第28話 星降ろしの儀(1)

「はあああああっ!!」


 裂帛の気合と共に高く跳躍したレアは、手にした槍で狙いすました一閃を放つ。

 風よりも疾く迸る刃は空気を引き裂き、吸い込まれるよう巨大な水晶塊の一点を穿っては――だがそれ以上突き進むことなく停止してしまった。


「くっ……!」


 甲高い戟音と共に、掌に生じた鋭い痺れにレアは顔を歪める。

 槍の穂先は確かに水晶塊の表面に突き刺さっているが、硬度による抵抗がよほど強いからか、刃が切り口でカッチリ固められてしまい槍全体がピクリとも動かない。


 自身の身体よりも遥かに巨大な水晶塊に向けての空襲だった為か、それを止められての反作用で、勢いのまま宙に投げ出されそうになるレアであったが、咄嗟に両腕に力を込めて全身を槍の柄に引き寄せる。

 そして同時に、予め練り上げていた力で水晶塊を思い切り蹴りつけることで、その反動を利用して刃を一気に引き抜いた。


 そのまま空中で翻り器用に体勢を整えると、いつの間にか眼前に迫っていた別の巨大な水晶柱を再度蹴りつけることで勢い良く飛び越え、鮮やかに水晶塊から距離を開ける。


 空中に描かれし、鮮烈な輝きを湛えた不可思議な円陣の上に滑るように着地したレアは、今し方離脱してきた方角を仰ぎ、相対している存在の全容を見止めては一息吐いた。


「まったく……とんでもない硬度ね。嫌になってくるわ」


 汗で額に張り付いた前髪を手の甲で拭い払い、疲労感を滲ませながら小さく語散る。


 適度な緊張感と共にどこか億劫とした様子のレアの視界には、見上げる程の巨大な水晶塊が……否、水晶で形成された竜の彫像が鎮座していた。


 その巨体の大きさは優に自身の十数倍はあろうかという程で、全身を拝むには相応の距離を取らなければならない。

 その上、刃よりも鋭い爪牙に恐ろしく真っすぐに聳える角、背から広がる両翼は天を遮らんばかりに開いていて、尋常ではない威圧を与えてくる。

 更に付け加えるならば、流れるよう滑らかに生え揃っている鱗の質感や体表面の皮膚の張り、それら下で脈動する筋肉の様相。

 いずれもの要素が細緻に彫り込まれていて、最早彫像の域を脱し動き出すのではと思える程である。


 いや、角度によっては後方の景色さえ見ることのできる体躯は、実際に動いているのだ。

 たった今、竜鱗に刃を突き立てたレアに反撃を繰り出したのは、他ならぬこの竜像であった。


 至高の芸術品は、その存在感の密度の濃さで確かな現実味をその場に顕現するものだが、類い希な緻密さで構成された竜像も同じく、その威容から放たれる圧倒的な存在感はただそこに在るだけで他の生物の本能に働きかけ、畏怖に染まった跪拝を強いる。


 そんな巨像を目の前にすると、並の者ならば容易く呑まれてしまうだろうが、しかし魔王の懐刀の一振りであるレアはそれに該当しなかった。

 強すぎる使命感を持ってこの場に立っていることもあって、波濤の如き不可視の威圧を跳ね退け、より冷静に眼前の竜像を観察する。


 すべてが透明で光を反して煌めいてさえいる巨竜には、生物的な意志など一切なく、極めて無機質で無情な佇まいだ。

 星燐晶像プリマテリアゴーレム

 この浮遊大陸アガルタにおいて広く知られた固有名詞は、この地の存続に、ひいては世界の平常に必要不可欠な存在である。

 何故なら聖に限らず、アガルタで鉱床『星涙点ステラリウム』より星燐石を獲得する為には、この存在を打倒することが必須条件なのだ。


 星涙点にて行われるこの戦いの儀式は、古来より「星降ろしの儀」と呼ばれていて、その実態は星燐石を求める者と試す者の力の比べ合いだった。

 それ故、試す側であるゴーレムもまた、ただ倒される為だけの木偶人形である筈がない。


 つまり星燐晶像が明確に攻撃を仕掛けてくるのは当然であり普通のことなのだが、ある一つの事実が今回の儀式を異常たらしめていた。


「このまま闇雲に攻撃しても、こちらの獲物が消耗するだけね」


 星晶竜への注意を払ったまま、手に持つ愛槍を見つめてレアは小さく呟いた。


 繊細な紋様が彫り込まれたスラリと伸びる白銀の柄。それに連なる刃は、美術品のように手入れが行き届いているからか、曇り一つない鏡のようだ。しかしその実態は、触れるもの全てを引き裂き貫く凶刃である。


