Act.24 冷めて、張り詰めて

「恭平、これから編集か?」

 3人で長机に座る。


「そうですね」

「出場者の紹介ページと、あと直すのは表紙だよな?」

 実優さんからもらったノートを見ながら、状況を確認していく。

「はい。表紙も元の出場者とかが写ったやつなんで、差し替えですね」


「新しい出場者の紹介ページもこれからだよな?」

「そうなんです。写真のところはある程度簡単にできると思いますけど、右ページの方はさっきの取材をインタビューっぽく直さなきゃいけないんで……」


 出場者は見開きで紹介する。1ページに写真、もう1ページにインタビュー。

 音楽雑誌の特集とかでよく見る構成だ。


「よし、広告とかは修正入らないから問題ない、と。あとは企画紹介のページだけど、まだ全部の企画が固まってないから先に紹介ページと表紙から作ってくれ」

「わかりました」

 デスクトップに向かう恭平。


「俺と羽織はここで会議するよ。うるさかったら言ってくれ」

「オッケーです!」


 ノートを閉じて、椅子に座り直し、羽織の方に首を向ける。


「羽織、サイコロトーク以外の企画をもう1つ決めよう。そのアイディアは実優さんも書いてなかったから、俺らで考えるぞ」

「おう、がんばろ!」

 そしてまた、時間が風を切るように過ぎていった。








「浮かばないなあ……」

「うう、まとすけ、厳しいぜい……」


 俺は消しゴムをグニグニ押しながら、羽織は定規をビヨンビヨン弾きながら、絶妙なアイディアが頭に湧いてくるのを待って早数十分。


 さっきもサイコロトークを思いつくまでに1時間近くかかっている。新しく1つ考えるのも、同じくらいかかるかもしれない。



「まとすけ、神経衰弱とかどうかな?」

「それ1時間前に言っただろ」

 トリ頭かお前は。


「思いきって、出場者の好きな映画を、体育館のプロジェクター使って流すってのはどう?」

「思いっきりすぎだろ」

 それただの上映会ですけど。


「うう、こうやってじーっと考えてると眠くなってくるよね」

 目を擦る羽織。二重が余計にくっきりした。


「確かにな。もうしばらくして浮かばなかったら、別な作業するか」



 そしてまた2人で考え込む。キーボードをカタカタ打つ音が響いて、実優さんがむにゃむにゃ言ってるのが聞こえて、止まっているような俺達の空間にも残酷に時間が流れていることを教えてくれる。


 ふと、実優さんのノートを見返す。

 企画案を考えるポイントが書いてあるかと思ったけど、「ここは蒼クンとハオちゃんのセンスに任せます! でも、お客さんのことを考えてくださいね」と吹き出しが入っているだけだった。

 ここまで信頼されたら仕方ない。センスで生み出すしかないな。




 他の作業にも、もう一度目を通しておく。


 パンフレットは原稿が出来上がり次第、完成原稿を1枚ずつ刷って、印刷室で配布用に本の形でコピー。ここは結構手間がかかりそうだな。


 企画は案がまとまったら小道具の作成。協賛をくれた企業には、朝になったら無事開催できることを報告するメール。


 司会の原稿も書き直さなきゃだし、企画開始前には出場者を集めて今日の流れを説明しないといけない。


 ぐうう、やることは山積み。出場者が集まっても、現時点で企画がきちんと実施できるイメージはカケラも湧いていなかった。




「恭平、進みはどうだ?」

 椅子から体を伸ばして、様子を聞く。

 今は自分の企画だけ考えるわけにはいかない。


「ううん、あんまり良くないですね……オレ、前作ったときも園田先輩に手伝ってもらってたんで、1人でやるのは結構大変です……」


 深く息をしながら恭平が答える。


「そうか……企画の準備の時間考えると、俺らも手伝ってやれるか分からないから、なるべく頑張ってみてくれ」

「はい、わかりました」


「ねえ、あさみん? 何かいい企画ないかな?」

 羽織が恭平の方を向いて聞く。


「んん、正直全然思いつかないですけど……。一問一答とサイコロトークがあるんですよね? 司会がちゃんと話引き出せれば、それで出場者の魅力は割と伝えられる気がしてるんです」

「ふむふむ、なるほど」

 髪が揺れるほど頷く羽織。


「だから、他の企画やるとしたら、せっかくならお客さんも一緒になって楽しめる企画があればいいなあと思いますけどね」

「そっか、それもありかもね!」


 確かに。実優さんも書いてたな、「お客さんのことも考えてください」って。

 出場者のことばっかり考えすぎないようにしなきゃ。


「風見先輩。歌とか絵描き対決とかダメなんですか?」

「ううん、それはちょっとダメかなあ。みんな不得意なものあるかもしれないからさ、出場者にイヤな思いしてほしくないんだよね」

「ああ、なるほど。そうですよね」


 みんな歌が得意、とかなら対決できたけどな。

 もう2時を回ってるし、今更そこまでリサーチできないし、準備も難しい。


「あさみん、ありがと。ジャマしてごめんね!」

「いえいえ、頑張って下さい」

 パソコンに向き直る恭平。その表情には、少しだけ疲れが見える。




「観客も楽しめる、かあ。でも出場者まったく関係ない企画もダメだよねえ?」

「例えば?」

「クイズやってもらうの。『○だと思う人は左側に、×だと思う人は右側に』って」

「ホントに出場者関係ないじゃん」

 もうそれミスコンじゃないだろ。


「お客さんが楽しめて、しかも出場者のことも知れる……」

 出場者のこと……内面……内面を見抜く……明かされる…………明かされる?



