第5話 夢の話
――夢を見た。
仄暗い空間には僕と、そして“彼女”がいた。
そこにいるのは僕と、彼女だけだった。
彼女の顔は見えなかった。何かで遮られているという訳でもないのに、それから無理やり目をそむけているような、そんな感じだった。
「なぜ私を捨てたの」
「捨てた?」
「そう、それとも、押し付けたっていう方が正しいのかな」
「どっちもよく分からないな」
「分からない、か」
「君を捨てるってどういう意味なんだい」
「捨てられた方にそれを聞くなんて酷だね」
「“捨てる”という意味が分からないからね」
「そうかな、君だって要らないものはゴミ箱に捨てるでしょ?それと同じ」
僕はいまいち話の内容が掴めていなかった。
「でもそれはお菓子の袋とか自分に関係ない書類とか、ものが対象の時の話だろ?」
「君は言葉を、“言葉通り”に捉えるね」
当たり前だ。
「できればもう少し簡単に言ってくれると助かる。相手が分かってくれていることを前提として話をするのは、話者のエゴでしかない。会話って言うのは一方通行であってはならない」
「一方通行でも話はできるよ」
「確かに話だけど、会話ではない」
「会話をするつもりなんてないよ」
「...。話が脱線してしまったね、端的に言うと僕は君を捨てたのか分からない。」
「...。」
「捨てたのかもしれないけど、少なくとも僕の記憶にはない」
「やっぱり」
「やっぱり?」
「だって君は、私のことを覚えていないから」
「君は僕のことを知っていると?」
「うん」
そこまで言うと、彼女の姿は徐々にぼやけていった。
結局彼女の顔は分からず終いだ。
「聞いてもいいかな」
君は誰だい、と。
「だめ」
「どうして」
「なんとなくかな」
そのまま彼女は消えた。
――色を失った空間には僕独りだけが、残された。
次の日、夢のことを考えているといつの間にか放課後になっていた。毎日これくらいの速さで一日が過ぎ去ればいいのに、と思う。
部室には女性陣が既に集まっていた。西崎先輩の姿が見えない。
「西崎先輩、まだ来てないんですね」
「今日は部活休むんだって~」
飯田先輩が答えた。
「そうですか」
そこで僕は、鈴原さんが、見覚えのある装丁の本を持っていることに気づく。
「それは」
「卒アル、中学の」
なんで昨日思いつかなかったのだろう。アルバムの類を確認すれば、僕と鈴原さんとの間に面識があったか分かるではないか。
早速鈴原さんが、中一の集合写真のページを開く。僕と飯田先輩はアルバムをのぞき込むような形で彼女の後ろに立つ。近い。何がとは言わない。
「確かに中一の時、篠宮くんと庚ちゃん同じクラスだね」
いつの間にか“庚ちゃん”呼びになったのだろう。僕は未だに先輩から苗字呼びなのに。まあでも今の方が先輩と後輩という関係がよく表れていてなかなかいいのかもしれない。
「ほんとですね」
頭に浮かんだ雑念を払い、先輩の意見に同調する。
鈴原さんがページをめくる。次のページには日頃のクラスの様子が写真に収められていた。その中に気になる一枚を見つける。
「これ、私と悠が話してる写真」
そこには僕と彼女が机をはさみ話している写真がある。
「これで、僕と鈴原さんが知り合いだったってことになる、か...」
こうして実際に見てみると頭が混乱する。事実と記憶との間に錯誤が生じている。いや錯誤というかむしろ...
「というか庚ちゃん、篠宮くんのことを“悠”て呼ぶんだ」
「前はそう呼んでたので」
「なんだか落ち着かないですけどね」
「ふーん」
飯田先輩はなんだか不満げな様子だった。自分の知らないところで色々進展があり、ちょっとだけ面白くないと感じているのかもしれない。
その後はいつも通りの時間が過ぎた。部活が終わると各々家路に着いた。ちなみに鈴原さんからの「一緒に帰ろう」発言はなかった。
――結局その日僕は、夢の答えにたどり着けなかった。ヒントはもう提示されていたというのに。
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