 白晶槍アルトラース。魔王の持つ煌杖アルマデルと共に、往古よりアガルタに伝わる秘宝の一つで、同格のシエルが持つ黒晶剣エルノキーアと対を成す、魔王を守護する者の証だ。


 所有者の星灼を吸い取り不朽の性質を帯びる槍は、人間社会で言うところの星導具プロスフォラに似て非なる物だが、その特質を持ってすら、眼前に立つ竜には未だ文字通りに歯が立たない。物質としての硬度において、竜の方が単純に上回っているからだろう。

 不朽の力を帯びている為、どれだけ切ろうが突こうが刃毀れの心配はないのだが、国宝を扱う者の心情としてはあまりよろしくはない。


 そんな心情があってか、レアは次なる戦術を構築する為に左手を掲げ、星晶竜に向かって光属性の魔印術を放った。


 事前の詠唱も準備も何もない、腕を振り抜くという簡単な所作でその軌跡上に五つの小さな円陣を描くと、それぞれから高密度に収束された橙光の礫が発射され、一直線に竜に向かって殺到する。

 疾駆する光弾の一つ一つが竜像と同じ大きさの岩塊ならば容易く貫く力を秘めた熾烈な攻撃であったが、しかしいずれも竜に到達する直前に搔き消えてしまった。


 反応光や衝突音といった余韻すら何も残さず、ただ流れる風に身体を梳かれて小さく身動ぎする巨像。欠伸にも似たそんな生物的な仕草を見せるほどに、余裕が見て取れた。


「……ゴーレムとはいえ聖竜の鱗も再現されている、か。面倒な」


 光輝が潰える刹那を見極めたレアは眉を寄せ、今と同じように氷、土、風属性の魔印術を繰り出しては色とりどりの百花繚乱で追撃を続けるも、全て同じ命運を辿ることになる。

 尽くが、衝突の刹那に竜の表面に顕現する薄白の膜に弾かれる結果となってしまった。


「やれやれ……わかってはいたけど、これ以上撃っても無駄のようね」


 竜型のゴーレムを覆う半透明の光の膜。

 その正体は活性化した聖星燐石が放つ厳粛なる波動障壁であり、その性質は星灼エネルギーの急速減衰、つまりは属性概念の完全封滅だ。

 聖竜はそれを身に纏うことが可能なことから、その光膜は「聖竜の鱗」と呼ばれている。


 出力次第では害獣である星魔サキュラすら一瞬で屠る恐るべき『聖』の力であるが、そもそも属性という概念はこの〈レヴァ=クレスタ〉において、生物非生物問わず万象に先天的に付与されているもので、その存在について回る宿命のようなものである。


 例えばシエルが闇属性に強い適性を示して影を自在に操るように、レアは闇と聖以外の地水火風雷光の複合属性の適性を持っていた。

 他に類を見ないその特殊な性質は、属性の合成という有用な技術を会得するに到らせたのだが、応用の幅が広い反面、一点に特化した才覚には到底敵うものではないし、合成できるにしても三つまでが限界で消耗が激しい。

 そして仮に全ての属性を十全に合成できたとしても、聖を前にしては敢えなく潰えてしまうのが、この世界で決して覆らない因果律である。


 世界より着けられし色を完全に拭い去り、拒絶してしまうなど天が定めし運命に唾を吐く行為に等しい不遜。『聖』とは、その顕現であると言っても過言ではない。


 そんな凶悪無比な『聖』を自在に操れる存在は、今の世界ではたった二つのみ。

 一つは全ての星灼を支配下に置く『魔王』であり、もう一つが聖の申し子である『聖竜イレスドラゴン』だ。


 しかし当代魔王はこの場にはおらず、史上初めての存在として世界に登場した聖竜当人は、レアの後方の湖畔で両腕を組み、厳しくも真剣な表情でこの戦いを見守っていた。

 要はレアの父テオドアが聖竜その人なのだが、ならば明らかに別な個体であるこの星晶像は何なのだと言えば、それこそがこの戦いの儀の本質である。


「さて。魔印術グリモアは効かないし、打撃を繰り出したところで然程効果が見込めない。任務を放棄する訳にはいかないから長期戦は必至……手詰まり感もここまでくるといっそ清々しいわね」


