Act.19 気だるいあの子
「ばかのん、もう帰っちゃったかな?」
アイツのいる部室棟には部室周りしてなかったから、まだ作業してるかどうか分からない。
「アタシ、連絡してみるよ!」
SNSでスタンプ爆撃をすると、2分で返ってきた。
「よっし、まだやってるって! 1人でやってるみたいだよ」
「好都合だな。でもあの部、四季祭で何やってるんだ?」
「確か、『この季節のオススメ飲料ベスト5』とか発表してたと思う。あと、オリジナルドリンクの試飲会だったかな」
恐ろしいほど速い指の動きで、返信を打ちながら答える羽織。目の飛び出たタヌキのストラップがくるくる回る。
「結構大変なんだな。まあ、その準備で残っててくれてたんだからラッキーだ」
「うん、その通り! それじゃまとすけ、部室棟までダッシュだ!」
「うっしゃ!」
よーいどん、なんてなくても2人で走り出す。さっき飲んだコーラも気にしない。
少しでも早く、部室棟へ。死ぬ気で交渉して、ミスドの部室に、待っている恭平と実優さんに、朗報を届けようか。
***
今日初めて訪れる、一番新しい部室棟の3階。
廊下を歩いた奥に、その部室はあった。
炭酸部。その名の通り、炭酸飲料水の味比べや歴史の探求を主な活動としている部。
そんなバカな部があるか、というツッコミを他校の友達から受けたけど、カップラーメン研究部があるんだからこんなバカな部があってもおかしくはない。
でも改めて考えるとすごい部活だよな……。毎日炭酸飲んで過ごしてるのかな。
部室のドアには「炭酸部へシュワッチ!」と意味不明な挨拶が掲げられていた。
ノックして、「どうぞー」の声に続いて入る。
「おっす、ばかのん! 久しぶりだなー」
「ばかのんじゃないよー。まとのん、カノのことは、カノちゃんって呼んでー」
ばかのんは、机に敷いた模造紙にマジックを這わせながら返事をした。
中学1年・2年と同じクラスだった
変わった苗字、優しそうな大きい目、幼さの残る可愛い顔立ち、ふにゃふにゃのアニメ声で、初対面のインパクトはばっちり。
本人は「カノちゃん」呼びされたいらしいけど、中学時代に羽織と比肩する天然っぷりを目の当たりにし、以来親しみを込めて、略称で「ばかのん」と呼んでいる。
「カノちゃん、久しぶりね!」
羽織も俺と喋るときは「ばかのん」呼びだけど、本人にはちゃんと希望通りの呼び名で呼んであげていた。
「かざみんー。元気ー?」
「うん、元気だよ! カノちゃん相変わらず小さくてかわいいぜ!」
150センチあるかないかの小柄なばかのんは、羽織に色の似たベージュのセミロングストレートで左のおでこをちょこっと出している。
手首にストーンアクセサリーつけるのは、中学のときから変わってないな。
空いている椅子に羽織と2人で座りながら話を続ける。
「結構準備するの大変なんだな、炭酸部も」
「んーそだねー。今回は各メーカーのコーラのランキング作ろうと思ってて。そのまとめがもう少しなんだー。他の部員はみんな帰っちゃったしねー」
この気だるそうな喋り方も久しぶりだぜー。
「なんでお前だけ1人で残ってんだよ」
「カノの担当部分で書き忘れてた部分があったんだよー。帰る直前に気付いたからみんなには帰ってもらったんだー」
模造紙を横にどけ、マジックをくるくる回しながら話すばかのん。
「なあ、ちなみにさ、炭酸部って普段何やってるんだ?」
完全な興味本位で聞いてみる。
「んー? まあ炭酸飲んで過ごしてるね。新商品いっぱい出てるし」
「やっぱり……何かすっごく体に悪そうなんだけど」
「大丈夫だよ。トクホの炭酸とかも出てるし」
「そういう問題じゃないと思う」
糖分が恐ろしいことになってませんか。
「でー、今日はどしたのー? なんか手伝いに来てくれたのー?」
「いや、違うんだ、ばかのん」
「んとねカノちゃん、アタシ達からお願いがあるんだけど」
「わかった! 最近のカノのオススメ炭酸を聞きに来たんだなー!」
急にテンションが上がるばかのん。
「ミスコンに出てほしいの!」
同じくテンションを上げながら、スマホでミスドの特設サイトを開く羽織。
「この『シトラスフラッシュ』ってヤツが最近のイチオシだねー! 柑橘系の酸味が抜群なんだよー!」
ばかのんも黄色のペットボトルを取り出した。
「実はミスコン出場者のみんなが病気で全員倒れちゃってね、困ってるんだ」
「普通柑橘系の炭酸って甘く仕上げちゃうメーカーが多いんだけど、これは違うんだよねー」
「カノちゃんなら絶対優勝できると思うし!」
「夏には絶対オススメだね!」
…………会話がまるで成立してない!
