第3話 はじめまして...?
先生と共にやってきたその少女は綺麗な黒髪をしていた。
髪は飯田先輩より長い。背中まで伸ばしている。身長は飯田先輩より少し低いだろうか。真面目そう、という安直すぎる印象を受けた。そして何より、美人だった。
飯田先輩とは方向性が違う、大和撫子といった感じの美女。おいおい、今僕を中心とした半径2mに美人が3人もいるぞ(内1人は先生)。歓喜。
「紹介する。こちら今日からこの部に入部する鈴原...」
そこで先生は口ごもる。
「...
少女が口を開いた。というか先生、新入部員のフルネーム知らなかったのかよ。
「カナエちゃん?」
飯田先輩が尋ねる。
「かのえです。こういう字です。」
少女は生徒手帳を出して僕らに見せた。難しい字だなあ。
「へえ珍しい名前だね、さっきは間違えてごめんね」
「いえ、よく間違えられるので。気にしてませんよ」
「じゃあ私は職員室に戻るから、特に何事もなさそうだし」
そう言って先生は部室から出ていった。
少女、鈴原さんは先生がいなくなってすぐに、僕のところに来た。頭の中をラノベに毒されている僕は瞬間的に色んな妄想をした。主にラブコメ展開を、だ。そんなことは起こらないと思っていても、やはり期待してしまう。女の子耐性にステ振りを全くしていない僕は魅了を受けやすいのである。まあ、あまり過度な期待をしても変なフラグが立ちそうなので、こんな美人と同じ部にいるだけで幸せだろう、と控えめに考えておく。
「..」
鈴原さんの口が動いた。さあなんと言うのだ。
「久しぶりね」
初対面の彼女は僕にそう言った。
「.....はじめまして」
よく意味が分からず、僕はとっさにそう答えた。
ここで僕と彼女との間に生まれた食い違いの理由は三つ考えられる。
一つは言い間違えた可能性。いや無いな。頭に浮かんだ考えのうち一つを消す。
二つ目は僕を誰かと勘違いしている可能性。十分ありえる。
そして三つ目は前世、もしくは別の世界線で僕と彼女が知り合いだった可能性。ぶっちゃけ一番ありえないが同時に一番あってほしい可能性だ。そんな非現実なことあるわけがないが、前世か別世界線での知人なら僕が彼女のことを知らない、いや覚えていなくても不思議ではない。一概に否定出来ないのではないか?考えれば考えるほどこの説は正しいのではないか、と現実逃避めいた考え、もとい妄想が思考を埋め尽くす。
ここまで考えた時間、わずか0.5秒。
そこまで来て僕の思考は、鈴原さんの言葉で現実に戻された。
「覚えてないの?」
彼女の声はほんの少し、悲しげだ。
「ごめん、記憶にないな」
「そう...」
「篠宮くん、こんなに可愛い子忘れるとか、それでも男の子?」
飯田先輩が言う。彼女の発言は沈んだ空気を払ってくれた。ありがたい。
「俺は男ですよ。鈴原さん、誰かと勘違いしてたりはしないかな」
「...君、篠宮 悠くんだよね?」
「そうだよ。苗字はさっき先輩が言ったけど、下の名前を知ってるってことは確かに僕のことを知っているみたいだね」
でも僕は彼女のことを知らない。庚なんて珍しい名前、知り合いになれば覚えていそうなものだし、それにこんな美人忘れるとは思えない。
「その、僕と鈴原さんは知り合いだったのかな?一方的に知っているだけかも。それに、それが幼稚園とかの話なら僕が忘れてしまっていることもあるだろうし...」
「私と君は中一の時に知り合いだった。一方的とかではなく」
予想以上に最近のことで僕は困惑する。想定していたすべての可能性が否定される。
「まあ人間誰しも忘れることくらいあるだろうし気にしなくていいよ」
彼女はそう言ってくれた。まだ納得していないようだった。当たり前か、三年前の知り合いに「あなた誰ですか」と言われれば不可解に思っても無理はない。
僕と彼女の食い違い問題はとりあえず、“篠宮 悠の記憶力の悪さ”が原因という形で処理された。本人は全く自覚がない話で不甲斐ないばかりだ。
彼女に対し部員が一通り自己紹介をして、それからはいつもの部活動に入った。最初は飯田先輩が鈴原さんと、質問がてらおしゃべりをしていた。なんでこの部に入ったの?とか、学校どう?とか、好きな人とかいる?等々、他愛のないことばかりだ。ちなみに鈴原さんに好きな人はいないらしい。とりあえず一安心。
鈴原さんは部にとても馴染んでいた。もともと本を読むだけの部なので馴染むというのもおかしな話だが。聡明そうな彼女の読書姿は非常に自然なもので似合っていた。
部屋の時計が午後六時をまわった時、飯田先輩が「そろそろ帰ろっか」と言った。
「そういえば、部長は飯田先輩なんですか?」
鈴原さんが尋ねた。
「そうだよ〜」
先輩が答えた。
その後、皆はそれぞれ部室を出ていった。
僕が部室から出ていこうとした時、後ろから鈴原さんに呼び止められた。
「篠宮くんの家って駅方面だったよね」
「うん、そうだけど」
昔知り合いだったというのが本当なら、だいたい家がどの方角にあるのか、知っていても不思議ではないか。
「じゃあ...」
これはなかなかの神イベ発生の予感。僕はドキドキしながら彼女の次の言葉を待った。
「途中まで一緒に帰らない?」
僕のおめでたい期待が珍しく現実のものとなった。
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