Act.28 カウントダウン

 ノートパソコンにLANケーブルで繋がれたプリンターが、俺達を焦らしながらゆっくりと紙を彩っていく。


 

 ウィーン ウィーン ガコンッ



「的野先輩、これ!」

「…………うん、俺は問題ないと思う。羽織、どうだ?」




「………………問題なし!」

「よしっ! 恭平、オッケーだ!」

「やったあああ! 終わったああああ!」



 もう少し田舎ならニワトリが起こしてくれそうな朝6時。

 ミスコンパンフレットの原稿が完成した。



「あさみん、頑張ったね! エラいエラい!」

「恭平、おつかれ!」

「的野先輩、ありがとうございました! 風見先輩も!」

 深く頭を下げる恭平。


「いやいや、あさみん。まだ終わってないぞよ?」

「そうそう、んじゃ恭平、みんなで印刷室行くか!」



「まとすけ、みゆ姉どうする?」

 部室の隅で、コロコロ動きながら気持ち良さそうに寝ている実優さん。


「いや、本番で全力出してもらいたいから、もう少し寝かしておこう。印刷終わったら起こすか」

「そだね。んじゃ、あさみん、まとすけ、行こう!」

「羽織、スマホ持ってけよ!」

「了解だぜ!」

 3人で部室を飛び出す。目指すは、2つ隣の校舎、印刷室。




 空が明るい。中庭では鳥の鳴き声が引切り無しに響いて、俺達を駆り立てる。

 あと5時間後、11時にはミスコンが始まってる。


 体はすごくダルいけど、眠気は完全になくなった。

 企画終了の13時まで元気でいられれば、今はもう寝なくていい。



 体って不思議だ。あんだけ辛かったのに、「10分でも20分でも寝られるなら寝たい」と思ってたのに、今はいくらでも走れそうな気さえする。

 この騒動を楽しんでいるような、終わりを寂しがっているような、そんな感覚。



「うっしゃ!」

「とうちゃーく!」



 羽織と2人で声を揃え、印刷室に滑り込む。中には2台のコピー機と、紙を置く棚、それに作業台。

 恭平が原稿の入ったファイルを脇に挟みながら、コピー機のフタを開ける。


「的野先輩、印刷は両面ですよね?」

「ああ。片面に原稿2枚ずつ並べて、A3のサイズで印刷だ」


「原稿が表紙入れて12ページだから、と……A3で3枚にまとまるんですね」

「だな。折ったら冊子になるように、ページ順に気をつけろよ」



 手で折るアクションをしながら、原稿の置き方を考える恭平。


「よし、これでいけるはずです。的野先輩、何枚刷りますか?」

「予備含めて1200枚!」

「オッケーです!」


「まとすけ、何流す?」

 羽織が、近くの棚にスマホを置きながら訊いてきた。

「テンションあがるやつ!」

「まかせろ!」


 恭平が印刷ボタンを押すのと同時に、羽織が再生ボタンを押す。


 コピー機からパンフレットの素が、スマホのスピーカーからギターリフが、同時に吐き出された。




「よしっ、折り始めるぞ!」

 次々と吐き出される紙を作業台に置く。台の周りに3人で立つ。


「恭平、たまにコピー機の様子見ろよ!」

「はい! 何に気を付ければいいですか?」

「紙詰まり、給紙、インク切れ! 以上!」


 3人で紙を分け合って、真ん中で折って冊子の形にしていく。

 5~6枚まとめてグワッと折ってから、バラして1枚ずつキレイに折りなおす。



 紙折り機が2週間前から壊れている、という話を事前に仕入れておいて良かった。

 今こうして、バカみたいなテンションでA3の紙と格闘できる。



「まとすけ、これ何枚やるのさ!」

「聞いて驚くな、1200枚を3種類で3600枚だ!」

「いやっほう!」


 全くムダなテンションにまかせて、ただひたすら、紙を折っていく。

 曲に合わせ足でリズムを取りながら、時折歌いながら。


「的野先輩! 200枚追加です!」

「任せとけ!」



 実優さんがノートに書いていた。

 『パンフレットの印刷は朝方になると思うので、テンションで乗り切りましょう』



 うん、まさにその通り。こんな時間にこんな睡眠不足でこんな作業、ハイにならなきゃやってられない。



「あ、風見先輩、オレもこの曲好きなんですよ」

「ホント? いいよね、この曲。アタシも大好き!」

「女の子の太ももに塩辛を挟んで、気持ち悪そうな表情させるくらい好きです」

「変態かお前は!」


「ええ、変態ですとも! 的野先輩には及びませんけど」

「人の太ももに鯖挟む以上の変態はそうそういない!」

「まとすけ、それって健康法とかなの?」

「やってみろ! お前今度太ももに塩辛挟んでみろ!」

 恭平もすっかりいつもの調子。ツッコむ俺も、天然な羽織も、相変わらず。





「よし、恭平。次の1200枚印刷だ!」

「わかりました!」


 実優さんの計算では、1人で3600枚全部折ると3時間くらいはかかるらしい。

 まだ他の準備も終わってないし、3人の力技で片付けるしか――


 と、その時。



「私も混ぜて下さい」


 頼もしいミスドの会長が、印刷室に入ってきた。


「みゆ姉!」

「園田先輩!」


 いつもの笑顔で、作業台に陣取る実優さん。

 黒髪のストレートに、リボンバレッタが色付く。



「実優さん、もう大丈夫なんですか?」

「ええ、起きたらみんないなかったので、多分ここだろうと思って」

 言いながら、俺達の方を見て困ったような笑顔を見せた。


「昨日はすみませんでした、刃香冶ばっこうやさんの取材からあんまり記憶がなくて……」

「いえいえ、だいじょぶです! みゆ姉、むにゃむにゃ言っててかわいかったですよ!」

「ハオちゃん、照れるからやめて下さい」


 ちょっと赤くなる実優さん。



 ああ、うん。もう大丈夫。

 この人がいれば、もう大丈夫だ。

 

