二
私は何処にでもいるような平凡さで、なのに何故か教室の隅で浮いていて、静かで、何を考えているのかわからない、そう、気味の悪がられるタイプの人間だった。そういうものが引き金だったのだろう。私はもう何年も何年も、罵声と嘲笑を浴びて、文字通り泥水を啜り、何処にも救いのない生活を送っていた。
簡単に言ってしまえば「いじめ」というやつだ。そんな安っぽい言葉にしてしまうと、こんな小さな自尊心でも傷付くようで、意識しないようにしていたのだが。何も言えなかった訳でも、甘んじて受け入れていた訳でもない。だが抵抗するというのは労力を要する。私は最早、そのようなことすら面倒だったのだ。
ただ、生きることにも疲れては、いた。
元々家族もいないも同然だったし、私を気にかけるような存在は皆無だった。そんな中の安らぎは、自らの血を眺めること。みすぼらしく痩せこけた小汚い腕から流れる血は、きっとその他大勢と同じように紅くて、私もまた生きているのだと、まだ生きていていいのだと、思える唯一の瞬間だったのだ。
その頃巷は『吸血鬼事件』で大騒ぎだった。何でも若い女性、特に女子高生を中心に首から血を流した跡のある死体、そして核となる女性の周囲の人間、家族や恋人、友人達が纏まって干からびて発見されるという変死事件が度々起こっていたらしい。変質者の仕業だ、通り魔的事件だと騒いでいたマスコミだったが、現代に吸血鬼が蘇ったのだと都市伝説的なものが出回りだすとそれに乗っかってしまったのだ。
結果、吸血鬼事件は大流行。アニメやドラマなどの各方面でも発掘されて再流行、ということまで起こったらしい。私は不謹慎だと立腹するような人間ではない。が、余りにも安直で愚劣な人間が多いことだと呆れてはいた。
私は全くもって信じてなどいなかった。これっぽっちも。1ミリも。
だってそうだろう。そんな非科学的な話、どう信じたらよいのか。映像に捉えたり、吸血鬼本人(人か?)を捕まえて犯行を供述させない限り、私は信じないと思っていたのだ。
……実際に出遭ってしまうまでは。
あの夜。月明かりに照らされて彼女は微笑んだ。
『アンタ、美味そうだな』
舌舐りでもしそうな発言の癖に、どうしようもなく爽やかな笑顔で。私はただ言葉を失った。右手からナイフが滑り落ちた、カタン、という音で我に返った時には、彼女は私の左手を持ち上げ、溢れ出る鮮血を舐めとっていた。
「っ……!?」
思わず左手を引き抜こうとしたが、彼女の力は見た目に反し強力で、私の瞳を捕えて離さない。
『アンタ、殺したいやつがいるな? オレが殺してやろうか?』
これから欲しい玩具を買ってやるというのと同じテンションと笑顔。彼女は私より一回り小さく、まだ小学生くらいかと思えるほど幼い顔をしていた。青白い肌に紅い目、八重歯だろうか、牙にも見える鋭い歯が覗く鋭利な口は狼を思わせる残忍さ。真っ黒なフードの中には、フリフリとした可愛らしいシャツとスカート。そんな見た目と発言と力加減が何も一致しないことが私を混乱させる。
切ったはずの傷はいつの間にか塞がっていた。
『どうだ、オレのものにならないか』
唐突に気を失ったが、私はもう既に彼女の虜になっていたのだ。
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