Act.20 ボクの得意なこと

「じゅ、授業のコピー……?」


 回していたマジックを止めるばかのん。明らかに興味を示している。


 羽織が思いついた出場者へのエサ。首席クラスの先輩の、しかも丁寧にまとめられた2年半分のノートなんて、試験や受験が少なからず頭をぎる生徒にとっては垂涎もの。俺だってほしいぞ。


「ばかのん、お前夏の試験はどうだったんだ? どうせ授業のノートなんてちゃんと取ってないんだろ? 勉強できる人のノートは見やすくて分かりやすいんだぞー」

「み、見やすくて分かりやすい……」


 ばかのんも羽織も天然であることは間違いないけど、羽織に比べばかのんの方が勉強もできない。ただ、勉強が大っ嫌いというわけではないみたいで、「ちゃんとやればできるんだよー」というのがばかのんの口癖。

 このノートのコピーというプレゼントは、そんな彼女にとって魅力的に映るに違いない。



「うーん、コピーは出場すれば絶対もらえるのー?」

「そうだよカノちゃん! もう実優さんに許可はもらってるからだいじょぶ!」

「むー、迷うなー」


「迷ってる場合じゃないよカノちゃん! ただ出るだけで、ネックレスとノートのコピーがもらえるんだよ!」

「んー、でもなー、うーん……」


 かなり傾いているようだけど、なかなか踏み出さないばかのん。

 もう一歩、もう一歩何かあれば……。




 その時。羽織がこっちを向いて力強くコクッと頷いた。

 スポーツ漫画でよく見る「任せて」のサインだ。

 おお、さすが羽織。何かこの状況を打破できる策があるってことか。



「カノちゃん、アタシの話を聞いて」

 ばかのんの肩をガシッと掴んで真剣な顔になる。

 なんだなんだ、何が始まるんだ一体。


「アタシ達ミスドは勝負を申し込む! この勝負に負けたら、ミスコンに出て!」


 なるほど、勝負事か。羽織ウマいなあ。

 そうそう、ばかのんも羽織と同類だから、こういう展開になればきっと……


「お、かざみん! 内容によっては受けて立とうぞ!」


 よし、食いついた! あとは勝負の内容を決めればいいな。


「そう言ってくれると思っていたよカノちゃん、いや、我が同志! さあ、血も沸き立つような、闇色のゲームを始めようじゃないか!」

「クックック、お前達がカノに勝てるとでも? では負けたらお前らの頭でも差し出してもらおうか。もちろん、首から下があろうとなかろうと、カノの知ったことではないがな」



 …………ちょっと待て。何だ2人とも。口調まで変えて、演技に入り込みすぎじゃないか。

 このテンションはマズい。揃ってこのシチュエーションに燃えている。

 弾丸系女子が2人に増えた。


 このままだと殴り合いの勝負とか言い出してもおかしくないぞ。とりあえず話に割って入って――



「勝負は敵の流派に合わせるのが礼儀。よってここは、まとすけ対カノちゃんの、コーラ一気飲み勝負で決着をつけようではないか!」


 ………………あ?


「カノちゃんは中学のときから一気飲みが得意だったろう? それにもしまとすけが勝ったら、カノちゃんのメンツは丸潰れだ。そのときは潔くこの血塗られたゲームでの敗北を認め、ミスコンに出るがいい!」

「かざみん、受けたぞ! こんなに血が騒ぐ勝負は久しぶりだよ、クククッ」


「よし、異存はないようだな」

「ちょっと待て羽織!」

 異存あります! 異存だらけです!


「なんで俺が出る話になってんだ!」

「んあ、ごめんまとすけ、演技にアツくなっちゃって『この勝負にまとすけも巻き込まないと……!』と思ってさ」

「いいんだよ巻き込まなくて!」

 テヘヘと頭に手をやる羽織。そんなおてんばな感じはいらないよ!


「大体なんでコーラ一気飲みなんか選んだんだよ!」

「まとすけと、夕方一緒にコーラ飲んだの思い出したからさ!」

「だったらもういいでしょ! 飲む必要ないでしょ!」


 ばかのんに目をやると、いそいそと部室に設置した冷蔵庫に向かっていた。おい、アイツ何か取りに行ってない? ねえ? 取りに行ってない?


