Act.13 突然の来訪者
みんなの談笑は続く。
走りっぱなしだったからな。今はもう少しだけ、この空間に和んでもいいかな。
「それで結局、マトスケーノがフィオレンティーナに勝って、ミスコンに出てくれることになったんですよ!」
「まあ、蒼クン、頑張ったんですね」
「いや、頑張ったというか、生きるのに必死だったというか……」
今プールとかで潜ったらパニックに陥る気がする。
「うん、的野先輩スゴいです!」
「まとすけ、ミスドの新たな歴史の1ページを作ったね!」
もう少しで新たな溺死の1ページに加わるところだったよ。
「ああ、でもコット着て濡れた女優さんとかステキですね」
「いや、恭平、コットってそんな良いもんじゃないぞ」
「そんな子が何人もいて、みんな1.6ミリくらいの細さになったら最高ですよね」
「だから何でお前の妄想は変化球ばっかりなんだよ!」
勝手に女の子をパスタにするな!
「的野先輩だったら何ソースにします? オレの周りは結構ミートソース派が多いんですけど」
「お前の周りはそんなヤツばっかりなのか! 変態ばっかりなのか!」
類が友を呼んだのか、朱に交わって赤くなったのか。
「あ、そういえばみゆ姉、さっき演劇部の部長さんと話してたとき、進路希望調査票出し忘れちゃった、って言ってたんですけど、みゆ姉ちゃんと出しました?」
それは学校側も悪い気がする。四季祭前日を締切にしたら出し忘れるよなあ。
「はい、ちゃんと出しましたよ」
「良かったあ! ちなみにみゆ姉、どこ狙ってるんですか?」
前のめりになって聞く羽織。
「まだ確定じゃないんですけど……」
実優さんが口にした大学と学部は、俺が屈伸してから垂直跳びしても届きそうにないところだった。ううん、レベルが違う……。
「もっと専門的な学部に行くことも考えたんですけど、まだ社会について広くは知らないので、もう少し勉強してから将来進む道を決めようと思ってるんです」
なるほど、実優さんらしい。
ああ、何だろう。やらなきゃいけないことは色々あるんだけど、だからこそ、心がこういう安穏とした時間を求める。学校のこと、進路のこと、そういう日常の話をしたくなる。テスト前に掃除をしたくなるのと一緒かな。
「そっか、みゆ姉はなりたいものをこれから決めるんですね。アタシは発明家になりたいです!」
なるほど、羽織らしい。
「羽織、お前発明家ってどういう仕事か分かってるのか?」
「うん! 白衣着てブクブク泡立ってる緑色の液体の入ったフラスコを揺すったり、ゴーグルつけて時空転移装置にマウス入れて移動させたりする人でしょ!」
「完全にイメージだけだなお前……」
そんなカッコいいヤツなら俺もやりたいよ。
「確かに、風見先輩の言う通り、発明家っていうと機械や薬品でガチャガチャ実験を繰り返しているようなイメージがありますよね」
「まあ気持ちはわかるけどな。でも恭平、難しい機械作るだけが発明じゃないじゃないだろ」
「確かに。暮らしの便利商品みたいなのも発明品の一種ですもんね」
デパートとかに行くと面白そうなもの売ってるもんなあ。
「ねえ、まとすけ、例えばどんなのがあるの?」
「んーと……あ、ダイエット効果を狙ってかかとを取ったスリッパ、っていうのが昔あったぞ。ああいう工夫も立派な発明だよな」
「ふうむ…………お、そしたらアタシ、スリッパの『ス』を取る!」
「は?」
「で、『リッパな発明』って売り出せば――」
「ウマいこと言う工夫してどうするだよ!」
むしろその発想自体が大した発明だよ!
