Act.25 この4人で

「…………まあ、そりゃそうだよな」

 恭平の気に障らない程度の苦笑いで返す。


 確かに、羽織のパソコンはデザインソフトが入ってないから同時に作業はできない。それでも、何とかして負担を軽くしてあげたい。

 実優さんもノートに『恭クンのサポートをしっかりお願いします』と書いていた。



「まとすけ、とりあえず台本ガンガン直してこう! 軌道に乗ったらアタシがあさみんのサポートしてもいいし!」

「そうだな、でもその前にちょっと出てくる」


「うへ? どこ行くの?」

「ちょっと夜食買ってくる。恭平、何か食べたいものあるか?」

「いえ、オレはいいです」


 振り向かず、返事だけする恭平。

 何もしてやれない自分がもどかしくなる。



「羽織は?」

「好物!」

「だからそれを聞いてるんだっての」

 清涼剤のような天然の答えに思わず吹き出して、羽織が注文したチョコをスマホにメモした。






「…………ふう」

 外の涼しい風に体を冷まし、固まった体を伸ばす。


「うしっ!」

 道端に咲いてる花を横目に見ながら、コンビニに向かって走ってみた。




 俺も去年、少しあんな状態になったから分かる。

 恭平の、あの慌て方はまずい。


 実優さんならどうしただろう。俺には何ができるだろう。

 


 着く頃には息が切れて、ポケットに突っ込んでいたグシャグシャのハンカチで汗を拭く。

 どうにもできない想いを振り払うように、菓子パンとお菓子をカゴに投げ入れた。




「……ふうっ!」

 帰り道は、行きよりも速度を上げて走る。


 あの時の俺を見てるはずなのに、何も思い浮かばなくて、何もしてあげられそうになくて、走らないとどうにも気持ちがおさまらない。




 夜食を机に広げてから作業を再開したものの、部室の空気はよどんだまま。


 俺と羽織は、企画案を練り終えて台本作成に着手。サイコロトークの部分はほぼ書き終えて、順調に心理テストへの入り方を考え始めた。


 でも、こちらが順調に進んでることが分かれば分かるほど、恭平は余計に焦った。


 疲労よりも苛立ちが強く入り混じった深い呼吸を繰り返して、失敗すると足を大きく揺らす。

 磨耗した精神に寝不足が後押しして、もういつもの恭平はいなかった。




「恭平、俺達さ、別の場所でやろうか? うるさいだろ?」

「いいです、オレに気遣わないで下さい」

「あさみん、いいんだよ、ちゃんと言ってくれて」

「ホントに大丈夫ですって。別に1人きりでやったって、速く作れるようになるわけじゃありませんし」



 差し出した手も、顔を覗かせた自虐のような弱音に追い返される。

 寝てる実優さんが少し恨めしく思えるほど、俺も恭平もやり場のない想いを抱えていた。




「わっ、もう3時だ!」

 腕時計を見て羽織が声をあげる。


「まとすけ、ちょっと休憩しよ」

「ああ、そうだな」

 羽織のあくびが感染うつって、隣同士、2人で大口を開けた。


 普段ならとっくに寝てる時間。こうして作業を一休みすると、途端に眠気が遊びに来る。



「あさみん、あさみんもちょっと休もうよ! 根詰めても能率あがんないよ」

「いえ、このままだと全然終わらないんで」


 顔は画面を見たまま、背を向けて答える恭平。頻繁に体を揺らしている。



「恭平、これからの俺達の作業を決めたいから、どれくらい進んだか教えてもらってもいいか?」


 そして、それは突然来る。


「全然進んでないです!」


 こっちを向いて、廊下まで響くような大声をあげた。



「全然進んでないです! そんなに急かされてもスピード上がりませんよ!」

 立ち上がって叫ぶように答える恭平。


「あ……いや……ごめん、恭平。急かしてるつもりはないんだ。今は実優さんがいないから、俺と羽織でお前のサポートしなきゃと思ってさ……」

「分かってますよ、分かってますけど、急かしてるように聞こえるんですよ! 的野先輩と風見先輩は順調そうでいいじゃないですか! そんな人に聞かれても、こっちは焦るだけなんです!」


 もう泣きそうになりながら、座ってる俺達の方にゆっくり近づいてくる。



「あさみん……」

「ああ……ごめんな恭平、ごめん。ちゃんと状況確認してさ、何とか終わらせられるようにしようと思った――」

「無理ですよ!」

 遮って、怒鳴るように否定した。



「無理なんですよ! もともとのパンフだって、園田先輩が手伝ってくれてなんとか終わってたんです! 今日の取材だって、先輩が近くにいてくれて、安心してできたんですよ! 急に先輩無しでやれるはずがないんですよ!」


 自分が情けないくらい弱っていることも、全部分かっていて。

 それでも感情のまま、想いを吐き出す、言葉を撒き散らす。



「おい恭平、少し落ち着けって」

「落ち着けませんよ! 出来ないんですよ! 無理なんですよ! オレ達は園田先輩がいないとダメなんです!」



 心を固い刷毛はけで撫でられたような感じがした。

 