「ばかのんに勝てるわけないだろ! アイツめちゃくちゃ速いんだぞ!」

 中学の時に何度か見たけど、水みたいに飲んでた気がする。


「ううん、まとすけ、それでもアタシ達は勝たなきゃいけないんだよ」

「なんでお前が諭す体勢なんだよ!」

「大丈夫だよ、まとのん、否、炭酸王子よ!」


 ばかのんが冷蔵庫を開けたまま振り返り、真剣な眼差しで言った。

 いや、そんな変な王子に認定するなよ。


「確かに普通に闘ったらカノが勝ってしまうだろう。だからかざみん、もっと公平になるように、カノから提案させてほしい!」

「いや、ばかのん、そもそもまず別の対決にするってのはどうだ?」

「カノちゃん……分かったわ、教えてちょうだい!」

「いいだろう」

「話聞けよ!」

 こんな状態じゃ何言い出すか分かりゃしな――




「カノからの提案。それは……3本勝負だ!」



 また何か言い出してますけど……



 【3本勝負】剣道等における基本的な試合形式。2本先取した者が勝者となる。



「3本のペットボトルコーラを先に飲みきった方が勝ちだ!」



 【3本勝負(補足)】なお、飲料早飲みの場合にも使われる。この場合、先に3本飲んだ者が勝者となる。




 …………意味が変わっている! しかも多分最悪な方に!



「カノちゃん……考えたわね……でもやるしかない、受けた!」

「受けない! 無理だってばかのん! 1.5リットルだぞ!」


「だいじょぶだ、カノもやったことない」

 じゃあ何が大丈夫なの! ねえ!


「まとすけ、男に二言はないんでしょ!」

「一言目も俺じゃないよ!」

 なんで俺が言い出したことになってんだよ!


「羽織、頼むからもっと俺に合ってる試合にしてくれ! 3本だってアイツに勝てるか分からないんだぞ!」

「うーん、まとすけが勝てる試合か…………」


 考え込むこと20秒。突然、パアァっと顔が綻んだ。


「おっ! おおおっ! おおおおっ!」


 すみません、気分が悪くなったんで帰ってもいいですか。

 なんか隣の人がどうしようもないこと閃いたみたいなんですけど。


「カノちゃん、試合の方法決めた! 準備するから、ちょっと待っててね! あ、コーラ持ってくね!」

 コーラのペットボトル6本を持って、羽織は部室を出て行った。





 落ち着け、コーラを持っていったってことは飲むのは間違いない。

 で、なんで外に行ったんだ。ここで飲むんじゃないのか。

 なんだアイツ、何考えてるんだ。怖い! 読めない分、ホントに怖い!


 恐怖を紛らわすため、そして一応試合の準備のためにトイレに行く。



 数分考えを巡らせるも、結局予想もつかないまま、炭酸部の部室に戻ると羽織が迎えてくれた。




「よし、まとすけ、行くぞ!」

 行進のように手を振って廊下を歩く羽織。それについていく俺とばかのん。


「カノちゃん、さっきは敵の流派に合わせるとか言ったけど、やっぱりコーラを飲むのはカノちゃんに有利すぎるんだよね」

 振り返りながら、羽織が話す。


「なので、アタシからも提案! まとすけが得意な種目も加えてほしい!」



 俺の得意な種目って何だ? まあ勉強ならばかのんよりは……あるいはスマホのゲーム? パズルとかなら勝てそうだな……何だろう、分からない。


 え、どうしよう、怖いんですけど。帰っていいですかね。



「うん、いいよー。その方が面白いしねー」

「ふっふっふ、言ったな、小娘。お前にまとすけが倒せると思うなよ」

「バカめ、どんな種目が加わろうと、カノのコーラ早飲みの前では無力よ!」

 急に演技に入るなよお前ら。



「それで、かざみん。勝負の内容を教えてもらおうか」


 廊下を途中で曲がって階段に向かう。なんだよ、ここで戦うんじゃないのかよ。



「コホン。に机を置いて、コーラを3本用意したわ」



 羽織が、階段の手前で足を止める。



 階段を下りた先に、見覚えのあるハーフパイプがあった。




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