Act.21 カツラと階段とコーラ

 …………あの、今何て言いました?


「階段落ちか。面白い、乗ったぞ、かざみん!」

 乗るなよ! お前も身を案じろよ!


「おいこら、羽織! 冷静になれ!」

「アタシは冷静だよ! まとすけ得意でしょ!」

「得意とかじゃないんだよ!」

 無理やり経験しただけなの!


「ちゃんとカーブも用意してもらったんだから!」

 階段下から、聞き覚えのある低い声が聞こえてきた。


「的野、楽しみにしてるぞ」

「伊純さん! なんで来たんですか!」

「ああ、風見から階段落ちが見られると聞いてな」

 わざわざカーブまで設置するなよ!



「そしてさらに! まとすけのためにスペシャルゲスト!」

 羽織が2階に向けて手招きする。


「マトスケーノ! 私、フィオレンティーナとまた会えるなんて驚きでしょう?」

「なんでお前までいるんだよ!」

 コットとカツラをつけた鎌野が、踊るように階段を登ってくる。


「今は自主練習の時間なの! それで私、ハオリッタに呼ばれたのよ!」

「自主練習の時間なら練習してろよ! 練習ないなら帰れよ!」

「ナッツはスターター役でアタシが呼んだの!」

 スターターって蹴るだけだろ!



「羽織! 無理だって! 1回考え直そう、な!」

「でも、カノちゃんはやってくれるって言ってるよ」

 隣を見ると、ばかのんは準備体操をしていた。本気かよお前……。


「いや、でもさ、もっと他の対決でもいいだろ! 何も今からこんなことしなくても――」


 言っている途中で、羽織が近づいてくる。

 少し屈んで、頭をトンッと右胸のあたりに当てた。


「まとすけ、勝てば出てもらえるんだよ……ミスコンやれるんだよ……それでも、どうしても……ダメ?」


 上目遣いで俺を見る羽織。

 コイツ……ついに女子だけが持つ特殊能力「おねだり」をマスターしたのか……?


 クソッ、どうする。こんな頼まれ方されたら、やるしかないのか……。

 と、考えもまとまらないうちに、俺から体を離した。


「ねーねーまとすけー! お願いー! やってよやってよー!」

 じたばたと腕を振り回す。


 変わってなくて残念なような、安心したような。


「ねーまとすけー! やってよー! ミスコンやりたいよー! みんなでミスコンやろーよー!」

「わーったわーった! やるよ、やればいいんだろ!」

 ミスコンのためなら階段でもコーラでも何でも来い!






「それでは、位置について!」

 羽織の合図で横になる。なんだこのスタート体勢。


「カノちゃんから先に、スタート!」

「見知らぬ人よ、私、フィオレンティーナが蹴ることを許して!」


 ドカッ!

 ゴロゴロゴロ……

 ばかのんから先に、転がりだした。


「おー痛いねー痛いよー」

 あんなにダルそうに痛がるヤツ初めて見たな……。



「よし、まとすけ、行け!」

「死ね、マトスケーノ!」

「どんだけストレートな罵倒なんだよ!」


 ゲシッ!


「どわああああああああ! イテテテテテテ!」

 死ぬ! 死ぬ! やっぱりやめる! もうおうち帰る! 痛い痛い痛い痛い!


「目が回るねーすごいなー」

「ぐえええええええええ!」

「まとすけ、抜け! カノちゃん抜いちゃえ!」

「できるかああああ!」

 階段落ちに相手を抜くって概念はないんだよ!



「ナッツ! 2人とも止まりそうだから蹴り直して!」

「2人とも、私、フィオレンティーナの鞠になりなさい!」

 もうお前のキャラ、平民でも農民でもないぞ!


 ドカッ!


「おー加速したー転がるー痛いなー」

「うがああああああああ! ぎょえええええええ!」


 伊純さんがルンルンと撮影しているのを回転する横目で見ながら、ほぼ同時に1階へ着いた。






 ハア、ハア、何とか終わった……。

 これからコーラ飲むのかよ……何の罰ゲームなんだよ……。


 ヨロヨロしながら目の前の机に行き、ボトルのキャップを開ける。

 ばかのんもほぼ同じタイミングで机に来て、キュッとキャップを回した。


 よし、1本目はペース抑え目にして飲もう。

 3本ってことは持久戦になるだろうし、あまり急がずに――


「よし、1本目終わったー」

 早っ! もう飲んだのか? まだ20秒も経ってないぞ!


