Act.17 苛立ちを募らせて

 戻ってきた部室は、暗いままだった。


「みゆ姉とあさみん、まだ帰ってきてないね」

「鎌野の後、伊純さんのところにも取材行くからな。23時過ぎくらいじゃないか」

「あ、そっか。ドレスの試着とかもあるから時間かかるもんね」


 椅子に座って、2人で会議を始める。



「部活の企画宣伝ができますよ、って以外に、特典があるといいな。俺達の交渉に役立つようなやつ」

「特典かあ……ううん……」

 考え込む羽織。その顔には、ちょっと疲れが見えた。


「参加賞の賞品増やすってのどうかな? アタシ達で買ってさ」

「物で釣るか……あんまりやりたくないよな」

 極論、お金あげるから出てくれ、みたいなもんだし。


「そうだよね、まあこれは最後の手段ってことで」

 ボールペンをノックしながら、浮かない声で続ける。


「ちなみにさ、まとすけ。旅行券とネックレスの他に、どんな賞品が候補に挙がってたんだっけ?」

「うん? ああ、コスメセットやポーチじゃなかったっけ? 人によって好みがありそうなものはやめようってことになって却下だったけどな」

「ああ、そういえばそんな案も出てたね」


「そこらへんの話、実優さんがノート取って残してるはず」

「へえ、みゆ姉すごいな、全部残してるんだ」

「授業中取ったノートも、1年のから全部残してあるって言ってたぞ」

「すごい! 几帳面だなあ!」

 うん、俺は去年のノートなんかきっと捨てちゃってるもんなあ。


「それで、まとすけは何か思いついたの?」

「いや……いいアイディアが出ないな」


 そう言いながら意味もなくシャーペンを回して、いいアイディアとやらがペン先にまるのを待っている。





 そこからの話し合いは、時間がゆっくりと、容赦なく流れた。


 ただただ、交渉の切り札になるような特典を探して、時折どちらかが案を出しては、なんとなく響かずその場から煙のように漂って消える。

 時間が無駄に溶けていくようで、そのことが余計に俺達の疲労を加速させた。


 名案が出ない限り、このままずっとこうしているんだろうか。

 動き回って、焦りまくって、疲れきった心身に、容量の知れない時間の固まりが圧し掛かってきて、精神を削る。





 30分経っても、候補になりそうな案も出てこなかった。


「……まとすけ、どう?」

「さっきの以外は思いついてないって。そっちはどうなんだ?」


 焦りから生まれた苛立ちを乗せて答える。


「思いついてたら聞かないでしょ」

 向こうも少し、言葉に棘が生えてきた。


「やっぱり何か賞品増やした方がいいかなあ」

「それは最後の手段だってまとすけが言ってたんじゃん。実優さんも反対するかもしれないって」

「ああ、分かってるよ。何も浮かばなくてつい言ったんだ。そんな怒るなって」

「怒ってない」



 空気が濁ったまま凍る。お互いの不安定な情緒をどちらも諌められないまま、また黙り込む。



 恭平から、23時半前に戻ります、と連絡を受け取り、明るい空気の消えた部室は、もう少しだけ、俺達だけのものになった。



 窓の外は見たくない、聞きたくない。

 夜が深まっていくのを、生徒の声が聞こえなくなるのを、感じてしまったら、もうそこで誰かに「ゲームオーバーだよ」と言われたような気になるんじゃないか。


 ただ漠然と「この4人なら頑張れる」と思ってた心に、「やっぱり開催できませんでした」という濁った可能性が侵食してきて、鼓動が早まる。



 小休止を入れようにも、そんなことで時間を消費したらますます焦りは募るに違いない。ジレンマに捕まり、気持ちばかり先を急いで、「アイディアを考えなきゃ」という想いだけが先走る。

 それはきっと、無意味にノートを捲っている羽織も同じ考えのはず。









 あれからさらに時間が経った。

 開け放した窓から流れ込む風は少し涼しくなって、羽織の髪をいたずらっぽく撫でる。それを少し嫌がるかのように、彼女は小さく首を振る。


 もう10分もすると実優さん達も戻ってくる。


 この時間がとても不毛に思えて、それでも、このまま交渉しても何の結果も出ないってことも十分に分かっていて、だからこそ何かが生まれるのをすがるように待っていた。


 でも、でも。時計が執拗に刻む秒針の音を耳にして、近くの部室から漏れる雑音から皆帰宅していくことを知ってしまって、呼吸するようにため息を繰り返す。

 およそ今の会議とは縁遠い提案が、頭を渦巻いた。




「なあ、羽織」

「何?」

 真顔で訊き返してくる。


「最悪、2人でやるってケースも考えておいた方がいいかもしれないな」

「え? なんで?」


「実優さんは3人以上が良いって言ってたし、俺も理由聞いてその通りだと思った。でも、実際に3人目が集まるかどうか微妙なラインだろ? もうこんな時間だし、出場者を捕まえるアイディアも出ないかもしれない。そのときのことも考えておいた方がいいんじゃないと思って」

「……まとすけ、それ本気で言ってる?」


「いや、もちろん出場してくれる2人には事前に了解取るよ。2人になっちゃうんですけど、って――」

「そういう問題じゃないと思う」


 羽織が、真っ直ぐこっちを見た。


「ナッツだってナーノさんだって、このタイミングでそれ言われても今更断りにくいじゃん。それ狙って頼んでるみたいに思われるよ。それにアタシだったら、やっぱりミスコン出て負けただの何だの言われるのイヤだし、2人ではやりたくない」


「確かにそこは怖いんだけど、本当に2人でやるのも気にしないかもしれないだろ。あの2人だって、この時間だし3人集まるとは思ってないかもしれない。だから、そこら辺を一度聞いてみてもいいと思うんだ。問題ありませんか、って確認して」


「だから、そういう姿勢でアタシ達が交渉したら2人とも断れないでしょ」

「いや、そうかもしれないけどさ……でも、実優さんのこともあるだろ? もしこれで3人集まらなかったら実優さんミスコンできないまま終わりになっちゃうし」


「みゆ姉がどうとかいう話じゃないでしょ。出場者の方が大事でしょ」


 真顔のまま、ボールペンを置いて羽織が反対する。

 口に出す言葉を探して、お互い少し黙りこむ。


「……俺もそれは分かってるよ。別に出場者よりも実優さんが大事だって言ってるわけじゃない。ただ、最悪のケースを考えておかないと、時間も時間だしって話だよ」

「アタシもそれは分かってるよ。でも、それでもやっぱり、なんかイヤなんだよ、2人でミスコンやるっていうの」


「感覚的な話してる場合じゃないだろ」

「違うよ、感覚的じゃない――」

「違わないだろ」


 思わず声を強める。



 アイディアが出ない苛立ちが、出場者が決まらない焦りが、俺の後ろから覆い被さって声に加勢していた。

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