2人とも自分が説明するのに一生懸命になりすぎて、全然相手の話を聞いてない。羽織なんか、漫画なら汗が飛んでる絵になってるはず。
「しかも、自分の企画の宣伝もできるし、出場するだけでネックレスがもらえるんだよ! 優勝者には旅行券も贈呈!」
「かざみん、味見してみたいー? 2本あるんだけど」
「カノちゃん、お願いします!」
「仕方ないなー。特別だよー!」
「すごい! まとすけ、切り札も出さずにうまくいった!」
「いってないから! 何にもうまくいってないから!」
最後だけ噛み合っちゃったけどさ!
「羽織、ばかのん、お互い全然違う話してるぞ」
「えー、かざみん違う話してたのー?」
「カノちゃん違う話してたの!」
いや、どんだけ自己中に話してたんだお前ら。
「ばかのん、とりあえず炭酸の話は後で腐るほど聞いてやるから、まずは俺達の話を聞いてほしいんだ」
「なにー? あとカノちゃんって呼んでよー」
「んっとねカノちゃん……」
さっきの話をもう一度繰り返す羽織。
「というわけで、ミスコンに出てほしいんだ。アタシ達、他に頼れる人がいなくて……」
「うーん、ミスコンかあ」
「何か悩むところがあるのか、ばかのん?」
「あれでしょー? ミスコンでドレスとか着るやつでしょー?」
「カノちゃん、ドレスとか興味ないの?」
羽織がドレスアップのページを見せながら聞く。
「うーん、カノ、初めてのドレスはパーティーとかで着てみたいんだよねー」
「ばかのん、今回着るのはウェディングドレスだから、パーティーで着るやつとはちょっと違うぞ」
「へー、そうなのかー」
パーティーで着るのはカクテルドレスとかいうやつだもんな。
「カノちゃん、パーティーってどういうの言ってるの?」
「もちろんパーティーっていったらアレだよー」
何か自信ありげに話し始めるばかのん。
「金塊が積まれてて、ライオンが口からお湯出してるお風呂があるところだよー」
「………………」
沈黙は金。この金を集めてお風呂に並べてやろうか。
「わかるわかる! アタシもそういうパーティー憧れる!」
ヘルプ! ここにバカが2人います!
「アタシさ、食事も楽しみなんだよね! 魚がまだピクピク動いてる料理が出てきて、白鳥のカッコしたバレエの人が踊ってて、横でお兄さんが人間をトラに変えるマジックをやってるんだ!」
「うん、わかるわかるー。で、カノの部屋にはトラの敷物と暖炉があって、時間になると壁掛け時計から小さいカラクリ人形が出てきて踊るんだー」
「ばかのん、お前が変わってなくて安心したよ。あと羽織も」
とびっきりの笑顔で言い放つ。
「まとのん、なにがー?」
「どしたのまとすけ?」
「そんなパーティーは存在しないよ!」
日本人はみんなお寺に住んでる、みたいな外国人の誤解と同レベルだ!
「とにかく! ドレスはパーティー用とは少し違うから大丈夫だぞ」
「カノちゃん、ドレスさえだいじょぶなら出てもらえるの?」
「んー、いや、その、やっぱり出るのが少し面倒なんだよねー。別に旅行券とかもいらないしさー」
ふっふっふ、そうだろうそうだろう。
ここまでは予想通り。コイツならそう言うと思っていたさ。
いくぞ、切り札発動!
「ふっふっふ、ばかのん。そういうと思って、今回は出場者にスペシャルなプレゼントを用意したんだ」
「プレゼントー?」
「お前、園田実優さんって知ってるか?」
「知ってるよー。うちの近所に住んでて、秋になると柿くれるオバさんだよー」
「いや、それは多分同姓同名だ」
なんで突然そんなオバさんの話するんだよ。
「うちの学校の実優さん! ミスドの先輩の!」
「あ、カノも名前は聞いたことあるよー。キレイで凄く頭いい人だよねー」
「そうそう。学年で3本の指に入る秀才だぞ」
「へー、すごいなー」
「ばかのん、実優さんが1年のときからの授業のノートを全部保管していて、そのコピーを全部くれるって言ったらどうする?」
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