「まとすけ、頑張れ!」

 1階に下りてきた羽織が叫ぶ。どうやら伊純さんと鎌野は帰ったらしい。

 人としてその薄情さはどうなんだろう。


「ふう……」

 よし、なんとか1本目が終わった。


 横目でしか確認できてないけど、ばかのんのペースは明らかに落ちてる気がする。

 2本目、ここが勝負のポイントだ。

 3本目でスパートをかけるためにも、ここはばかのんとの差を少し縮めるくらいにしよう。


「ぐう、なかなかキツイねー」


 よし、敵は口を離した! ゲップ地獄だ、かなりキツそうだぞ。

 今のうちに、ゆっくり着実に差をつめ――


「まとすけ、垂直!」

 グイッ!

 両手でがっしりと握り、ボトルを立てる羽織。


「んーーーーーーーーーーーっ! んぐーーーーーーーーーーーーっ!」


 みるみる減っていくコーラと体力。

 ば、ばか羽織め……何しやがる……

 俺が70歳だったらショック死してたぞ……



「ぐううう……」


 クソッ、まずい、炭酸がお腹に溜まりすぎた……

 2本目を飲み終えたのはほぼ同時。


 しかし、ばかのんの方がさっきゲップしまくった分、有利だ。もう3本目に口をつけている。

 仕方ない、俺もいったんゲップタイムを取ったうえで勝負に――


「口を休めてる暇はないの!」


 わざわざキャップを開けて、コーラを口にあてがう羽織。

 こ、こいつ……いつか刺し違えても倒してやる……っ!


「まとすけ、いけるでしょ!」

「んーーーーっ! んーーーーっ!」


 必死に首を振る。こういう声の出し方、テレビで見たことあるぞ。猿轡さるぐつわをされた被害者が拳銃当てられながら、泣き叫ぶんだ。


「まとすけ! 叫んだって何も解決しないよ!」


 何でこいつの方が立場が上なんだ。

 あれ、何だろう、何か涙出てきた。


 横を見ると、ばかのんもフラフラ揺れながら3本目を飲んでいる。

 少し飲んでは、口を離して息を吸うばかのん


「さすがに……カノも……これは……キツイな…………」


 ねえ、何で俺達、戦ってたんだっけ?

 争いの渦中にいる、漫画の主人公みたいな台詞を浮かべてみる。



「カノちゃんもうフラフラだよ! まとすけ、勝ってミスコンやろう!」

 もう……ミスコンとか……いいんじゃないかな……


 次の瞬間。

「グハッ!」

 コーラを撒き散らし、否、噴き散らして倒れるばかのん。


「まとすけ、今だ! いっけええええええええええ!」


 ああ……夕方購買部で飲んだコーラはおいしかったなあ……。

 垂直にされた3本目のボトルを睨みながら、目に涙を滲ませながら、遠のく意識の中で、ただ喉を動かした。





「ねーまとすけー! いつまで横になってるの!」

「ちょ……ちょっと……待て……」

 ハァハァ。うぷ。ぐふ。し、死ぬ……。


 ばかのんを見ると、四肢を投げ出して、髪の毛はグシャグシャ、ちょっとした殺人事件の様相を呈していた。


「ば……ばかのん…………大丈夫か…………?」

「カノは……平気……ゲフ……」


 吐血してるような台詞に聞こえるので「わかったからもう喋るな!」とでも言いたいところだが、ただのゲップだ。


「ばかの……約束……守……」

「仕方な…………出るよ……ノー……コピーも……もらえるし……」

 息絶え絶えの2人。



「やったー! 3人揃ったー! やったね、まとすけ!」

「う……ん……そうだな…………ゲフ……」


 7月9日、土曜日。四季祭当日になった直後。

 ようやく、ミスコンの出場者が集まった。




 でも胸の辺りで膨らんでいるのは、期待じゃなくて気体に違いない。

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