霧雨が降る街で、君を見つける
@sera_yuru
僕の知らない風景は
僕はいつもの道を通る。
成人を迎えた僕は就職を果たし、子供のころから憧れた一人暮らしをしている。
時期は梅雨入りしたばかりで、雨がよく降る。
今日も雨が降っていた。
春には桜が彩る並木通りを傘を差し帰路を歩く。
並木通りを過ぎると、この街全体を見下ろせる道に出る。
僕はこの道が昔から大好きで、一人暮らしをはじめた頃から帰り際欠かさず立ち寄っている。
僕の住んでいる町は湖があり、夕方になると日が湖に反射してとても美しい絶景になる。
夏には花火大会があり、ここから見る花火は湖に火の花を咲かせているようで目を奪われる。
僕は、そんな街を絵にかくことが好きだった。
いつまでも、美しい街を留めておきたかったのだ。
趣味の時間を見つけては。今のように仕事の帰り際。
僕はこの街を描いている。
雨の日、霧が濃く今日は綺麗に見えなかった。湖さえも見えないほどの霧である。
今日のところは帰ろうと思い歩き出そうとすると、一人の少女が傘もささず霧に包まれた街を見ていた。
少女はびしょ濡れで、虚ろな目をしていた。この霧のように、今にも霞んでしまいそうだった。
「……どうしましたか?風邪をひいてしまいますよ」
僕は少女を傘の中に招き入れる。放っておけなかったのだ。
少女はぴくりともせず、唇だけを動かした。
「……大丈夫ですから」
そして、虚ろな目を僕に向けた。
なんて、さみしい目をしているのだろう。僕は息をのんだ。
「私は、雨に濡れるのが好きなんです」
そう言うと、何も言わず街を眺め始めた。霧で包まれた、何も見えない街を。
「……あのっ」
僕はなぜか口が動いていた。
「……?」
少女は目だけをこちらに向け、様子をうかがっている。
口が動いてしまったのなら仕方がない。言葉を紡ぐしかない。
「……僕は、この道から見える街が好きなんです。……貴方はどうですか?」
少女は沈黙の末、言葉を返す。
「……好きか嫌いかといえば、……嫌いです」
「……そうですか……」
「でも」
少女は僕に向き直り言い放った。
「貴方みたいなお人好しがまだこの街にいるなら。希望はあるかもしれませんね」
じゃあ、というと少女は立ち去ってしまった。
僕はしばらく立ち尽くしていた。
*
次の日。今日も雨が降っていた。
仕事の帰り道、並木通りを傘をさして歩く。
僕はというと、昨日雨に濡れていた少女を思い出していた。
雨に濡れていた彼女は風邪をひいたりしなかっただろうか。
……そういうところが、お人好しと言われた原因なのだろう。
そう考えながら並木通りを過ぎる。
いつもの道に差し掛かると、あの少女がいた。
傘は、さしていなかった。
雨に濡れるのが好きというのは、本当なのだろう。
少女が僕に気づくと、少女の方から話しかけてきた。
「…‥こんにちは、お人好しのお兄さん」
相変わらず、虚ろな目をしている。その黒い瞳に吸い込まれそうだ。
……いやいや、何を考えているんだ、僕は。
ぶんぶんと首を横に振る。
少女は不思議そうにこちらを見ると、少女は話をし始めた。
「……お兄さんは、この街が好きだといいました。……それは、本当ですか?」
「え……?」
何を言っているのだろう。
疑問に思っていると、少女は話を続ける。
「この、霧に包まれた街を好きだと思いますか?見続けようと思いますか?」
「それは……」
僕は、何も言えなかった。
僕はこの街が好きだ。ここから見る街が好きだ。
だが、霧に包まれた街を美しいとは思わなかった。
だからこそ、描くことをやめ帰ろうとした。
「……そういうことです。何も見えない、深い霧雨の中を誰も歩こうとはしない。見ようともしない」
そういう少女の声は震えていた気がした。
僕は、分かった気がした。彼女がこの霧の街をじっと見ているわけが。
雨に濡れるのが好きな理由が、少しだけ。
……でも、それだけでは足りない。
「……理解しようとすることは、できる」
「え?」
少女に、僕は笑顔を向けていった。
「……この霧の街と貴方を描いてみたいと、思いました。……よければ、協力していただけませんか?」
「……私と?」
僕はうなずく。
僕は、この霧に包まれた街を美しいと証明したくなったのだ。
それには、彼女の協力が必要だと考えた。
……まぁ、僕は彼女のことも気になるんだけれど。
「……」
少女はしばらく唖然としていたが、重い口を開いた。
「……お兄さんは、お人好し以前に面白い人ですね」
そんな彼女の表情が、少し変わった気がした。
「……わかりました。私でよければ」
「……!」
正直に言うと、断られると思っていた。
唐突にお願いする以前に僕たちは昨日であったばかりだ。
……それでも、彼女は承諾してくれたのだ。
そうして僕たちは、雨の日に会う約束をした。
*
あれから1週間。ほぼ毎日のように雨が降る。
そのたびに僕たちはあの場所へ行き、会話をしながら僕は何度も紙に風景を描く。
「……どうですか?お兄さん」
「んー……何かが、足りない気がします」
いくら描いても、霧に包まれた街の良さを伝えられずにいる。
早くしないと、梅雨が終わって雨がなかなか降らず、霧に包まれることはなくなる。
「……お兄さんは、すごいです」
ふと、彼女はつぶやいた。
「お兄さんは、本当にこの街が好きなのですね。この街の良さを理解しようとしている。……霧で何も見えない街も含めて」
「……はい、僕はこの街が好きです。この街に生まれたことを誇りに思います」
そう言って彼女に笑顔を向ける。
「……すごいです、すごいですね」
そういうと、彼女は突然涙を流し始めた。
僕は眼を見開き、ただ涙を流す彼女を見ているしかなかった。
彼女は泣きながら言葉を紡ぐ。
「私は、なんの努力もできない。目の前にあることから逃げて、私は、弱虫な人間なんです。だけど、雨に濡れて、この霧の街を眺めていると心が落ち着く気がして。でもやっぱりさみしくて、むなしくて。嫌い。私は私が嫌いだよぉ……!」
初めて、彼女は自分のことを吐き出すように語った。
僕は、そんな彼女に面と向かって言った。
「僕は、貴方をすごいと思いました」
「そんなことない」
「あります。……僕に教えてくれました。見えなくても、見えるものはあると。僕には、なかった考え方です」
雨の中僕は傘を置き、少女の頭をなでる。
「大丈夫です。……弱虫な人間なら、周りは見えない。貴方のやさしさは、すごいと思います。貴方の霧は、晴れます。きっと。……僕も手伝いますから」
教えてくれたお礼にと。雨の中、欠かさずこの場所に来て僕に付き合ってくれた彼女へ。
少女は、思いっきり声を上げて泣いた。
……僕は、彼女を抱きしめる。少しでも、心の霧が晴れるように。
*
梅雨が明け、街は霧に包まれることはなくなった。
今日も僕は並木通りを歩き、街が見える道を通る。
変わったことといえば。
「こんにちは、お兄さん」
「こんにちは」
彼女とよくこの道で、雨以外でも会うようになった。
何気ない会話をし、笑いあう。
「そうだ」
僕はカバンの中を漁り、一枚の絵を少女に渡す。
「……この絵は……」
「渡すのが遅くなってごめん。……約束の絵、受け取ってもらえるかな?」
それは、霧がかかった街と、少女が描かれた絵だった。
霧雨の中、それでも少女が涙を浮かべ笑う姿が描かれている。
「タイトルは『霧雨が降る街で、君を見つける』。……大好きな街が霧雨に覆われたけれど、笑顔の君を見つけられた。……僕の個人的な絵になってしまったけれど……」
絵を見て、彼女は笑顔で言った。
「ありがとう、お兄さん。とっても、とっても嬉しい。……宝物にします」
「……こちらこそ、受け取ってくれてうれしい」
僕らは笑いあう。
霧雨の街は晴れ、何も見えなかった街は、一人の少女を見つけてくれた。
霧の中に隠された彼女の心を見つけられた。
僕に大事なことを教えてくれた彼女を。この街と一緒に描いていきたい
霧雨が降る街で、君を見つける @sera_yuru
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