カツラ×階段×コーラ×3人目
Act.16 手応えのない勧誘
「いやあ、まとすけが無事で良かった!」
「無事じゃないっての」
実優さんと恭平に、伊純さんの出場が決まったことをSNSで連絡しつつ、ヨロヨロと部室へ戻る。
体が痛いけど、これから部室周りの予定だからな。鞭打って頑張ろう。
「おう、もう21時半か」
腕時計を俺に見せてくる羽織。身長が近いと、こういうときに助かる。
「早めに部室周らないとな。みんなどんどん帰り始めるだろうし」
窓の外はもう真っ暗で、近寄っても何も見えない。下校している生徒の挨拶が、微かに響く。さっきまで廊下でもたくさん声が聞こえていたのに。
遠くから電車の車輪音が響くだけで、近くにいる生徒の気配を耳で感じるのは難しかった。
「ただいまー! あれ、みゆ姉」
部室には実優さんがいた。
「おかえりなさい、ハオちゃん。ノートを持っていくのを忘れてたので、取りに来たんです」
「なるほど。あ、みゆ姉、スマホ見てくれました?」
「はい、菜音ちゃんが出てくれるんですね、おめでとうございます」
ニッコリ笑って、軽く拍手してくれる実優さん。
「ハオちゃん、菜音ちゃんのお願い、大変じゃなかったですか? 大丈夫ですか?」
「はい、ちょっとあったんですけど、まあ何事もなく終わって」
「そうですか、それなら良かったです」
何事かあったでしょ! 一大事だったでしょ!
「では私と恭クンは鎌野さんの取材の後、続けて菜音ちゃんの取材に向かいますね。ハオちゃん達は部室周りですか?」
「はい、まとすけと一緒に周ってきます!」
「あの、実優さん」
「蒼クン、どうしました?」
「その……確認ですけど、ミスコンの候補者、2人でもいいんでしょうか?」
直接対決の形だけど、一応ミスコンにはなる。
「2人でもオッケーって話なら、もう企画決行で確定なんですけど……」
肩にかかった黒髪をスッと後ろに流しながら、実優さんは「んん……」と言葉を詰まらせる。
切れ長の二重を少しだけ細めて考え込んでいたが、やがていつもの柔和な表情に戻った。
「そうですね……私の意見ですけど、2人はちょっとな、と思います」
「やっぱり少ないですか」
「そうですね。それに2人だと、勝ち負けがはっきりついてしまうんですよね」
「あ、そっか。そうですよね……」
観客の投票で勝負を決めるミス水代コンテスト。投票数は明かさないから、3人以上なら優勝以外の順位は分からない。
「みゆ姉の言いたいこと、アタシも分かります! せっかくコンテストに出てもらってるのに、負けちゃった人にイヤな思いしてほしくないですよね。やっぱり、気持ちよく企画に参加してほしいし!」
「……うん、実優さんの言うとおりですね。ありがとうございました。頑張ってもう1人集めます!」
目標人数まで、あと1人。
実優さんを見送ってから、2人で部室周りの準備をする。
「まとすけ、四季祭のパンフとミスコンのパンフ持てばいいよね?」
「ああ、とりあえずそれがあれば大丈夫だろ」
四季祭実行委員会が制作しているパンフレット。案内用に部室棟の案内が書いてあるので、これを見ながら部室を巡っていく。
「とりあえず隣のバトン部から周っていこう。帰ってるところは諦めるってことで」
「よし、それじゃ出発!」
羽織の合図とともに、ミスドの部室を飛び出した。
@バトン部
「ああ、さっき放送聞いたよ。でも前日に言われてもなあ……」
「お願いします、1人でいいんです。俺達の企画も11時から2時間だけなので、バトン部さんの演舞には間に合いますし!」
「……ねえ、ミスコン出たい人いるー? …………いない……か。んっとごめんね、やっぱり無理だなあ」
「そうですか。やっぱり難しいですよね。こちらこそ急におじゃましてすみませんでした! いくぞ、羽織」
@アコースティックギター部
「うーん、ミスコンかあ。協力してあげたいんだけど、うち明日の午前中は少しリハやろうと思ってたんだよね。だから抜けるのは難しいと思うんだ」
「おお、リハですか、残念です。頑張って下さい、アタシも都合ついたら見に行きます!」
@一輪車クラブ
「うち、私しか女子いないんだよね。で、一応ここの代表だから抜けられないんだ、ごめんね」
「あ、いえ。夜にすみませんでした。アタシ、まだパフォーマンス見たことないんですけど、曲乗りとかするんですか?」
「うん、一輪車で縄跳びとかするよ! もう大道芸みたいだよね」
「あははっ、確かに! 失礼しました! 練習頑張って下さい!」
@リコーダー・ピアニカ同好会
「出場して頂けませんか? ライブの告知もできますし、これから俺達で台本も直すんで、デモテープ流したりもできますよ!」
「ごめんなさい、まだ明日のセットリスト決まってなくて……ミスコンどころじゃないんです」
「おっと、それは大変ですね……」
「私達もこれからミーティングなの。お互い頑張りまようね!」
「はい、ありがとうございます」
その後幾つか当たったけど、結果は一緒だった。
電気の消えた部室から目を逸らして、階段に腰掛けて小休止。
「ダメだ、まとすけ。うまくいかないなあ」
「仕方ないさ。隣の校舎行ってみるか」
「ん、そだね、次の部室棟が待ってるぜ!」
2人決まった勢いで3人目も意外とすぐ見つかるかも、という淡い期待は、部室のドアを開ける度に萎んでいった。
「いや、ちょっと無理だなあ」
「一応聞いてみたけど、うちには出たい子いないって」
「さすがに急すぎてちょっと厳しいな、ごめんね」
こんな言葉を手土産に持たされて、ドアを閉める。
もちろん、頭では分かっていたことだった。
あと半日で開始するミスコンに、今から出たいと思う人がどれだけいるだろう。
本当に出たいなら、始めから応募してる。3日前ならまだ考えてもらえたかもしれない。こんな前日の夜になって、企画の準備も終盤で充足感に満ち溢れてるこの時間になって、ミスコンに出たいと思う人なんて、限りなく少ないに決まってる。
そして断られるたびに、出場予定だったみんなを思い浮かべずにはいられない。
好き勝手に決起会をやって、牡蠣にあたって、前日にキャンセルになって。それを反芻して思い返しては、消し込んだはずのイライラが募る。
ミスコンに出てもらえないか交渉して、断られる。
言葉ではこんなに短い活動をしてる間に、腕時計の長針は元気に1周していた。
どの校舎からも、電気のついた部室が減っていく。
暗い部室の入り口に貼られた「○○部へようこそ」という四季祭に向けた貼り紙を見ると、呑気に歓迎しているのが恨めしくも思えた。
「まいったなあ、もう22時半過ぎたよ」
いつもは明るい羽織も、すっかり
「まとすけ、隣の部室棟行く?」
「いや、その前にちょっと作戦立てないか。このままだと全然決まらない気がする」
「ん、そだね……部室戻ろっか」
新しく参加予定の鎌野にも伊純さんにも感謝している。
だからこそ、このミスコンはどうしても実施したい。
いい作戦が思いつけばいいんだけど。
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