 攻撃と離脱を繰り返していけば、相手は生命体ではない物質なのだから、いずれは稼働限界が来て自壊するかもしれない。あるいは蓄積されたダメージが物質としての限界強度を超えて破壊に至ることもあるだろう。

 しかしてそれは、気の長い長期戦を制さねばならないことに他ならず、生命体として体力的な制限が付いて回るレアにとっては、優位を引き寄せる要因にはならない。


 また、魔印術も聖竜の鱗を前にしては何ら効果が見込めないのは実証済みだ。


 ここまで不利な条件が目白押しだと、いっそのこと尻尾を巻いて逃げる……いや、戦略的撤退こそが最適解のようにも思えるが、聖星燐石を得る為には既に顕現してしまった竜像の破壊は不可避であり、自分ならば確保してくれると命じてくれた王の信頼を裏切ることになる。

 そんなこと、親衛隊隊長としての矜持が絶対に許さない。


 意気込みと現実を照らし合わせ、明瞭となる八方塞がりな状況では、レアとて愚痴の一つでも零したくなるというものだった。


「なにかこう、簡単に捻り潰す手段はないものかしら?」

「……レアよ。あまり物騒な言葉を吐くものではない」

「……誰の所為でこんな苦労をする羽目になったと思っているのですか?」

「…………」


 後方の湖畔で、微妙に悲しげな表情で呟く父に娘は冷たく言い放った。

 それなりに距離は隔てているのだが、悲しいかなこの父娘は五感がとても良く発達していて、不幸なことに互いに些細な愚痴を拾ってしまったのだろう。


 しかし、そもそもこんな理不尽な戦いを強いられている原因は、娘に散々な口調で扱き下ろされて不満げな気風を発している壮年の男であり、こんな事態に陥った起源を説明するには、時間を少し遡らなければならなかった。






                  ※






 聖星燐石イレス・プリマテリアの確保を命じられ、その為に赴いた星涙点と呼ばれる鉱床『神護の泉』は、その名称とは裏腹に巨大な人造湖であった。


 山頂に拓かれた見渡す限りの大きなカルデラ湖であるが、その水質は極めて透明で、深さは均一に大の大人が入って肩に浸かるか否か程度である。

 どちらかと言えば「桁外れに大きい水溜まり」と言った方が理解に早いが、その中心には湖畔より桟橋で繋がれた小さな島がポツンと存在していた。


 大人が三人佇めば、身動きすら取れなくなるだろう狭き小島の中央に、円盤状の水晶が埋め込まれている。その周囲には意味深長な幾何学紋様が刻み込まれ、更に特殊な塗料で着色している様は、決して陣が欠けぬよう保存しているかのようだ。


 対して湖畔には、小島の円陣との関連性が一目でわかる紋様が刻まれた祭壇が設置され、人の頭部くらいの大きさの水晶球が精巧に造られた石の台座の上に佇んでいる。

 不思議な力でプカプカと浮揚しているそれは、見るからに何かしらの因果関係があることを見せつけているが、事実この巨大な人造湖の制御端末であり、人造湖は大気中の星灼を吸収して『聖』属性への変換、精練を行う装置であった。


 このアガルタで最も高き場所バスティーラ山地に存在するのが『聖』の精練地であるが、他の区画にも同様の施設が存在し、それぞれの属性変換を行っている。

 ユディトが先日、はるか上空よりこの浮遊大陸を俯瞰した際、不自然なくらいに自然環境が明確に区分けされているのを目の当たりにしたが、その根源はここにあった。


 着色する色の違いを除いていずれも同じ構成の施設であり、儀式のプロセスも同様だ。

 施設の中心にある円陣に立った者が自身の星灼を呼び水とし、湖水中に蓄積された膨大な星灼を活性化することで、泉からその量と質に応じた星燐晶像が出現する。

 そして起動者を精密に転写して顕現したそれを打倒することで、求める者達は星燐石を手にすることができるのだった。


 随分と迂遠極まりない過程であるが、聖に限らずアガルタに存在する全ての属性の鉱床から星燐石を得るのは、そういうことなのである。


 しかし。

 通常であれば小島中心の円陣に立ったレアは、自身の写し身と戦うことになるのだが、今回の儀式は従来の試練とは全く別の様相を呈してしまっていた。


「……一体何を考えたんですか?」


 父に問うレアの声に、辛辣さが滲んでしまうのは致し方ない。


 儀式における転写という事象には、ごく稀に儀式を受ける当事者ではなく、側にいる他者の姿を写し取ったという事例が過去にもあった。その数少ない教訓を紐解いて判明したのは、いずれの場合も傍にいた者が、星燐石を求める者よりも強い想念を抱いていた、という話だ。


