Act.14 要求は少し高めの
「ホ、ホントですか! ナーノさん!」
一気にテンションがあがる羽織。
「まあ、ミスコンに出られるような顔ではないかもしれないが……」
「いえいえいえいえいえいえ! そんなことないですって、社長!」
手もみしながら答える羽織。お前はどういうキャラなんだよ。
でも、
前髪を軽く分けた黒髪のショートに、凛々しい顔つき。
タカラヅカの男役のような中性的な顔に男子のような口調で、ここ共学の水代高校でも大量の女性ファンを生み出している。
「ああ、それより的野、会長はいるか?」
「あ、はい、いますけど……」
後ろを振り向くと、実優さんがドア近くまで歩いてきていた。
「
「おお、実優! そっか、ミスドは実優が会長だったな」
「みゆ姉、ナーノさんと知り合いなの?」
「ええ、同じクラスなんです」
知らなかったなあ。正に合縁奇縁。
「で、菜音ちゃん、ミスコンに出てくれるんですか?」
「ああ、さっきラジオの放送聞いてな。的野と風見も頑張ってるみたいだし、応援しようと思ってさ」
嬉しい。素直に、嬉しい。
無駄かもしれないと思っていたラジオに、応えてくれる人がいた。
それだけのことだけど、「やってること、間違ってないよ」と誰かに言われてるようで、心の奥で鈴が鳴ったような心地良さ。
「ただし実優、条件がある」
「何ですか?」
「いや、そんな難しい話じゃない。的野と風見をちょっと貸してほしいんだ。私の同好会の企画準備を手伝ってもらいたい。1時間もかからないはずだ」
実優さんは俺達の方を見ながら言った。
「私は大丈夫ですけど……蒼クンとハオちゃんはどうですか?」
「俺は別にいいですよ」
「アタシもだいじょぶです! あさみんも問題ないよね?」
「あ、はい。オレは取材行っちゃうんで。園田先輩もいるし、何か困ったら連絡しますから!」
みんなの返事を聞いて、実優さんは伊純さんの方に向き直った。
「菜音ちゃん、蒼クンとハオちゃんをよろしくお願いしますね」
「大げさだな、ちょっと手伝ってもらうだけだっての」
「ふふ、そうですね」
先輩2人で笑う。
とにかくこれで、ミスコンの出場者が2人揃った。
いいぞ、天は俺達の味方だ!
「ナーノさん、いつから手伝い行けばいいですか?」
「ああ、すまないが、すぐ一緒に来てもらっていいか?」
「わかりました! まとすけ、行こう!」
「おう、すぐ準備するよ」
机に置いていたスマホと財布を持って、ドアまで戻る。
「みゆ姉、あさみん、ちょっと行ってきますね! あさみん、取材頑張って!」
「任せて下さい! 風見先輩も頑張って下さいね!」
手を振る実優さんと恭平に挨拶して、部室を出た。
「そういえば、伊純さん。同好会って何入ってるんですか?」
「ああ、同好会といっても、もう私1人しかいないんだけどな」
伊純さんの返事が、廊下に響く。
「『アクション映画フリークス』ってやつだ」
***
「そういえばナーノさん、中学のときからアクション映画好きでしたよね」
3階の渡り廊下を渡って、隣の部室棟に向かう。
部室棟が4つもあるのが、「文部両道」の水代高校ならでは。
「ああ、先輩と一緒に作った同好会だったんだが、幽霊会員も多くてさ。今は事実上私1人でやってる会だ」
ということは今年で同好会もなくなるのか。自分のいた同好会がなくなるって、どんな気持ちなんだろう。やっぱり寂しいだろうな。
「よし、着いたぞ」
階段のすぐ近くに「アクション映画フリークス」の部室があった。壁にはアジアのアクションスターのポスターが何枚も貼られている。
「見せたいものがあるから、ちょっとここで待っててくれ」
そう言って、伊純さんは部室の中に入っていった。
窓の外はもう暗い。それでも、廊下に漏れ聞こえる他の生徒の声に、一緒に頑張ろうと背中を押されている気がして、手をグッと握ってみた。
「ねえ、まとすけ。何するんだろうね」
羽織がポスターを眺めながら聞く。
「どうだろうなあ。こういう同好会って展示企画が多いから、その手伝いかもな」
「うん、そうかも! ポスター貼りまくったりとか!」
「アクション俳優の年表とか、模造紙に書いたりとかな」
「にしてもさ。アクション映画の同好会があるんだね。マニアックだなあ」
「いやいや。去年のMIJIKAYOのミス候補、ホラー映画研究会の人がいただろ」
「……あ! 確かに! そういえばフランス映画倶楽部とかもあったね」
「
誰も置いてけぼりにしない。趣味も個性の一部として認めて、どんな同好会ができてもおかしくない。その自由な感じが好きで、水代を希望する人も多いらしい。
まあ確かに、課外活動でこんなに好き勝手できるところも少ないだろう。
「ナーノさん、なんか楽しそうだったね」
「ん、そうだな。その分、何をお願いされるのか怖いけど……」
アレコレと想像を張り巡らせていると、ノートパソコンを開いた状態で持ち、伊純さんが出てきた。
「風見、的野、これを見てほしい」
言いながら、映像を再生する。3人で立ったまま、パソコンの画面を見た。
映し出されたのはアクション映画。商店街で、主演らしき俳優が走っている。
「ナーノさん、これって何――」
「すごいだろ! かっこいいだろ、このシーン!」
突然、さっきより半オクターブくらい高い声で叫ぶ伊純さん。
「ほら、ここ見てくれ! ここで4人のマフィアと戦うんだ! ほら! ほら!」
初めて見るハイテンションに驚く俺と羽織をよそに、伊純さんは続ける。
「それでな、この後! そう、ここ! ここで2階にあがって戦うんだ! すごいだろ、このカット! これ、スタント無しでやってるんだぞ! ほら! ほら!」
伊純さんってこんな一面もあったのか……まあフリークっていうくらいだし、好きなものになるとみんな熱中するんだな。
「あの、ナーノさん、この映画がアタシ達に手伝ってほしいことなんですか?」
「あ、いや、違うぞ風見。もうすぐ出るから待っててくれ。お、ここだ! ここ!」
画面にもう一度目を向けると、さっきの主演俳優が教会に追い詰められていた。
「見てろよ! ほら、このシーンだ!」
マフィアの攻撃があたり、教会の階段を転げ落ちる。おお、昔、新撰組かなんかのドラマでも見たことあるけど、やっぱり階段落ちってすごいな。
「すごいだろ! これもスタント使ってないんだぞ! あれだけ演技ができて、スタントも使わないんだ! あんなに長い階段を転げ落ちるだぞ! ほら! ほら!」
幼稚園の男の子が恐竜や電車について話すかのように、テンション高めにキャッキャと話す伊純さん。
と、映像を止めて、冷静な口調に戻る。
「というわけで、『アクション映画フリークス』では、四季祭に向けて、階段落ちを映像に撮ってみることにした」
「へえ!」
「が、落ちる人がいないんだ。風見、お前にカメラを回してほしい。的野、ちょっと階段落ちをしてくれ」
「…………へえ」
ミスコンを1日で作り上げるのは、思った以上に大変なことらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます