甘い香りは一人の少女から漂っていた。飢えを凌げる。その誘惑だけが頭の芯の方を痺れさせたまま支配する。飲みたい。血を。飲みたい。飲みたい。飲みたい飲みたい飲みたい!!

 でも、それは、きっと、イケナイ、こと。

 私は、あいつらと、同じに、なりたくなんか、な、い。

 握り拳を噛み締める。血が出るまで、深く、強く、引きちぎる勢いで。そのまま千切れてしまえばいいのに。こんな、誰かを傷付けてしまうかもしれない手なんて要らない。無くなったって後悔はない。今のうちに切断しておいた方が良いのかもしれない。切れろ、切れろ、切れてしまえ。私がバケモノだというのなら、それくらい朝飯前だろう。

 が、不甲斐なく力が尽きる。ただただ痛みだけが響いている。空腹と絶望で目が廻る。ああ。どうして私が、こんな。


「だれ……?」


 ああ。甘い香りが強くなる。逃げないと。このままでは、私は、――。


 優しい手の感覚だけを、ずっとずっと、覚えていたかった。

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