Act.30 階段とカツラとコーラをもう一度

「みんなでバタバタ準備してたので、多分『ミスド』って目印つけ忘れちゃったんですよ。それで他の部のダンボールと混ざっちゃったんです、きっと」


 早口でまくしたてる恭平。

 そっか……確かに、箱の側面に何も書いてなかった気がする。


「どうしましょう! もうすぐ着替えの時間ですよ!」




 その焦った声を聞きながら、実優さんと目を合わせて、2人で下を向く。


「……へっへっへ、マジかよ……」

「ふふふ、すごいですね……」

 観客のジャマにならないように、2人で小声のまま大笑いした。



「……先輩?」

 恭平の不思議そうな顔も気にしない。



「ふははっ! 奇跡ですよね、実優さん!」

「ええ、重なりますね」



 ドタバタが重なりすぎて、何だかもう楽しくなってきた。

 ドラマのような、漫画のような、お決まり悲劇的なシチュエーションが逆に面白くて、2人で共鳴して笑いあう。


 

 このタイミングでドレスがない?


 どこにあるんだ? いつ誰が持っていったんだ?


 見つかるまで、どうやってステージの間を繋ぐんだ?


 考えなきゃいけないことがポコポコと浮かんでくるけど、この長い夜を乗り切ったミスドが、ここで挫折するはずがない。ここで諦めるわけがない。


 根拠も理由もないのに何とかなりそうな気がしていて、そんなプラシーボが疲れきった自分の頭を研ぎ澄ませた。






「ダンボールがないっていうと……サンバですかね、実優さん」

「ええ、多分そうでしょうね」


 オープニングイベントのサンバカーニバル。吹奏楽部の演奏で踊っていたサンバ部のメンバーは、派手な衣装を着ていた。

 あの衣装は多分、ダンボールに入れて物品置き場に置いてたはず。


「なるほど、さっき撤収したときに、オレ達が置いてた衣装も一緒に持っていったかも、ってことですね」

「まあドレス盗む人はいないだろうし、可能性は高いな」


 実優さんも頷く。当たりは付いた。後は、探すだけ。



「よし、恭平、サンバ部と吹奏楽部のところに行くぞ。どっちかの部室のダンボールにドレスが入ったやつが混ざってるはずだから、手分けして探――」

「大丈夫です」


 力強く俺の言葉を遮る恭平。


「オレが行きますよ。たしか、2つの部室もそんなに離れてないですし。部室にいなかったら、構内放送使ってでも呼び出します」

「いや、でも……」

「的野先輩は、風見先輩を助けてあげて下さい」

 さっきの慌てた様子を消して、恭平は穏やかな顔で言った。



「ドレス見つかるまで、どのみち10~20分は時間押すと思います。風見先輩も、出場者とフリートークするの限界あると思うんで、間繋ぎ手伝ってあげて下さい!」

「……1人で大丈夫か?」

「ええ、絶対見つけてきます! 見つかったら連絡しますね!」



 そう言って、観客の横を疾走して入り口に向かった。

 

