Act.15 転がれ階段

「いや、あの、無理ですって伊純さん!」

「いやいや、そんなに身構えずに、軽くやってくれればいいんだ。さっきの俳優みたいにトントントーンって感じで」

 そんなに軽くできるなら俺それで食べていきますよ!


「大丈夫だ、心配いらない。なんとかなるだろう」

「それは本来こっちが言う台詞ですけどね!」

 伊純さん、熱中すると周りのこととかお構い無しのタイプだ……怖すぎる……。


「羽織、お前からも言ってやってくれよ」

「まとすけ……無理はしないでね」

「無理しないでできることじゃないだろ!」

 だから難なくやれるなら高校辞めて転職しますから!



「ちなみに伊純さんは何やるんですか?」

「ああ、一応監督的なポジションだ。カメラを回してもいいんだが、それだとちゃんと落ちるところが見られないからな」


 監督・カメラ・役者。あれ、看護担当はいないんですか?



「ナーノさん、まとすけのこと蹴ったりしないんですか?」

 羽織がびっくりするくらい余計なアドバイスを始めた。


「どういうことだ、風見?」

「まとすけ、自分から階段落ちするっておかしいなあと思って。普通誰かに攻撃されてゴロゴロ落ちるんですよね?」

「なるほど……確かに。階段落ちが撮れればそれでいいと思っていたが、せっかく映像にするなら起点になるアクションが必要か……」

 羽織、お前は俺の味方なの? ひょっとして敵なの?



「いや、あの、ほら、そもそも俺が階段落ちできるのかって話が――」

「それなら私が軽く攻撃して的野が倒れればいいか……いや、どうせなら攻撃のシーンから見たいところだな……」

 2人ともさ、俺の気持ちとか完全無視なの? ねえ?



「うーん、攻撃、まとすけに攻撃……恨みがあって攻撃……」

 久々にそんな怖い独り言聞きましたけど。


「…………おっ! おおおっ! おおおおっ!」


 でったー。でましたー。羽織さんが多分ロクでもないこと思いつきましたー。



「なあ羽織、できたらその思いつき、俺にも教えて――」

「ナーノさん、アタシにいい考えがあります! すぐ準備して戻ってくるんで、5分だけ待ってて下さい!」


 俺の言葉を丸無視の羽織は、伊純さんにそう話すと風のように渡り廊下を走っていった。


「ふむ、風見のアイディアに期待しようか。さて、私も準備するから、的野はここで精神統一でもしててくれ」

「精神が恐怖心で統一されそうなんですけど」

「闘争心も大事だぞ」

「逃走心の方が強いです」


 まあ実際やってみたら案外簡単にできるかもしれないぞ、と鼻歌を歌いながら歩いていく伊純さん。

 少しして、上機嫌な彼女が階段を降りていく音がした。




 ううむ、さっきの鎌野のときもそうだったけど、なんでこんなことに……。

 『ミスコンの出場者を募集してるはずが、いつの間にか階段落ちをやることになってました』 展開がおかしいだろ、絶対…………。


 はあ……。とはいえ、やらなきゃミスコンに出てもらえないんだもんな。

 死にはしないと思って階段落ちするしかないか。はあ……。





「待たせたな」

 伊純さんがルンルンと戻ってきた。


「よし、一緒に階段に行くぞ」

 心も足取りも重いまま、伊純さんの後ろを歩く。



「ここから階段落ちをしてほしい」


 水代の階段は結構一般的なやつで、階と階の途中に踊り場を挟む造り。

 階段を降りて、踊り場でくるっと向きを変えてまた降りると、下の階に着くようなタイプ。


 ここから踊り場までか……20段ないとはいえ、やっぱり怖――


「…………あの、伊純さん、踊り場に何かありますけど?」

 踊り場に、ハーフパイプを垂直に置いたような巨大なセットがあった。


「ああ、あれは私が作ったダンボール制のカーブ用装置だ」

 カーブ? 確かに、階段を降りたら、そのまま踊り場で曲がれるようになってる。


「あの……なんでカーブ装置なんか置いたんですか?」

「いや、踊り場でコーナリングして階段落ちするからに決まってるだろ」

「そんな階段落ちはありません!」

 嫌な予感ってのは当たるなあ!


「いや、慣性の法則を考えれば、そのままカーブしても違和感ないだろ」

「階段落ちとしては違和感ありすぎますけど!」

 途中で止まるでしょうよ普通!


「でもまあ3階分だから5回コーナリングするだけだ」

「1階までやるんですか!」

 それはもう撮影という名の拷問じゃないでしょうか!



「よし、風見も帰ってきたみたいだし、撮影始めるぞ」

 確かに羽織の足音がする。まずい、ちょっと心の準備ができてないぞ。

「いや、伊純さん。実は1階までだとは思ってなくてですね。もっと短いつもりだったんで、もう少し心の準備が――」


「やっほー、まとすけ。まとすけを攻撃する役、連れてきたよ!」

「嗚呼、なんて幸運なフィオレンティーナ! まさか仇敵あだがたきに恨みを晴らせる時が訪れるとは!」

「なんでお前が来てんだよ!」

 コットとカツラをつけた魔女がクルクル回りながらやってきた。


「いや、演技といえば演劇部でしょ? 実優さんに一大事だって言って、ナッツに一瞬取材抜けてきてもらったの!」

「取材の方が大事だろ!」

 いいんだよ、俺のペースでゆっくり落ちるから!