「……心理テスト」

「ん、まとすけ、何か言った?」


「心理テストってどうかな? その場でテスト出して、出場者に答えてもらう。もちろん絶対に当たるわけじゃないだろうけど、他のトークで出場者のこと知ってもらっておけば『心理テストによると実はこんな一面も!』みたいな展開にできるだろ」

「おお!」


「それにお客さんも頭の中でついやっちゃうだろうから、見てて飽きないし」

「うん、いいね! それにしよう!」


 ふう、決まるときは一瞬で決まるんだよなあ。

 よし、後は詳細を詰めていくだけだ。





「心理テストはネットで調べればいいかな?」

「おう! アタシのハオデジの出番か!」


 ハオデジ、本名「ハオリ・デジタルステーション」。羽織が自分のパソコンにつけた名前。もっとカッコいい名前なかったのかよ。


「ふっふっふ、では調べる前に、ここでまとすけに心理テストを出してあげよう」

「なんだお前、持ちネタがあるのか」


 確かに、クラスの女子も昼休み出し合ったりしてるもんな。みんな何問かは持ちネタがあるのかもしれない。



「まとすけが森の中を歩いていると大きな木がありました。それは何メートルの木ですか?」

「んっとね、5メートルだな」

「ふむふむ。さらに歩いていくと、今度は川が見えてきました。さて、川に架かってる橋の長さは何メートル?」

「20メートル!」


「はい! これでまとすけの苦手な人が分かります!」

「嘘つけよ!」

 どういう算式で人名に変換するんだ!


「ズバリ! 中学2年のときの長澤君とか苦手でしたね!」

「それは当たってるけど! お前ただ知ってただけだろ!」

 5と20はどこに行ったんだ!



「あのな、ちゃんと俺の答えを活かせるテストにしてくれ」

「ちぇっ。じゃあね、まとすけの目の前にラーメン屋がありました。まとすけはそこでチャーシュー麺を食べました。さて、その値段は幾らでしたか?」


 …………これ、チャーシュー麺が何かを表してるってことだよな?

 ううん、想像がつかない……。


「じゃあ、700円!」

「はい! その数字は、アナタが結婚する年齢です!」

「その質問は絶対お前の記憶違いだ」

 25円とか言うヤツいる? ねえ、いると思う?


「とにかく、お前のテストは使い物にならないから、ちゃんと調べよう。パソコ……ハオデジ開いて、ネットに繋いでくれ」

「おうとも!」

 小さいパソコンを起動させて、無線LANに繋ぐ。


「2~3問用意しておけば大丈夫かな。時間が押すようなら2問にするとか、調整しよう」

「だね。よし、じゃあサイト見よう!」

 こうして俺達は、しばらくの間「心理テストの小部屋」というページに入り浸ることになった。





「羽織、最後の1問だけど、こっちどうかな?」

「どれどれ……ふむふむ、好きな人への接し方が分かるのか。うん、さっきのよりこっちの方が良いかも。思い当たるエピソードとか聞きやすいし!」


「よし、じゃあこの3本で決まりだな」

「決定! めでたい!」

 2人で軽くハイタッチする。


 サイトで調べて30分、ようやく出題するテストを絞った。


「よし、あとはサイコロトークと心理テストを台本に反映させていこう。あ、サイコロトークのテーマは6つに絞らなきゃな」

 実優さん達にも意見もらおうと思って、候補出したままだった。


「オッケー! よし、なんとか先が見えてきたね!」

 順調と言えば順調。でも、それはあくまで俺達だけの話。




「恭平、進み具合教えてくれ」

 全体の作業スケジュールを考えるために、各ページの進み具合を聞く。


「……1人目が終わって、今2人目です。もっと早く作りたいんですけど……」

 横で話す恭平は、明らかにストレスと焦りを溜めこんだ顔をしていた。



 もう3時近いし、長時間のパソコン作業で目も疲れてるはず。それに何より、作業の進まなさに苛立っている。


 色々な原因が混ざって、その不安定な情緒が落ち着かない手の動きに表れていた。



「そうか……。台本直しの終わりが見えてきたら手伝えるかもしれない。それまでもう少し頑張ってくれ」

「編集できるパソコン1台しかないから、手伝うって言っても難しいですけどね」



 冷めた口調で返す。

 場が、僅かに張り詰める。

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