 ああ、そっちは任せるよ。こっちは任せておけ。



「恭クン、頼もしくなりましたね。蒼クンのおかげですね」

「……へへ、何にもしてないですって」


 照れ隠しに笑いながら、相変わらずスッキリと冴えた頭に、名案、もとい迷案が像を結んだ。



「ところで実優さん」

 わざと台詞っぽく呼びかける。



「ワタクシ、空いた時間の良い使い方を思いついたのですが、やってみても宜しいでしょうか?」

「うむ、よきにはからえ」

「痛み入ります」

 ニッコリと、芝居で返してくれる実優さん。



「じゃあ実優さん。羽織にカンペ出して、アクション映画フリークスの部室の鍵番号、伊純さんにこっそり聞くように指示してもらっていいですか?」

「ええ、分かりました。いってらっしゃい、蒼クン」 

「いってきます!」




***




 体育館を抜けて部室棟へ向かう。

 紙袋を持って、アクション映画フリークスの部室に全速力。



 昨日転げ落ちた階段を、1段飛ばしで昇る。


 部室の鍵を開けて、机に置いてあったお目当てのものを紙袋に入れた。



 実優さんは、羽織にカンペでドレスのこと伝えてる頃かな。

 羽織が慌ててなければいいんだけど。


 恭平に電話したけど、繋がらなかった。アイツも今、俺と同じように走ってるんだろう。



「……次!」


 すぐに部室を出て、隣の部室棟へ。

 噴き出る汗を袖で拭って、乾いた喉で唾を飲んで、渡り廊下を全力で走る。



 演劇部の部室。その手前の廊下に置いてある、小道具入りのダンボール。

 フタを開けて中を漁り、紙袋に入れる。



「よし、後は……」



 そのまま2階の購買部へ。いつも羽織と買ってる缶コーラ、その隣のボタンを何度も押して、そっと紙袋に。

 準備はできた。あとは、この迷案を、実行するだけ。




***




 体育館に戻ると、羽織が伊純さんとアクション映画の話をしていた。


「ナーノさん、その映画はどのくらい見たんですか?」

 もうすっかり愛称呼びになってる羽織。

 フレンドリーな司会者ってのも面白いもんだな。


「そうだな……間違いなく10回は見てるな」

 オーッという声があちこちで響く。よし、会場の熱は冷めてないな。


 予定では、もうドレスへ着替え始めてる時間。

 今から10分、いや、20分か。何とか時間を繋ごう。



「実優さん」

 もう一度、実優さんのところへ。協力してもらうために、計画を話す。


「ふふ、面白いですね、やってみましょう。手伝いますよ」

「ありがとうございます! じゃあ、これ、お願いします!」


 紙袋から、伊純さんのビデオカメラを取り出して渡す。

 俺はステージの後ろに、実優さんは体育館放送室に向かった。



 途中で物品置き場を覗く。

 お、折り畳み机があるな、好都合だ。

 


 階段を昇ってステージ袖へ。紙袋を予備のマイクに持ち替えて、ステージに出た。



「皆さんこんにちは! ミスドの司会補佐担当、的野蒼介まとのそうすけです!」


 突然の挨拶にも拍手が起こって、「的野―っ!」と名前を呼ばれる。うん、みんな良いテンションだ!


「まとすけ! どしたの?」

 驚く羽織。返事の代わりに、説明を続ける。



「さて、会場の皆さんに謝らなくてはいけないんですが、若干トラブルがありましてドレスアップの時間が遅れます。そこで、今から別の企画をやって時間を繋ごうと思います」


 正直に堂々と説明。下手に言い訳するより、こっちの方がいいだろう。


「えっと、伊純さん、ちょっとこちらへ」

 伊純さんの手を引っ張る。


「どうした、的野?」

「昨日、アクション映画っぽいシーンを撮りましたよね?」

「おう、撮ったな。楽しかったぞ、ありがとうな」

 会話の上下関係が、司会と出場者とは思えない。



「で、伊純さん。せっかくだから、ここで皆さんに見てもらいませんか?」

「本当か! 流してくれるのか!」

 一瞬にして目がキラキラする伊純さん。


「ではすみません。観客の皆さんで両端にいらっしゃる方、体育館の暗幕を閉めるのにご協力下さい!」



 少しガヤガヤしながらも、次第に会場が暗くなっていった。

 こういう一体感、なんだかいいな。

 羽織の方を見るとニマニマしている。思い出し笑いしてるに違いない。



「それでは、映像お願いしまーす!」

 俺の掛け声と共に、実優さんが照明を落とす。

 BGMがフェードアウトして、あの地獄の映像が再生された。



『マトスケーノ、安らかに眠りなさい! そして眠らなければ私と同じ、魔女ってことね! さようなら、マトスケーノ!』

 ドカッ!

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……


『うごおおおおおおおおおっ!』

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……

 ドゴンッ!



 会場から笑い混じりの悲鳴が起きる。こうやって客観的に見ると、ホントにサスペンス劇場に出てくる1シーンだな……。


 隣を見ると、伊純さんはうっとりと画面を見ていた。まあそこまで喜んでくれるなら光栄だけどさ……。

 羽織は笑いすぎて涙を拭いていた。お前、いつか覚えてろよ。



 ばかのんとの階段落ちレースの映像も流れて、こっちは「カノ、逃げ切れ!」「的野、そこだ!」と知り合いから応援の声が飛んだ。いや、お前らやってみろって。



 映像が終わって、またお客さんに暗幕を開けてもらう。照明とBGMも元通り。



「はい、皆さんいかがでしたか? 伊純さん、これを撮ってたときにどんなこと考えてたんですか?」

「そうだな、的野が痛そうで面白かった」

「最低だ! この出場者最低だぞ!」


「ナーノさん、あのダンボールの装置、どうやって作ったんですか?」

「おう、あれか。あれはな……」

 多分誰も参考にしないであろう装置の作り方、階段落ちの魅力、と伊純さんに存分に喋ってもらう。鎌野とばかのんにも感想を求めて、時間を費やした。



「さて、もう少し時間があるので、ここで次のコーナーに行きましょう! 今度は刃香冶ばっこうやさん、どうぞこちらへ!」

「まとのん、どしたのー?」


 トテテテッとステージ前に来るばかのん。


「刃香冶さんは炭酸部ということで、コーラの早飲みが得意なんですよね」

「うん、まあねー」


「なるほど! では、すみません、ちょっと待ってて下さい!」



 そう言って、ステージ袖に戻る。羽織が早飲みのポイントを聞いてフォローしてくれている間に、紙袋からコットとカツラを取り出す。

 ふう、まさか今日もこれをつけることになるとは思わなかったぜ。


「それじゃ、いきますかね!」

 制服の上から付けて、中世の平民の出来上がり。



「フィオレンティーナはいるか! 待たせたな、俺はマトスケーノだ!」


 突然の謎キャラ登場に、拍手と笑いが起こった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る