Act.12 束の間の休息

「的野先輩、風見先輩、お疲れ様です!」


 部室に戻ると、恭平が帰ってきていた。


「お帰りなさい、蒼クン、ハオちゃん」

 実優さんは銀色机に向かってノートパソコンをカタカタ触っている。


「みゆ姉、アタシ達の放送どうでした?」

「そうですね、とても面白かったです」

「ホントですか、ありがとうございます!」

 ラジオ部も実優さんも、放送内容じゃなくて掛け合いを褒めてる気がする。


「恭平、お疲れさまな」

「あ、いえいえ。サイズ変えてきただけですから。ダンボールは体育館の臨時物品置き場に置いておきましたよ」


 体育館で使うものは、あらかじめステージ裏のスペースに置いておける。もともと今日の夜置きに行く予定だったから、丁度良かった。


「おお、あさみん、ご飯もありがとう!」

「皆さんのオーダー、ちゃんと守りましたよ」

 夕方会議をやっていた机には、バラエティー豊かなおにぎりとサンドイッチが散らばっていた。


「恭平、もっとエラそうにしていいんだぞ。コイツ、さっきお前のことご飯呼ばわりしてたんだからな」

「チッ、まとすけ余計なことを」

 口を尖らせる羽織。


「エラそうにする、かあ。えっと、じゃあ、風見先輩! その後ろの髪をちょこっとだけ切ってオレに下さい!」

「へ? え、いや、別にいいけど」

「っし! うっし!!」

 高速でガッツポーズをきめる恭平。

 いやいや、待て待て。


「恭平、お前何に使うんだよそれ」

「家の水槽に浮かべるに決まってるじゃないですか」

「決まってない! 絶対に決まってない!」

 え、萌えるポイントが全然分からない! むしろ怖いんですけど!


「あさみん、せっかくお願い言ってもらったのにごめんだけど、やっぱり髪はちょっと許してほしいなあ。他のことならアタシ何でもするから!」

 またそういう危ないこと言うから恭平がさあ……。


「じゃあ、『小さくなった風見先輩を棒にしてわたあめ作る』って妄想してもいいですか?」

「許可求めるなよ! 大体口に出した時点でもう妄想済みだろ!」

 どんだけレベル高いんだ、コイツの妄想は。




「うう、お腹減ったぜ! みゆ姉、ご飯食べよ!」

「ふふ、ハオちゃん、その前に、ラジオで言った通り、ドアに連絡先貼り出しておきましょうね」


「あ、そうですね! よし、まとすけ、作るぞ!」

「おう、とりあえず電話番号だけ書いとこう」


 ルーズリーフを羽織に渡す。黒マジックで『ミスコン出場者募集!』のタイトルを書いた後、スマホで調べて俺の電話番号をキュッキュッと書き綴る。


「よし、これで完成だいっ!」

「……お前、ホント字上手いよな」



 大体、高2にもなって「完成だいっ!」なんて言ってる女子高生だ。この台詞だけ見ればまるっとした文字でも書きそうなのに、パソコンからフォントを抜き出したような綺麗な楷書体を書く。崩してない分、読みやすい。



「む、そっかな? まあ字なんて読めれば何でもいいのさ! よし、あそこの窓に貼っとけばいいかな?」

「風見先輩、部室の中に貼ってどうするんですか」

「おお、そうだったぜ!」

 ギャップというものは得てして恐ろしい。




「それじゃあ、ご飯食べながら簡単に会議しましょうか」

 実優さんが銀色机から離れて、ポンッと手を合わせながら言った。


「よし、買ってきたあさみんから選びなよ!」

「あ、じゃあオレはこれとこれを」

「みゆ姉は?」

「私は残ったものでいいですよ」


「じゃあまとすけ、シーチキンと昆布のおにぎり選ばないなら、先に選んでいいよ」

「結局お前から選んでるだろ!」

 いつボケが来るか分かりゃしない。ホントに不発弾系女子だ。


「よし、じゃあいただきまっす」

 席に着きながら、文化祭前日らしいインスタントな夕飯を食べ始めた。

 サンドイッチをシェアして、味の感想でワイワイと盛り上がる。



 ふと見ると、窓に描かれたような黒色はどんどん濃くなっていった。

 暑さも少し和らいだ。ここから電車で40分もかからない海から、潮風がのんびりやってきそうな気配。

 心の中で夏の感覚を捕まえて一休みしながら、おにぎりの包みを開ける。


 海苔の香りと、少し固いご飯と、しょっぱい鮭。

 口に含んで飲み込んで、それだけで疲れが少し取れた気がする。

 


「あさみん、出場者の話聞いた?」

「あ、はい、園田先輩から聞きました。演劇部の鎌野さん、でしたっけ? おめでとうございます!」

「もう、みゆ姉ったら! アタシが教えようと思ったのに!」


 ふくれる羽織を笑って見ながら、実優さんが口を開く。

「とりあえず、出場者1人は決まりましたね。ドレスも無事交換できましたし、この調子で頑張っていきましょう」


「実優さん、会社への連絡は……」

「はい、電話は1件残して全て終わりました。残っているところも、担当の方の帰社を待って折り返し電話を頂けるようなので、問題なさそうです。メールについても、電話入れた全部の会社に送りました。内容は、改めてのお詫びと、明日朝に企画実施するかどうか連絡するってことですね」


「みゆ姉、クレームきちゃいました?」

 眉を下げて、不安そうに尋ねる。


「いえ、理由話したら逆に皆さん笑ってしまって、『ああ、それじゃ仕方ないね』って感じでしたね」

「そっかあ、それなら良かったけど。んー、笑われたのかあ」


 そうだよなあ。出場者全員が牡蠣に中るなんて、今頃オフィスでも笑い話の種になってるはずだ。


「ふふっ、多分笑われて終わるとだろうと思ってましたし、大きな企業から見れば今回の協賛の額は微々たるものでしょうから、ひどいクレームにはならないと予想してましたけどね」


 ノートに何か走り書きしながら微笑む実優さん。ううむ、いい意味で計算高い。



「あと、四季祭実行委員会に作業申請書を出しておきました」

「さぎょーしんせいしょ?」


 羽織が初めて聞く言葉のように聞き返す。


「か、風見先輩、『2人っきりで、初めての作業申請書』って言ってもらっていいですか?」

「もう台詞の意味がわかんないぞ恭平」

 何にどう反応して息荒くしてんだお前は。


「ハオちゃん、学校で23時以降に作業するときには申請書を出さなくてはいけないんです」

「へえ、知らなかったあ」


 知らなくても当然かもしれない。去年は実優さん達先輩がしっかり作業を進めてたから、22時くらいには帰ってたし。

 まあ今回もしっかり作業進めてたけどさ。色々あってさ。


「ちゃんと受理してもらえたので、今日は泊まりでも大丈夫ですよ」

「おお! みゆ姉ありがとう!」

「いえいえ。でも私はかなり夜に弱いので、なるべく早く寝られるように頑張りましょうね」

「はい、頑張ります!」

 実優さんと羽織、2人で笑った。



 少しだけ、心を落ち着かせる。

 1人集まっただけで相変わらず予断を許す状況ではないけど、それでも少しだけ心が軽くなった。頑張れば集められる、ってことがきちんと形になったからだろうか。


 実優さんと恭平も、サンドイッチを食べながら楽しそうに羽織の話を聞いている。



 うん、まだまだ先は長いけど、このメンバーなら明日まで頑張れる気がする。

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