「なんか他に良いアイディアないのかよ?」
「良いアイディア……アイディア…………あっ! しゃもじ!」
名案を閃いたかのように、目をキラキラさせた。
「しゃもじ?」
「前から思ってたんだけどさ。しゃもじって、柔らかいご飯を
「そうだな」
「だから、ご飯がくっつきにくいしゃもじってどうかな?」
「ハオちゃん、良いアイディアですね。でも、それはもう商品化されているんです」
「しゃもじにボツボツがついてるやつですよね? オレの家にもありますよ」
実優さんと恭平がやんわりとNGを出す。もう結構出回ってるよな。
「そっか、残念だぜい……」
「でも羽織、着眼点は良いと思うぞ」
「じゃあまとすけ、そもそもご飯が乗らないしゃもじってのはどうだろう?」
「乗らなかったら装えないだろ! 何に使うんだよ!」
「んっと……分かった! 装う方の反対側が靴べらになってれば――」
「清潔感の欠片もないな!」
キッチンと玄関先で併用するなよ。
「分かった! いっそ、装う方も反対側も靴べらになっているしゃもじ――」
「靴べらじゃん! ただの両端使える靴べらじゃん!」
「的野先輩、女の子をしゃもじに使えたらいいなあって思いますよね。顔から炊飯器に突っ込むとか!」
「突然どうしようもない妄想を語りだすな!」
「まあ、恭クンは相変わらずですね、ふふ」
おにぎりとサンドイッチを平らげながら、下らない話に花を咲かせた。
***
20時も30分を少し過ぎたところ。食休みもして、エネルギーも充電完了。
「恭平はこれから取材か?」
「そうですね、演劇部まで行って、ちょっと鎌野さんに出てきてもらって取材しようと思います。ホントは銀鮭で叩くような取材もしたいんですけど、それはまあ向こうの都合見てから」
「永遠に都合つかないから安心しろ」
それ相手の何の都合がついたら応じてくれるの? 大体それ取材なの? 趣味じゃないの?
「あ、あさみん、ナッツの連絡先送るね! 向こうには、あさみんから連絡するって伝えてあるの。いつでも連絡下さいって言ってたよ!」
「ありがとうございます、風見先輩」
「頑張るんだよ、あさみん!」
両手をグーにしてグッと応援ポーズをとる羽織。頬のご飯粒をどうにかしなさい。
「私も、恭クンと一緒に鎌野さんのところに行こうと思います」
「実優さんも行くんですか?」
「はい。取材は恭クンに任せますけど、一応会長として挨拶しておきたいんです。それに、さすがにドレスの試着は女性がやった方がいいと思うので」
「あ、そうですね」
「アタシもすっかり忘れてた!」
一番大きいサイズで借りてきたんだ、候補者に合わせなきゃいけない。
「じゃあ実優さん、試着と採寸お願いしますね」
「はい、わかりました。それで、蒼クン達はこれからどうするんですか?」
「はい、さっきの放送だけで出場者が集まるとは思えないんで、直接いろんな部室を周ろうと思ってます。大体の部活はさっきの放送聞いてるはずだから、説明も簡単ですし」
部室内のスピーカーをオフにしてるところがあったら、もう一回説明しよう。
「じゃあ恭クン、鎌野さんにメール送って、行く準備しましょう。ダンボールも開けて、ドレスと靴を出さないとですね」
「はい、よろしくお願いします!」
少しずつ新しいミスコンが動き始めていて、このままなら本当に出来そうな気もして、風船のように膨らんだ期待にアドレナリンが体中を駆け巡る。
よし、俺も羽織と一緒にやるとするか。
と。
コンコンッ
突然、ノックの音が部室に響いた。
「誰だろ? 実行委員会かな?」
「オレ出ますよ」
恭平がドアに駆け寄ってガラガラと開ける。
少し低めの、女の子の声が聞こえた。
「的野と風見はいるか?」
「え、あ、はい。いますけど……」
こっちを振り向きながら、ドアを大きく開ける。
「おお、ナーノさん!」
「伊純さん、お久しぶりです!」
勢いよく椅子をガタッと鳴らし、一緒にドアまで向かう。
中学時代、美化委員会のときに2人でお世話になった先輩、
「ナーノさん、どうしたんですか急に?」
「俺達に用事ですか?」
伊純さんは、相変わらずの凛とした態度ではっきりと言った。
「ミスコンに出てもいいぞ」
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