 そう思えるだけの安心感と信頼感。

 やっぱり実優さんは、俺の憧れだ。



「作業の方は順調みたいですね。恭クンも、パンフレットお疲れ様でした」

「ありがとうございます。的野先輩がちゃんと面倒みてくれたんで」

「そうそう、まとすけ頑張ってたんだよ!」

 さっきの実優さんのように照れて、少し目を逸らす。



「蒼クン、ありがとうございました」

 ニッコリ笑う。

「いえいえ、借りたノートのおかげです」



 実優さんの代わりだった、黄色いノートを返す。

 もう必要ない。もう、実優さんがいる。


「さて、じゃあ4人で終わらせましょう。これを折っていくんですよね」

「そうです、みゆ姉がいればさっきより早く終わります! 折ったら挟み込めば完成!」


 3種類の折った紙を挟みこめば、冊子の形になる。


「あ、風見先輩、そのことなんですけど……」

 恭平が口を開いた。


「どしたの、あさみん?」

「パンフの背の部分、ホッチキスで留めません?」


「おお、あさみん! 突然仕事を増やしたな!」

「すみません。でも、綴じないと配ってるときに落丁しちゃうかもしれないですし……それに、やっぱりちゃんと冊子にしたいんです。後悔したくないんで!」




 あーあ。こういう話になるとさ、燃えるヤツがいるんだよ。




「おおおおおっ! あさみん、よくぞ言った! みゆ姉、時間余裕ありますかね?」

「そうですね、みんなが寝る時間がなくても平気なら、なんとかなると思いますよ」


 ニッコリ笑って答える。台の横に置いてあったホッチキスをカチカチ鳴らして。



「なるほど! で、まとすけ、寝なくてだいじょぶ?」

「寝ると後悔しそうだからな」

 俺も負けずに、ニヤリと笑ってみる。


「さすがまとすけ! よし、じゃあホッチキス留めまでやるぞーっ!」

「羽織、もっとテンション上がる曲にチェンジ!」



 こういう話になるとさ、燃えるヤツがいるんだよ。

 ミスドには、4人もいるんだ。







 朝8時半。ミスコン開始まで、あと2時間半。


 外では生徒の声が聞こえ始めて、祭が近いことを知らせてくれる。

 印刷室で山のように積まれた完成版のパンフレットを見ながら、全員で拍手した。


「手伝ってくれてありがとうございました!」

 頭を下げた恭平は、少し泣きそう。



「あさみん、泣いてる時間はないぜ。これから色々手伝ってもらわなきゃ!」

「はい、何でもやります! 園田先輩、出場者と打合せするのって10時ですよね?」

「ええ、10時に体育館前集合です。ちょうどオープニングイベントのサンバが始まる時間ですね」


 歴史ある部活の1つ、サンバ部が、吹奏楽部とコラボして体育館でサンバカーニバルを披露する。朝から生徒のテンションは最高潮だ。



「集合したら、出場者と一緒にミスコン全体の流れを確認しましょう。最後の20分で会場準備です」


 作業できるのは、あと1時間半か。部室に戻ったらいよいよドタバタだな。




「それじゃあ、今から集合まで、全力でやりましょう」


「みゆ姉! 円陣組も!」


 実優さんの言葉に返事するように、羽織が提案する。


「アタシ、円陣組むの好きなんだ!」

「ふふ、じゃあ組みましょうか」


 時間もないのに、全員で丸くなった。

 肩を組んで、お世辞にも円とは言えない歪な形。


「ミスド、ファイトです!」

「オーッ!」

 実優さんの掛け声が、これからのドタバタを告げるファンファーレ。





「よし、恭平、完成したパンフは箱に入れろ! 半分俺が持つ!」

「わかりました!」

「羽織、実優さんと一緒に先に部室戻って、台本チェックしてもらってくれ!」

「おっけー!」

「ハオちゃん、先に企業の皆さんに企画実施確定のメール出しましょうね」

「あ、そうですね、一緒にやりましょう!」



 箱を持って中庭を抜けると、何人かの生徒が俺達と同じように走っていた。


 飾り付けを持ってる人、ペンキを運ぶ人、電話しながら部室棟に向かう人。


 みんな、朝早く来たのか、寝てないのか。

 仲間を見つけた気になって、勝手に嬉しくなる。



「恭平、サイコロトーク用のサイコロ作ってくれ! ダンボールは適当に探して!」

「わかりました!」

「ハオちゃん、BGMリスト作ってますか?」

「しまったあああ! 今から作ります!」

「実優さん、照明のタイミング、これでいいですか?」

「見ておきます。蒼クン、今のうちに台本の赤ペン入れた部分だけ直して下さい」



 慌しくて、忙しくて、頭がパンクしそう。



「的野先輩! スケッチブックどこに置きましたっけ?」

「後で探す! 忘れてたら言ってくれ!」

「まとすけ、集合まであと30分!」

「ヤバいヤバい! 羽織、これ頼む!」

「まかせとけい!」


 でもそれが、なんだか心地良かった。






 さあ、祭が始まる。



 俺達の半年間の締めが、18時間の集大成が、もうすぐ始まる。

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