第6話 意義
悠との再会から一週間が経った。彼は未だに私のことを思い出せないようだ。
まあ、それでも問題はない。覚えていようが覚えていまいが、私と彼は思い出話に花を咲かせるようなキャラではない。きっと彼が私のことを覚えていても、再会の時の感慨が少し変わるだけ、それからはどちらにせよ変化は無かろう。
『........ローマでは.....エサルが......皇帝.......が、元老.....』
世界史の授業を聞きながら、私はそんなことを考えていた。
カエサルは、ブルートゥスに裏切られた時どんな気分だっただろうか。
『Et tu,Brute?(ブルートゥス、お前もか)』なんて言っているくらいだから、まあショックだったのだろう。当たり前だ、友人が自分を暗殺した側にいたのだから。ただ、これまた当たり前なのだが、友人に殺された経験がない私は、彼の感情の奥深くを理解することはできなかった。
なんでこんなことを考えているのだろう...。やはり忘れられていたことを気にしているのだろうか。
いや、“忘れたこと”というよりかは“なぜ忘れたのか”ということが引っかかる。
カエサルもひょっとしたら、『なぜ私を裏切ったのだ』と思ったのかもしれない。自分がこれから殺されるという時にそこまで頭が回るのか、とも思うが、まあカエサルが暗殺された時の状況を詳しく知らないし、人は窮地に立たされた時こそ冷静な思考をするができる、と聞いたことがある。
人というものはあらゆることに意味を見出しがちなのだ。自分のしていること、陥ってる状況などにはきっと意味があると思い、だから行動できるし乗り越えることかできる。逆に言えば、意味の無いことだと思うとやりたくないし現状に甘んじてしまう。
“シーシュポスの岩”や“賽の河原”など徒労の苦痛を表すような言葉はたくさんある。ギリシャ神話で言われるくらいなのだから説得力がある。第二次世界大戦中のナチスドイツが、囚人に穴を掘らせ、その穴をまた埋めるという動作を繰り返させたという話も有名だ。
意味がないと行動の意義がなくなる。行動の意義がなくなれば、それを行っていた自分すら意義がないのでは、と感じる。特に人におけるそれは存在意義の欠落、アイデンティティクライシスだ。
大げさかもしれないが、実際ナチスドイツの囚人に対するこの刑の目的は、自殺させることらしい。人はそれほど、“意味”というものを重要視する。
(私は、彼に忘れられたことの意味を求めているのかな...)
(いや、彼に忘れられたことに意味を求めているのか...)
そんなことを考えていると授業終了のチャイムが鳴り響いた。
放課後まで、あと一限か...。
一時間十分後、私は部室へ向かった。部室には先輩方2人がいた。この2人はいつもの早いな。
「こんにちは」
「こんにちは〜」
「...こんにちは」
私は自分の定位置に座ると、かばんにしまっていた本を取り出す。正面には西崎先輩、その二つ隣に飯田先輩が座っている。ちなみに私は随筆を愛読している。
「庚ちゃんもだいぶこの部に慣れてきたね」
「まあ、一週間も経てばこんなものですよ」
「それもそうか〜、篠宮くんとはその後どう?」
「変化なしですね、私も彼も結構淡白な人間ですので。あまり引きずりませんよ」
「そうなの?」
「ええ、特に彼の場合、人間関係というものを軽視しがちですので」
「というと?」
「えっと、そうですね。例えば友人同士でも些細なきっかけで他人行儀になるというか」
「それは、今の庚ちゃんと篠宮くんみたいな感じなのかな?」
「いえ、あくまで友人だったのを他人同士の関係に戻すという感じなので。今回みたいに記憶がどうなる、とかいうことではないです」
「へえ、彼って結構自己中なところあるんだね。温厚そうだけど」
「実際中一の時、悠の友人のひとりが彼と口喧嘩になったことがあったんですよ、次の日その子が彼に謝ろうとしてたみたいなんですけど、悠、冷めた目彼のこと見て」
「...」
「『あ、そう』って、それだけ言って。その日から悠とその子はすっかり話さなくなってしまって」
「そりゃまた極端だね」
「ええ」
「まあそういうところは彼の“いい所”でもあるし同時に“悪い所”でもあると、私は思うよ」
“いい所”?どういう意味だろう...
その時部室の扉を開ける音がした。悠がやってきたのだ。
「こんにちは、何を話してたんですか?」
「篠宮くんのことだよ〜」
飯田先輩は正直に答える。
「僕のこと?」
彼は私の方をちらりと見る。
「うん。昔話をちょっとね」
「そっか」
彼はそれ以上追求してこない。正直助かる。飯田先輩の言っていた“いい所”とはこういうことなのだろうか。
彼はそのまま私の二つ隣に座り、かばんから取り出した本を読み始める。
「篠宮くんっていつもラノベばかり読んでるよね」
「今更ですね、まあ二次元は僕の存在意義の大半を占めていますからね」
どうやら彼の“意義”というものはそういうもので確立されているらしい。
「意義がラノベってどういうこと?」
「細かい言い回しなんてどうでもいいじゃないですか。ようは、僕の生きる上での支えになっているってことですよ」
「へえ、庚ちゃんは...それはどういうジャンル?」
「随筆です。自由な文体が好きなんですよ」
「なるほど〜」
「飯田先輩は...どうしてミステリーが好きなんですか?」
悠が尋ねる。飯田先輩はミステリー小説が好きなようだ。
「なんていうか、大変な事件が起きている時に傍観者として冷静に考えることが好きなんだよ。あとはトリックや犯人の意外性かな〜。叙述トリックとか好きなんだよね〜」
「へえ、動機とかどうでもいい派ですか?」
「どうでもいいね、予想を裏切られる感じが好きなんだよ。」
「なるほど」
「西崎先輩は、どんな本が好きなんですか?」
私は尋ねる。
「詩集、かな」
先輩は消え入りそうな声で答える。
「理由とかあるんですか?」
詩集が好きな理由だ。
「落ち着ける。これを読んでいる時は、自分が現実から切り離されているような、そんな感じ...。」
「じゃあ僕と似たような理由ですね。僕も現実逃避したいからラノベを読んでる、っていう理由もあるので」
「うちの男衆は後ろ向きな人が多いな〜」
「ですね」
好きな本の話が終わると、程なくして部活も切り上げられた。
なんだか今日は飯田先輩について、前より知ることができた気がする。
――ちょっとだけ印象と違う人だったなあ。
まあいっか。
こうして鈴原 庚の一日は終わった。
結局彼女が飯田先輩に対して感じたものは、次の日には忘れられていた。
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