようにゼラチンで固まっているあの子は、生のパイナップルを食べると溶けてしまうかもしれないから食べない方がいいとお家の方達にはお伝えしておいたんですが… あなたは知らなかったんですね」
私のせいだ。私がパイナップルを食べさせてしまったから…
「どうしよう目井さん…」
「ゼラチンをたくさんかけてみたらだんだん固まり始めて、今はもうほとんど元に戻ってます。意識もすぐに戻るでしょう。何も心配いりません」
「良かった…」
「ただ、今度からは気をつけましょうね?」
目井さんは目では笑いながら、でもほんの少しだけ諭すような表情をした。
この件で散々親やら親戚やらに怒鳴られたり謝られたりしたけど、この時の目井さんの顔は、何故かそれ以上に強く印象に残ってる。
というわけで、その子は目井さんのおかげで無事だったし、今でも元気にしてるよ。
けど私はそれ以来、人に食べ物をあげるときは、その人が食べちゃいけないものがないかどうかしつこいくらいに確認してるの。
で、君が今「食べたい」って言った、私のお弁当に入ってるこのデザート、パイナップルにハバネロソースとワサビとカラシと七味唐辛子かけたやつなんだけど大丈夫?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます