サンマ

「あの魚も治療に使うんですか?」


結局サメにウオノメごと左足の裏の皮を大部分剥がされてしまい、しばらくの間左足に包帯を巻いて松葉杖をつくことになった水住みなずみは帰りぎわ、病院の待合室に設置された水槽を指差した。


「いえいえ、あの子はここで患者様方を和ませる係ですよ」

その患者様に怪我を負わせた目井めいさんはいつもの笑顔で平然と答える。


「はあ。ただその、普通こういうところにいる魚って熱帯魚とかじゃないですか? なんでその…」


1匹にしてはいささか大きめの水槽内を悠々と泳ぐその魚は、サンマだった。


患者様やお客様がリラックスして待てるようにと待合室などにアクアリウムを設置する病院や会社などはよくある。


だが、その多くはカクレクマノミやナンヨウハギなどのカラフルな魚をたくさん飼っているものである。




目井さんは水住の言わんとすることを察したらしかった。


「隣のお弁当屋さんがこの前から始めた秋限定のお弁当って召し上がりました?」


「え、あの松茸と栗と柿の炊き込みご飯の?」


「ああ、あちらも美味しいですよね。それからほら、もう一種類ありますでしょう?」


「そう言えばありましたね。あっちはまだ食べてませんけど。そ…」




「それが今何の関係があるんですか」と言いかけ、あることに思い当たりゾワッとして言葉を止めた。




目井さんは水住ではなく、サンマの方を、それはそれは愛おしそうに見つめながら続けた。


「あっちの方のお弁当を食べようとお箸をつけかけた時に思いついたんです。『これなら原型もほとんど残ってるし、できるかなー』って。


なにせ、サンマの塩焼きが1匹まるまる入ってるんですから。


それで電気ショックやら何やらをいろいろと試してみたらできちゃったので、そのまま私の家族になったんです。日に日に愛情が増してきてかわいいもんですよ」


嫌な予感しかしなかったが、尋ねずにはいられなかった。


「何を『できるかなー』と思ったんですか?」


「蘇生です」




水住は再び水槽に目をやった。


サンマの身体の、特に中央辺りには、焦げ茶色の模様がついていた。それこそ『焦げた』ように。


とても見えているとは考えられないその真っ白になった小さな目に、見つめられているように水住は感じた。

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