さん
そういえば私は彼女の名前を知らない。出会った時に訊いたけれど、既に捨てたものだ、と言ってこれっぽっちも教えてくれなかった。けど呼び名がないのは不便。仕方がなく私は「ルナさん」と呼んでみた。やめろ、くすぐったい、と怒られてしまって、これまた妥協し、「なーさん」と呼ぶことに。
なので彼女はなーさん。私の家に居候する、吸血鬼。
「あー……腹がいっぱいだー……死にそうだー……」
「そりゃあ、カップ麺三つも食べて、普通に夕食も食べたらお腹も痛くなりますよ」
「いや。腹は痛くない。満腹という幸せに押し潰されて死にそうなんだ」
「はいはいそうですか幸せなら良かったですね」
「なんだよー冷たいなー」
冷たい訳ではない。でも私は今、確かに少し気持ちが下降気味だ。だって。
「分かった。俺がいなくなるのが寂しいんだろ? ん?」
後ろから抱き締められる。
「……そうですよ、寂しいですよ」
「ばっ、ばかっ。そんなこと簡単に言うんじゃねぇ」
「普段は素直じゃないなって怒る癖に」
「わー! わー! そんな目で俺を見るなー!!」
自分は簡単に抱き締めて来る癖に、と恨み言が飛び出しそうになる。抱き締める、というのは軽々しいと怒ってもいい行為ではないのだろうか。けれども私は怒れない。だって嬉しいんだもの。
「お、俺はもう行くからなっ!」
「はいはい。お気を付けて」
「拗ねんなっ、ばかっ。仕事なんだっ」
何だか浮気男の言い訳みたい。そんなことで思わず笑ってしまった。
「な、なんだよっ」
「いいえ、なんでも。行ってらっしゃい」
「……と、戸締りはちゃんとして寝ろよ」
でも彼女は知っているはずだ。私が一晩中、窓のカーテンと鍵を開けて待っていることを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます