第4話 全く
6月にもなると、春と比べだいぶ日が長くなったと感じる。下校時間になっても未だ夕日は眩しいほど輝いており、室内にいた時には感じなかった暑さに少し汗ばむ。日差しは苦手だ。これからの季節が、少し憂鬱に思えた。
そんな眩い空の下を、僕は鈴原 庚と歩いていた。
僕は自分から話をするべきだろうか、と悩んでいた。
変に話題を振って嫌な印象を持たれたら、なんて悲観したり、それでもこのまま無言でいると今度はつまらない人だと思われるかもしれない。それに、部室にいた時から、僕は彼女を無自覚に傷つけていると、なんとなく自覚していた。まあ、元知り合いから他人行儀に、いや、そもそも忘れられていたら普通の人間はショックなんだろうけど。
知り合いだったのがたったの三年前の話なら、なおさら。
ここで僕から不用意に口を開いても、空気が悪くなる可能性がある。そう思い僕は彼女から話すのを待った。そういう理由だと自分に言い聞かせた。別に自分のコミュ力の問題ではないのだ、と。
校門を出て五分ほどたっただろうか、二人の間に流れていた静寂は打ち破られた。
「悠と呼んでもいいかな」
「中一の頃、そう呼んでいたのか?」
「...ほんとに覚えていないんだよね?察しが良くて助かる」
鈴原さんは少し驚いたような顔を見せると、そう言った。
「僕は君のことをなんて呼んでいたのかな」
「“鈴原さん”」
まあ僕は男友達ですら苗字呼びだし、女子に対しては苗字+さん付けだ。どんなに仲が良くても。
「そうか」
「悠は、どうして文化研究部に入ったの」
なんだか慣れない呼ばれ方だ。なぜかしっくりくるが。
「顧問の檍先生に無理やり入部させられた」
「その理由は予想外だった」
「まあ居心地のいい部だから、今はよかったと思ってる」
ところで...
「ところで、僕になにか用があって一緒に帰ろうって言ったんじゃないの?」
僕は、彼女がそういう思春期男子が考えそうな、色恋的理由で、一緒に帰ろうと言ったなんておめでたいことは考えていない。いやちょっとは考えたかもしれないが...。
「うん、まあ」
やはりか、別に残念なんて思ってないよ?
「悠は、私のこと覚えていないんだよね?」
「...」
言葉につまる。
「全く覚えてないの?」
「ああ」
考えてみればおかしいと思った。僕は事故で頭を打ったことはここ五年ないし、記憶障害なんていう非日常なことも起こっていない。それなのに三年前に知り合いだった少女のことをこんなにもきっぱりと、清々しいほどに忘れていることなんてありえるのか。中一の時のことは覚えている。違う小学校から来た子と仲良くなった。定期テストというものを初めて受けたのだが、数学は昔も苦手だったからな、テストの点もさぞかし悪かったのだろう。あとは体育祭で僕らの団が優勝したこと、嬉しかったというわけではないがなぜか記憶に残っている...、、、
そこで僕は自分の心に生じた違和感に気付いた。いや、何に対して感じているのかは自分でも分からないのだが...。
「悠?」
彼女の一声で僕は、彼女と会話していたことを思い出す。
「ああ、ごめん、ちょっと考え事してた」
「思い出したの?」
「いや、」
「そう」
結局話はそれだけだった。全く覚えていない、それが彼女にはどう聞こえたのかは分からない。不思議だ、おかしい、ひどい話だ、等々彼女にも色々思うところはあるのだろう。
途中で別れ、家についた僕は風呂に入り夕食を済ませたあと、ベッドで横になり、ふと彼女の
彼女と話してみて、彼女は冷たい人間だと感じた。
残虐非道で冷酷無慈悲だ、というわけではない。ただ、心の底が冷えているなと思った。真面目で清楚な少女というのが主な印象だが、物事に対する興味が希薄のように思われる。目で見えているものをそういうものとしか捉えていないような、けれど逆にどこまでもそのものについて分かりきっているような、うまく言葉に表せない。
なんとなく僕はスマホの検索エンジンで“庚”という字を調べてみた。
・十干の第七。五行で金に配する。
・金の陽。鋭いナイフのような性質。正義感が強い。意志が強固。人間くさい面も
一つ目の十干についてはよく分からない。二つ目は...彼女には当たらずとも遠からずといった感じだ。
「はあ...」
今日はなんだかいつもより疲れた。疲れを“捨てる”のもいいが、高校は自らの情緒成長のため、むやみやたらに感情を捨てないようにしている。
「鈴原 庚...か」
やはり思い出せない。しばらく思い出そうと記憶をたどっていた。
――たどっていたら、いつの間にか僕は眠っていた。
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