 勿論、聖の星燐石を確保する為にこの場に立ち、既に難度もこの儀式を行ったことがあるレアとてそんな事情など充分に知っていた。

 だからこそ、これまでにない最悪の事態を招いた元凶を睨まずにはいられない。


 今、こうして現実にレアが対峙しているのは、儀式の監督者であるテオドアの転写体ドッペルである。

 星涙点が読み取り顕現させた先代竜帝の模倣体であり、つまりは同等の存在。一対一で戦いを挑むにはあまりにも都合が悪く、〈レヴァ=クレスタ〉の生命体の天敵とも言える能力を有した面倒極まりない相手である。


 その上、件のゴーレムは獣精種の秘奥『獣魄神化テオシス』で全力を曝していて、ただでさえ高難度で挑める者が限られている『聖』の儀式の敷居を更に跳ね上げてしまっていた。


 そんな事態を招いた犯人たるテオドアを、レアはギロリと擬音がしそうな勢いの強い眼差しで睨む。

 余計なことを、と恨めしく思う反面、果たさねばならない使命感を持って儀式に臨んでいる己を超えし強き想念とは、一体何だというのか。

 そんな疑問からレアは問わずにはいられなかった。……ここまでレアが明確に苛立った姿を晒すのは、この場にいるのがテオドアだけだからであり、傍から見ればこれは親子喧嘩以外の何物ではないのは蛇足だ。


 なんにせよ、愛娘のキツイ非難の眼を受けて、テオドアは居心地が悪そうに頬を掻いた。


「いや……つい先日、こっそり国許から文が届いてな。お前の従兄弟のティアマトに娘ができたと記されておった。現竜帝の座にある愚弟が、政務放り出して孫に付きっきりで使い物にならない、という愚痴も延々と綴っておってな……あの愚かなる弟の様には呆れて物も言えんが、羨ましく思えるのも事実であり、我もそろそろ孫の顔が見たいと思ったのだよ」

「…………」

「そんなに睨むな。しかし、お前、浮いた話の一つもないではないか。お前くらいの歳でそれはあまりにも……だからな。今回縁談の一つでも持ちかけようと思ったんだが」


 要約すると、初孫にはしゃいでいる弟の姿が羨ましくなった、とのことだ。


 敬愛する主君エルファーランが初めて『魔王』としての大任『天色託宣』に臨もうという、大事極まりない時期に呼びだしておいて、理由が極めて個人的なそれである。

 あまりにもあんまりな内容に、レアは怒りを超えて脱力から危うく膝を着きそうになった。


「…………その話については、後日改めて話し合いましょうか」


 眉間をきつく抑えながら、なんとかレアはそう絞り出す。

 そもそも世間では死んだことになっていて、且つこんな空の果ての僻地にほぼ隠居状態の父に、いったいどんな伝手があるというのか。


(……いえいえ、今はそんなことを考えている場合ではない)


 と、レアは若干逸れた思考の軌道修正を強引に図った。


 今懸案すべきは、あらゆる色を削ぎ落とし、魔印術をも消し去ってしまう恐るべき障壁『聖竜の鱗』を突破する手段だ。

 これまでに確認されている有効な手立てとしては、同じ聖の属性で相殺するか、単純明快な物理力でねじ伏せるかである。


 だが、それらとて正解とは言い難い。

『聖』の奏者たる『魔王』がこの場にいないのは言わずもがなだが、武器による攻撃も芳しくないのが現実だ。

 なにせ物質であっても長時間あの光に触れていては構成要素を著しく揺るがされ、強度が失われてしまうのだから、反則にも程がある。


 仮に世間の常識に則るならば、無敵とも思える聖に対抗できるのは『無』だけだ。

 万象に対して一切の揺らぎを持たない無色星燐石クリオ・プリマテリアならば聖の紗幕も関係なく突破できるのだが、眼前の竜の巨体に向けて効力を期待できる大きさの無色星燐石など、それこそアガルタの国宝『天極粋星ステラデウス』くらいだろうし、そもそも絶対数が決定的に少ない。