「ナーノさん、彼女が攻撃役のフィオレンティーナです」

「おう、よろしくな、フィオレンティーナ」

 伊純さん、順応性ありすぎませんかね……。


「よし、風見、このビデオカメラで撮ってくれ」

「まかせて下さい!」

 カメラを受け取り、楽しそうに電源を入れながら本体横の液晶パネルファインダーを開く羽織。



「準備オッケーです!」

「いや、待て羽織、まだ俺の心の――」


「的野、早く横になれ」

「ゴグッ!」

 伊純さんに足払いされて倒れる。おい、伊純さん目がマジだぞ。どんだけ階段落ち見たいんだよ。


「マトスケーノ、またこうして戦えて嬉しいわ!」

 足で俺を転がす鎌野。何だこの集団リンチ!


「待ってくれ……俺は別に……戦う気なんて……ないんだ!」

 体の痛みに耐えながら本音を言った結果、すごくカッコいい映画のワンシーンみたいになってる。


「まとすけ、階段前まで行ったね。ナーノさん、アタシは準備オッケーです。いつでも撮影始められます!」

 カメラを構える羽織。


「よし! では的野、行くぞ! 本番5秒前! 4、3……」



 いや、待ってくれ! せめて普段祈ってない神様に非礼をお詫びしてから、祈りを捧げる時間を――



「アクション!」

「マトスケーノ、安らかに眠りなさい! そして眠らなければ私と同じ、魔女ってことね!」

 アクション映画に魔女裁判は出てこないでしょ! 大体お前は農民の設定でしょ!


「さようなら、マトスケーノ!」

 ドカッ!


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……

「うごおおおおおおおおおおおおおっ!」


 目が回る、気持ち悪い、というか痛い!

 痛てててててててて! 痛い痛い痛い! 痛いって!

 止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ!


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……

 ドゴンッ!


 …………と、止まった? ダンボールにぶつかった……?

 そうか、踊り場まで来たのか……うぐう、全身が痛い。



「こら、的野! コーナリングはどうした!」

 無理でしょ! もう止まっちゃったでしょ!


「風見、ちょっと蹴ってこい。カメラは回しとけよ」

 鬼だ! あの人は鬼だ!


「まとすけ、痛くないからねー、大丈夫だからねー」

 カメラを構えたまま近づく羽織。

 こんなに信憑性のない言葉があるだろうか。


「ていっ!」


 ドカッ!

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……


「ぐわおおおおおおおおっ!」


 死ぬ! 死ぬって! 死んじゃうから!

 ホントに死ぬよ! ホントに!


「いっけええええええ! まとすけえええええ!」

 そんなレースゲームやるときみたいな応援されても!


「あだだだだだだだだだ!」

「的野! まっがれえええええ!」

 できねえよ! 俺はラジコンかよ!


「フィオレンティーナ! 止まる前に蹴り直せ!」

「任せて下さい! 私、フィオレンティーナは、この男のためになら魔女にでもなります!」

 やっぱり魔女なんだなお前は!


「曲がりなさい、マトスケーノ!」

 ドリブルするように俺を蹴って踊り場をコーナリングさせる。

 くそ、お前覚えてろよ……。



「さあ、落ちるのです!」

 ドシッ!


「ぎょえええええええ!」

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!


 こうして、鬼や魔女が巣食う部室棟の一角で、コーナリングと魔女と叫び声をミックスした、およそアクション映画とは程遠い階段落ちの撮影が行われた。






「まとすけ、大丈夫?」

「だい……じょぶ……じゃない…………」

 1階まで落ちきって、そのまま微動だにできず。辛うじて返事だけする。


「アタシにまかせて! 痛いの痛いの、飛んでけー!」

 いいなあ、コイツみたいに生きられたら人生楽しいだろうなあ。 


「マトスケーノ、私、取材に戻ります。またこの広い世界のどこかで会いましょう」

「うん、ナッツ、ありがとうね!」


 手を振って、演劇部に戻る鎌野。

 お前のせいで溺死未遂と全身打撲だぞ。トラウマでしばらく会いたくないやい。


「的野、ありがとう。まだ見ていないが、良い映像が撮れたに違いない」

 ゆっくり階段を降りてきた伊純さんが優しく言う。


「いえ……良かった…………です……」

「約束だ、明日のミスコンに出場させてもらおう」

「わほーい! やったね、まとすけ!」

 飛び跳ねて軽やかに踊る羽織。


「アタシ達は今、ミスコン開催への階段を駆け上がっているのだ!」

「ああ……そう……だな…………」



 誰かさんが転げ落ちたのと引き換えに、ね。

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