Act.26 繋がれ

 部室を出てから1時間弱。羽織や恭平を探すでもなく、自分もまた飛び出した勢いで、校庭を歩いている。


 少し歩いただけで、背中の汗が水滴になって流れる。

 汗になってくれて良かった。もう少しで、目から流れるところだった。



 校舎群の南側にある校庭には誰もいない。ただひっそりと沈みかえって、サッカー部が四季祭で使うらしい、点数の振られた的がゴールに賑わっていた。

 空には徒雲あだぐもが浮かんで、彩りは黒だけ。


 この空間にいるのは自分だけ、なんてちょっとした優越感は、すぐに寂寥感に置き換えられた。


 木々が青々と茂っていて、夜の校庭はそんなに怖くない。

 落ちてる枝を砂ごと蹴って、ジャンプして葉をもぎ取って。

 少し無邪気に振舞ってみて、揺れていた心を凪がせる。




 自分も悪いところばっかりだった。もっとちゃんと、実優さんみたいに進められれば良かったんだ。


 恭平をうまくコントロールしてあげられないで、アイツがダメになったら、ただ怒るだけ。羽織も泣かせて、恭平も泣かせて。


 自分で実優さんの代わりをやるって言ったのに、全然出来てなかった。




 どうしよう、早く探した方がいいのかな。

 でも、まだ怒ってるかな。

 もう少ししてからの方がいいかな。

 部室に戻って待ってようかな。


 残り時間を頭の片隅で気にしながら、迷いが尽きることはない。





 泣くな、泣くな、と必死で命令してるのに、どうにも脳は天邪鬼で。



 楽しくやりたい、ミスコンを成功させたい、仲直りがしたい、4人で最高の思い出を作りたい、みんなで笑いたい。


 幾つもの願いごとが浮かんでは、まとまらないまま、水滴に形を変えて目から吐き出される。すぐに袖で拭いて、濡れたYシャツのひんやりした温度を腕に感じながら、また同じ軌道で顎まで流れる涙に袖を近づける。



 こんなことしている時間はきっとないんだけど、今の俺達には必要だったのかもしれない。


 もし、羽織も恭平も、俺と同じような気持ちでいてくれたら。また走り出そうと思ってくれたら。



 呼吸を落ちつけて、顔を拭った。


 もう一度歩き出すまでにたくさん時間を削って。同じくらいたくさんの反省を胸にしまって。





 ***





 足の向くまま体育館まで来た。少し開いた入り口の扉からは、準備を終えたステージが見える。

 入り口前には模造紙のタイムテーブルが貼られ、床には土足で入れるようにシートが敷かれていた。


 もう何時間かすれば、ここが来場者でいっぱいになるんだろう。全景は見えない壇上に、出場者のドレス姿を浮かべて、深呼吸する。






「あのステージでミスコンやってるの想像すると、やる気出るんだよね」

 いつの間にか隣にいた羽織が、ステージを覗きながら言った。


「オレもです。まだ見たことないけど、きっと楽しいんだろうな、って思います」

 後ろから、もう1人の声がした。



 ああ、お前らも見に来たんだな、明日の俺達の舞台を。


 俺もいつの間にか来てたんだ。



「そうそう、まだやることいっぱいあるんだから。俺らがここでのんびりしてる暇はないんだって」

 ほんの少し風が出てきた。3人の髪が、木々と一緒にサワサワと揺れる。


 恭平は少し俯いて、自分の両頬を両手でパンッと叩いた。

 強く、強く、強く、何回も叩く。

「的野先輩、すみませんでした」

 目の前に来て、頭を下げる。


「オレ、作業しながらすごく不安で。インタビューの内容は風見先輩にチェックしてもらいましたけど、いつもは園田先輩が写真の配置とかも見てくれてたんです。だから、これで良いのか、これで良いのか、ってずっと気になってて」

 そう言って、口をキュッと結んだ。


「お二人とも企画の方で忙しいだろうからって遠慮しちゃって……でも、ちゃんと相談すれば良かったんですよね」

 そうだよな。恭平も、悩んでたんだよな。



「ううん、俺もごめんな。去年俺もピリピリしちゃってたからさ、つい世話焼きたくなっちゃって。それに恭平の言う通り、実優さんみたいにうまく進めてあげられなかったしな」

「いえいえ、そんなことないです。すみません、つい勢いであんなこと……」

 もう一度、頭を下げる。



「準備、続けますか」

 いつもの表情が、恭平に戻ってきた。


「おう、続けよう。俺も実優さんに負けないように頑張らなきゃ」

「お互い夜は長いですね」

「だな」

 頷きながら、顎で羽織の方を指す。恭平もそれに頷いて、彼女の前に立った。



「すみませんでした、風見先輩」

「ううん、アタシもごめんね。いっぱい泣いて困らせちゃった」

 空を見ながら、少し深呼吸する羽織。



「よし、あさみん! アタシ達も頑張るから、死ぬ気で頑張れ!」

「分かりました、頑張りますとも!」

 2人の平和な励まし合い。悲しさにまみれていた顔が少し綻んで、いびつな表情で羽織に声をかける。




「羽織、ごめんな」

「ううん、アタシこそ」


 ケンカの度に何度となく繰り返したやりとり。

 いつもの俺達の関係に戻るための、魔法の言葉。



「あ、的野先輩。アレやりましょうよ、しっぺするやつ!」

「3人でやるのかよ」

「あさみん、それ面白い! 3人で輪になって、それぞれ右の人の手首にやろ。ほら、まとすけ、並んで並んで!」



 羽織に肩を押されて、陣形を作る。

 羽織の腕を掴み、右手の人差し指と中指に力を込める。腕を掴んでいる左手は、恭平にギュッと握られていた。



「せーのっ!」


 バシンッ!


 夜の校庭で、変な仲直りの儀式が終わった。

 ちょっと痛くて、バカみたいなことやってて、それをやってる自分達が何だか面白くて、3人でクスクス笑う。



「まとすけ、部室戻ろ! アタシちょっと自販機寄ってから行くね!」

 駆け足で、玄関に向かって走る羽織。


「んじゃ、俺らも戻るか」

「はい、そうしましょう!」


 もう一度体育館を見る。鎌野や伊純さんやばかのんが立っている姿が、さっきより幾分はっきり見える気がする。


 ちょっとくらいすれ違っても、修復して。

 眠くてなっても、このステージを想像してテンション持ち直して。



 まだまだ先の長い夜を、それでも楽しくやれそうで、自然と顔が綻んだ。

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