〈レヴァ=クレスタ〉における無色星燐石の産出量は、聖のそれすら下回るのだ。


 故にそれらは机上の空論であり、ない物ねだりの考えだった。


 そんな帰結を早々に切り捨て、レアは動きながら思考を加速させる。


 星燐晶竜に向かって直進しながら、猛威を振るう尾や爪の一撃を潜り抜け、間合いを詰めては槍の柄による全力の殴打を繰り出すも、竜の腕を僅かながらに陥没させる程度で破壊には到底至らない。


 瞬時にそれを見極め、レアは改めて竜の反撃圏より離脱する。 


「レア。半端な打撃を繰り出すだけでは我に届かぬぞ」

「そんなこと承知していますっ!」


 星燐晶像の硬度の高さは、内包する星灼の密度の高さ。即ち、写し取られた存在の星灼保有量に比例する。

 今代魔王に迫るとされる程のテオドアの星灼量は、アガルタ軍の中においても他の追随を許さない。その辺り、隠居しても流石は先代竜帝、と言ったところか。


 この世界で唯一たる聖竜の血を引くレアは、聖属を繰る性質を受け継がなかったものの、他者よりも遥かに高い親和性を示し、相応の星灼保有量を誇っている。だが、その素養の源流とも言える存在を前にすれば霞んでしまうのは致し方ない。


 保っていたギリギリの間合いを崩さんと、鞭のように撓りながら伸びてきた尾撃を槍で迎撃して弾き、更に数歩後退を余儀なくされたレアは小さく舌打ちする。


「ただでさえ『獣魄神化』で面倒極まりないのに、こちらの行動を学習し始めたのね……小賢しいわ」

「……レアよ。そのゴーレムは一応我の写し身であってな。斯様な言い草は……あまりに酷くないか?」

「そう思うなら、父上も同じく『獣魄神化』を使って突撃して下さい。ええ、その方がまだ戦いやすくなる」

「馬鹿者。この場でこれ以上星灼を昂ぶらせ、星涙点に過負荷を掛ける訳にはいかん。そもそも儀式の監督者である我が、結界制御を放り出して儀式に乱入するなど以ての外だ」

「……もういいです」


 一応解って聞いたことだが、杓子定規に当て嵌まった回答が返ってきて、誠実にその任を全うしている姿勢をレアは再確認する。その点において少しは安心できたのだが、状況はそれに浸ることを許さない。


「普通の攻撃で細かい傷を幾らつけても埒が明かない、か……仕方ないわね」


 ならば必然的に普通・・ではない攻撃を繰り出すしかなくなる。


 諦めたように深く息を吐いたレアは、右半身を引いて半身に立った。

 逆手に構えた左手から続く穂先はやや下げ気味に、右肩は大きく開いて、まるで矢を番えた弦を引くかのような構えだ。

 見るからに突きを繰り出さんとする体勢だが、やや前傾であることから些か攻め気に逸っているようでもある。


 しかし一切の油断を載せないレアの力強い双眸には、それに伴うリスクの全てなど重々承知している落ち着いた光が佇んでいた。


 矢に見立てた槍を、力の限り引き絞る。

 右手の甲に刻み込まれた魔刻痕スティグマを起点に、そこから生じる膨大な星灼を全身へと押し流し、左手の甲に刻まれた魔刻痕へと収束させる。


 形成された大きな一つの流れの裡に、尋常ならざる量の星灼が収斂されているのか、狂奔する濁流はやがてレアの全身から煙が立ち上るかのような霊光と化し、周囲の空気を痛烈に圧していた。

 身に纏う白き鎧の色を強く反していた霊光は、やがてそれ自体の黄金色へと遷移していき、槍の穂先へと誘われ集っていく。


 刻々と一点に束ねられる輝きが、直視できない眩さに到った瞬間。


「はっ!」


 レアはその場で渾身の突きを放った。

 空気どころか空間そのものを抉り取らんとする颶風の如き一閃が、一条の光の筋となって虚空を疾ったかと思うと、その軌跡から圧倒的な光輝が溢れ出す。


 暴力的とも言える煌めきの奔流が景色を引き裂きながら瞬く間に巨像へと殺到し、今まさに飛び立って回避しようとした竜の背の片翼を片腕ごと抉り、もぎ取っていた。

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