Act.18 釣り針を投げに

 一度噴き出した苛立ちは、もう止まらない。

 分かってくれない羽織への怒りと、言い合いを加速させている自分への怒りと。

 全部が混ぜこぜになって、キツいトーンで彼女へ飛んでいく。


「もう23時過ぎてるんだぞ。どこかでライン引かないと、ずっと企画やるかどうか分からないままグダグダ話してることになるだろ」

「仕方ないじゃん、いい考えが浮かばないんだもん!」


「でも、それで終わらせたら誰も喜ばないだろ。鎌野や伊純さんもだし、実優さんだって――」

「だからみゆ姉は関係ないでしょ!」

 下を向いて、羽織が少し強く言う。



「まとすけ、さっきからみゆ姉のことばっかり! 好きなのか何なのか知らないけど、今は出場者のことだけ考えてよ!」

「……は…………?」


 …………何言い出してんだ、お前。



「出場者が辛い思いしないようなミスコンにしなきゃでしょ!」

「……お前、実優さんのこと考えないで話できるのかよ! 今年で終わりなんだぞ! 俺だって出場者のことは考えてるよ!」


 羽織に対抗するように、自分勝手に声のボリュームが増す。



「鎌野と伊純さんにちゃんと聞いてみればいいだろ! それで出たくないって言われたら中止にすればいいんだ!」

「だからそんなことアタシ達が聞いたら断れないって言ってるの!」


「聞いてみなきゃ分からないだろ! お前いつまでもここでアイディア出るの待ってるのかよ! どこかで区切りは必要なんだよ!」

「それはそうだけどさ!」


 平行線の意見は交わることはない。お互い、搾り出すように言葉をぶつけ合う。

 イライラしてる自分が情けなくて、余計に声が大きくなる。



「2人でも出てくれるならやりたいだろ! 何も動かないで諦めるのかよ! 絶対やろうって、お前が言ったんだろ!」

「言ったよ! 言ったけど、無理にやることないじゃん! みんなにイヤな思いさせてまでやることないじゃん! 大体まとすけは――」


「はい、そこまでですよ」



 今まで戦っていた相手と違う声に振り向く。

 ドアを開けた実優さんが、笑顔のまま、ドレスの入った紙袋を提げて立っていた。



「実優さん、聞いて下さい! コイツが――」

「みゆ姉聞いて! まとすけったら――」

「ふふ、2人とも落ち着きましょうね」

「もご……」

 今日の夕方と一緒、口に手を当てて止められる。


「あんまりピリピリしちゃダメですよ。ミスコンは楽しい企画なんですから。楽しい企画は楽しい同好会から生まれるんです」


 紙袋を床に置く実優さん。後ろから入ってきた恭平の表情は、どう俺達に声をかけていいか悩んでいることを教えてくれた。



「とりあえず、2人でコーラでも飲んで落ち着きましょうか」

 実優さんがニコニコしながら、自分の財布から2本分の小銭を取り出した。


「蒼クンの言うことも、ハオちゃんの言うことも、どっちも分かるし、正しいと思います。でも、今の状況を考えれば、どうすればいいか、答えは出るはずですよ」





 実優さんに薦められるまま、購買部に来た。

 黙ったまま、今日何本目か分からないコーラを買って、羽織に渡す。


「……ほらよ」

「……ありがと」



 ケンカしてた相手からお礼を言われると、つい苦笑いが漏れる。


 プルタブを開けて、2人とも同じタイミングで首を上に傾ける。少し甘ったるいけど、炭酸が喉の中を弾けて通るのが心地いい。


 今までの熱気を冷ますような4℃の刺激に、頭の中は次第に整理されていった。




 出場者も、実優さんも、恭平も、俺自身も、そして羽織も、みんなが喜べるミスコンにするにはどうすればいいだろう。

 それにはやっぱり、3人目の出場者を集めるしかない。


 こんな状態で2人でミスコンをやっても、きっと誰かがマイナスの感情を背負いこむことになる。

 そんなミスコン、やりたくない。やっても、面白くない。


 実優さんが言ってた「今の状況を考えれば、どうすればいいか、答えは出るはず」ってのは、きっとこういうことなんだろう。




「羽織、ごめんな」

 まっすぐ羽織を見て謝ると、羽織も頬を掻きながらペコッと頭を下げた。


「ううん、アタシもなんか変にこだわってアツくなっちゃって。まとすけの言いたいことも分かってたし。ごめん」


「いや、お前の意見が正しいよ。やっぱり2人だと誰かイヤな思いするだろうし。とりあえず3人目探して、どうしてもダメなら実優さんと考えようぜ。中止かどうか決めるの、それからでも遅くないだろ」

「ん、その通りだね!」



 缶を捨てる羽織をジッと見る。「よっしゃー!」と腕を回して意気込んでいるその様子が、それを見てる自分が、なんだかもういつも通りすぎて可笑しかった。


「羽織」

「ふえ?」

 フッと笑うのを堪えて、顎で指図する。


「手首出せ」

「……まとすけも!」


 パシッ

 バシンッ


 仲直りの、いつものしっぺ。


「……ぐう、いつもより痛いよ、まとすけ」

「ちょっと強めにしてみた」

「なんだよー、まだ怒ってるのー!」

「べっつにー」


 言い終えて、2人で笑う。

 さて、俺達を待ってる人のために、もう一頑張りしようかな。



「もういい加減残ってる人も少ないし、早めに作戦立てなきゃな」

 もう部室棟の明かりも僅か。作業申請を出してる団体しか残っていない。



「ふっふっふ、まとすけ。アタシを誰だと思ってるんだい!」

「どうしたんだ急に」

 胸を張る羽織。両手を腰につけてエッヘンの姿勢なので、相変わらず色っぽさの欠片もない。


「出場者をゲットするためのエサを考えたのさ! しかも、誰がもらっても嬉しいものだぜ!」

「ホントか! どんなのだ!」


「フッフッフ、さっきの会話の中にヒントがあったのよ。んっとね……」



 誰が聞き耳を立ててるわけでもないのに、耳打ちしてくる羽織。



「…………うん、いいアイディアだな」

「でっしょー?」

 にはは、と笑いながら、人の腕をバシバシはたく。


「よし、実優さんにこれで良いか確認しよう」

「おう! 連絡入れとくよ、アタシ。ついでに仲直りしたって報告する!」

 そう言って、スマホに乗せた指が踊り出した。



「で、あとは、誰に向けてこの釣り針を投げるか」

 確かに誰がもらっても嬉しいだろうけど、ある程度絞って当たらないといけない。


「バカなヤツの方がいいな……」

「まとすけ、バカとか言わないの! でも、2年生とか1年生の方がいいよね」


「そうだな。それで俺達の知り合い……」

「知り合いでバカの子かあ」

「羽織、お前も失礼だぞ」

 自分で言ってるじゃん。



「俺らの知り合いで、バカ……バカの子……」

 ん? バカの……?



「あっ!」

「そうだよ、まとすけ!」



 お互い、浮かんだヤツは一緒かな。さあ、ユニゾンいきましょうか。



「ばかのん!」



 最後の出場者候補、アイツの名前が、2人の口から飛び出した。

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