 恭平の言ってることは間違ってるわけじゃない。

 俺だって、羽織だって、まだ実優さんに頼ってる。


 それでもこのほんの少しの時間、一生懸命ノートを見ながら、頑張って全体を見渡そうとして。

 それが全部ダメだと言われた気がして、胸の一部が潰れたように締め付けられる。


 

「…………悪かったな、でも、俺にはこれが精一杯なんだ」

 恭平から目を逸らさず、早足で近づく。


「恭平、お前も根性見せろ。俺もできる限りの手伝いはする」

「でも、間に合うかどうか……」

 目を逸らしながら言う恭平の腕を掴んだ。


「お前、誰に言い訳したいんだ」

「的野……先輩……」


「俺達に言い訳したいなら、いくらでも泣き言ぶちまければいい。俺だって羽織だって、悪いと思ってる。手伝ってあげる時間もなくて、1人でやらせて申し訳ないと思ってる」

 黙って聞く恭平。


「でも、それを明日お客さんにも言うのか? 1000人のお客さんに、こっちの事情なんか何にも知らないで見に来てくれる人に、バタバタしてて会長が寝ちゃったからパンフレット作れませんでした、って言うのか?」

「そんなつもりは……ないですけど……」



「ちょっとまとすけ、手離してあげなよ」

 隣に来た羽織が俺の手を握る。


「分かってるよ、すぐ離す」

「そんな風に説教されても全然納得できないでしょ」

「知ってるよそんなこと!」

 勢いのまま、羽織にも強く当たった。



「羽織、お前だって先輩なんだから、言うときは言わなきゃダメなんだよ」

「だからって今言わなくてもいいでしょ! 時間考えなよ!」

「仕方ないだろ! そうしないと恭平が進められないんだよ!」


 俺なりに、なんとかみんなを導きたい。そんな想いと現実との乖離を目の前に突きつけられて、頭の中がグチャグチャになる。



 怒鳴りたいわけじゃない。でも、それ以外に形にできない。

 その苛立ちが余計に自分を追い詰める。「ここまで来たんだから、行くところまで行け」と心のタガが外れて、堰を切ったよう。



「作業はしますよ! しますけど、上手くいくか分からないんですよ! 不安なんですよ!」

「俺だって不安なんだよ!」


 恭平も、きっと一緒。処理できない量の感情が溢れて、ただ発散している。

 そして、もう1人。


「あさみんもあさみんだよ! 分かりもしないこと、さっきから怖がって!」


 隣の彼女も、叫ぶ。


「あさみん、うまくいくはずないんだよ! 失敗すればいいんだ、この時間に眠い目擦ってやってるんだから、全部成功するなんて方がおかしいんだよ!」

「そんな言い方ないでしょ! 風見先輩!」

「あさみんがそんな態度でいるからだよ!」


 羽織が怒鳴った。3人が皆、眠さも状況も全部を理由にして、ぶつかり合う。


 実優さんがいない今、誰も平静に戻れない。


「あさみん、今どんなに頑張ったって、どうせ後悔するよ。後で冷静になって思い返して、どんなに完璧に作ったと思ってたって後悔するんだ。あの時もっとやっとけば良かった、寝ないでやれば良かったって、悔しくなるんだ。アタシだって去年は失敗した、まとすけだって失敗した。だから、あさみんにも同じこと言ってあげるんだ」


 恭平が、目を横に逸らしながら、力なく呟く。


「でも、園田先輩がいないと――」

「あさみんだけじゃないんだよ!」


 羽織が、俺が手を離したばかりの恭平の肩を掴む。

 目を見開いて、歯に力を入れて、キッと睨んだ。



「まとすけがどんな気持ちでやってると思ってんの! アタシがどんな気持ちでやってると思ってんの! みゆ姉がいなくて辛いのがあさみんだけだと思うな!」


 ずっと恭平の方を見ていた羽織が、下を向いた。手だけ、恭平を掴んだまま。



「でもさ……まとすけが一生懸命やってるんだよ……ホントはみゆ姉がやった方が良いはずって、きっと自分でも思いながらやってるんだ……まとすけが…………」



 唾を飲んで喉を鳴らす音と、震える涙声。

 なんだかもう、2人の方を真っ直ぐ向けなかった。


「だから、あさみん。お願いだから、力になってあげてよ……まとすけの力になってあげて…………この4人でミスコンやるの、これが最初で最後なんだ……アタシはただ、楽しくやりたいだけなんだ!」


 泣きながら、羽織が恭平を突き飛ばして、部室を飛び出す。



「恭平……」

 呼びかけると、恭平の目には涙が溜まっていた。


「分かってますよ! オレが悪いんですよ! 放っておいて下さい!」


 机の上にあった、製本済のパンフレット。自分が作ったその冊子を床に投げつけて、部室から逃げるように出て行く。






「…………中止になってもいいのかよ……っ!」


 夕方からずっと張り詰めていて、あんなに一生懸命やってた2人とこんなことになって、もう、どうしようもない。




「ああああっ! くそっ! あああっ!」


 立ち上がって、思いっきり壁を蹴る。


 コンクリートの鈍い音。窓の外の暗闇が静かに見ている。


 部室のドアが開いていようが、実優さんが寝てようが、もう気にしない。



 何度も何度も、馬鹿みたいに蹴る。



「くそっ! ああああああっ!」




 呼吸を荒くして、顔を強張らせて、当てもなく外に出た。

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